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生活より大切な仕事はない? 過労死とは無縁のアメリカ人の働き方に見る、ダウンシフト(減速)のススメ

安部かすみニューヨーク在住ジャーナリスト、編集者
アメリカで過労死はKaroshiと英語になっている。(写真:アフロ)

電通の社員が残業100時間超えで自殺に追い込まれ労災認定されたニュースが連日メディアを騒がせている。この報道で、私も日本の出版社で働いていた時代、残業時間100時間超えが当たり前の毎日だったことを思い出した。

業界柄か退社時間は25時、26時になることも多く、23時に仕事が終わったときなんて、同僚らと「今日は早いね、飲みにいこう」となっていたのが、今では信じられない。しかし、何よりも仕事が好きでやりがいを感じていたし、同僚らはみないい人ばかりで家族のように仲間意識が強く、労働時間は尋常じゃなかったがつらいと感じたことはなかった(むしろ充実した楽しい毎日だった)。

退職するまでの2年間は編集長という責務を負い、退社時間は一番遅いときで33時(翌午前9時)ということもあった。この時期だけはさすがに、締切に間に合わない悪夢に連夜うなされたが、2冊目の本を出版した後、長年の夢だったニューヨーク移住のために退職を決め、そして今に至っている。

過労でお亡くなりになった高橋まつりさんは、東大卒で大企業に就職という絵に描いたようなエリートコースを歩いてきており、それ故に悩みも多かったのだろう。業務内容は心から打ち込めるものではなく、だからと言って安易に退職という選択もできずにいたのだろう。高橋さんのご冥福を心よりお祈りいたします。

生活より大切な仕事はない?

高橋さんのお母様が記者会見で言っていた「命より大切な仕事はない」という言葉は、本当にその通りだと思う。ニューヨークで働くようになって、さらにその思いは増している。

こちらでは、仕事内容はすべて契約書で明確にされ、仕事の範囲がきっちり決まっている。一部のエリート層や特殊な業種を除いて定時退社が基本。サービス残業や過労死というものも存在しない。

参照:

最近メディアで取り上げられた日本の過労死に関する英語記事(一部):

残業については、しないというよりも、ヒューマンリソースの考え(従業員は単なる労働力ではなく、会社の資源であるという考え)に基づき、無茶な業務量になっていないので、残業をしなくてもうまく業務が回る体制が会社側で整えられている。つまり、それで残業しなければならないとなると、能力不足を露呈していることになる。人手不足の場合は、必要な人員を見つけ補充するのは会社の責任なので、残された従業員に負担がかかることは基本的にない。

周りのアメリカ人を見てみても、退社時間の5分前に帰り支度を始めたり、金曜日の午後はほとんど週末モードだったりお気楽なものである(前述の通り、一部のエリート層や特別な業種など例外はある)。もちろんそれらが許されるのは、与えられた責務を全うしてこそなのだが(だから、アメリカでは日本の比にならないほど解雇率が高い)。とにかくアメリカ人の働きぶり、仕事への取り組みを通して、彼らは生活、余暇、家庭、人生をエンジョイしていると感心する。まるで、「生活より大切な仕事はない」といった感じだ。もちろん誰もが生活するために仕事をしているのだが、あくまでも優先順位は生活が先であって、仕事のための生活ではないということなのだろう。

人生をダウンシフト(減速)するアメリカ人

英語ではダウンシフティング(Downshifting)という言葉があり、アメリカではその思想が根付いている。ダウンシフトとは、競争社会において高収入や物質的に豊かな生活の追求をやめることで、過剰なストレスやオーバーワークなどを軽減でき、仕事と余暇のバランスを適性に保ち人間らしい生活を送ろうとする、ソーシャルビヘイビアー(社会的な行動や思想)のこと。

ダウンシフターは、生活レベルが下がることを厭わず自発的に労働時間を減らし、減った収入の中から身の丈に合った生活を送る。余暇が増えるので、収入をベースに可能な範囲のレジャーに時間を割くことができる。アメリカではダウンシフト生活を体現している人が実に多い。私生活を犠牲にしてまでがむしゃらに働いているのは、都市部に住む一部の超エリート層ぐらいではなかろうか。

NYのコワーキングスペース。こんな自由な環境で日々新しいアイデアが生まれている。(c) Kasumi Abe
NYのコワーキングスペース。こんな自由な環境で日々新しいアイデアが生まれている。(c) Kasumi Abe

日本で今日からでも実践できるダウンシフト

経営者:会社の利益だけを追求するのではなく、従業員を会社の大切な財産だととらえ、報酬、労働時間、業務内容、福利厚生などにおいて、そこで働くことで従業員と会社が共に幸せになるウィンウィンの仕組み作りを最大限進めてほしいと切に願う。

従業員:業務を効率的に行い、労働時間を減らすためには従業員側の努力も必要だ。業務において「無駄」だと思うものはすべて排除することから始めてはいかがだろうか(例えば無駄な会議に出席しない、無駄な面会をしない、無駄な書類を作成しない、無駄な飲み会に参加しないなど)

無駄だと思う面会の排除について、一つニューヨークの事例を紹介したい。

ニューヨークではオフィスビルの1階スペースで、日本でよく見るような面談希望の会社員がごろごろ訪問して面会待ちしているという光景をまったく見ない。この街でのビジネス訪問は「アポ」が前提となるので、アポなし訪問というのはまずありえないし、仕事のやりとりもほとんどはメールやメッセンジャーで進めることができるため、それらが普及してからというもの面会(訪問)の必要性はほとんどないからだ。双方が本当に必要だと判断したときだけ面会する。「お会いしてまずはご挨拶から」という、まどろこしい日本式ビジネスマナーなどないのだ。

もちろんこれら海外流を日本で実践するのは容易なことではないが、一つの事例として今後の参考にしてほしい。

好きなことを仕事にするのが理想だけど…

仕事は基本的に、自分が好きなことであるのが理想だ。好きなこと、心から情熱を傾けられることであれば、労働時間が人生の比重の多くを占めても精神的に苦痛になることはないだろうと、私は過去の経験から知っている。しかし、仕事が忙し過ぎて家庭を顧みることもない(できない)日本のサラリーマンの話などを聞くたびに、少子化が叫ばれている中、オーバーワークが蔓延っている社会では少子化対策の打開策を見つけるのは容易いことではないなと思ったりもする。

もし自分の好きなことを仕事にできないのであれば、仕事と割り切りダウンシフトを実践して私生活を充実させるか、もしくは思い切って退職、転職、独立、起業という違う道に進むのも一つの方法だろう。そして、仕事を辞める選択をしたとしても人生の終わりではまったくないし、人生とはそこから意外とどうにか切り拓いていけるものだということも、最後に自分の経験から書き添えておきたい。

(Text by Kasumi Abe)  無断転載禁止

ニューヨーク在住ジャーナリスト、編集者

米国務省外国記者組織所属のジャーナリスト。雑誌、ラジオ、テレビ、オンラインメディアを通し、米最新事情やトレンドを「現地発」で届けている。日本の出版社で雑誌編集者、有名アーティストのインタビュアー、ガイドブック編集長を経て、2002年活動拠点をN.Y.に移す。N.Y.の出版社でシニアエディターとして街ネタ、トレンド、環境・社会問題を取材。日米で計13年半の正社員編集者・記者経験を経て、2014年アメリカで独立。著書「NYのクリエイティブ地区ブルックリンへ」イカロス出版。福岡県生まれ

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