Yahoo!ニュース

その服を縫ったのは誰? ノルウェーで深まるファッション議論

鐙麻樹北欧・国際比較文化ジャーナリスト|ノルウェー国際報道協会役員
ファッション倫理に関する会議がオスロで開催 Photo:Asaki Abumi

北欧の中でもノルウェーはファッションに対する関心度が低い国だ。古着ブームは根強く、他の先進国と比較すると女性に外見美を求める風潮があまりみられない。機能性の高いスポーツブランドは多いが、おしゃれなブランドとなると、スウェーデンやデンマークのほうが際立っている。

今、ノルウェーでは「サステナブル」を求める消費者の声が一段と高まりつつある。特に関心度が高い点が、「発展途上国の工場で労働者に十分な賃金が払われているか」だ。環境や社会に対して正しい配慮がされているかどうかという「エシカル(倫理的な)ファッション」は新しい話題ではない。一方で、ノルウェーでこの話題が再燃しているきっかけは、衣服産業に対する厳しい北欧のメディア報道にある。

2013年にバングラデシュにある裁縫工場が崩壊し、1000人以上の死者が出た事件は、スウェーデンをはじめとする北欧で大きく報道された。それ以来、テレビや新聞業界は、相手が自国の経済状況を少なからず支えている大手衣料品業界であれ、厳しく批判的な報道をする傾向がある。ノルウェーでは女性誌は影響力が低く、「憧れるファッションのお手本」というような有名人もいないため、大手主要メディアを敵に回すと、ファッション業界は苦しい立場に立たされやすい。

ノルウェーは雪国なので昔から毛皮の需要が高いが、最近では著名人が毛皮を着た写真をインスグラムなどにアップするだけで批判されるようになった。雪が降り始めると、カナダグース社のコートを愛用する若いノルウェー人(特に裕福層の女子高校生)が多い。しかし、昨年から「カナダグース社のコート着用の方の入店はお断りします」という貼り紙を出す店も現れはじめた。

衣服産業の問題点を指摘する報道の中で、ノルウェー人に大きな衝撃を与えたのが、国内最大手の新聞社アフテンポステンが電子板で提供した映像シリーズ「SWEATSHOP~死ぬほど安い価格のファッション~」だ。「SWEATSHOP」(スウェットショップ)は英語でアパレル業界における「ブラック企業」を意味する。

このシリーズは各10分前後に渡る全5話で構成され、3人のノルウェー人の若者がカンボジアに渡り、どのような環境下で服が製造されているのかを実体験したドキュメンタリーだ。想像以上の厳しい労働環境を映像で目の当たりにした視聴者は衝撃を受け、SNSやメディアを中心に議論は深まり、一時は大手ブランドでの買い物をボイコットする者もでた。

6月5日、首都オスロでは「彼女はあなたの服を縫っている。その彼女の賃金の責任を負うのは誰か?」というテーマでトークショーが開催された。主催者は「未来は私たちの手の中に」という環境問題などを倫理的に訴える慈善団体だ。

会場には約200人の一般市民が訪れ、大半が10~20代の若いノルウェー人女性だった。SNS経由で情報を知り集まった人が多く、主催者はイベント内容をフェイスブック、ツイッター、インスタグラムで広めるように参加者に促した。

会場では「SWEATSHOP」製作関係者、労働組合や著名作家に加えて、社会主義左翼党や進歩党の代表として政治家も議論に参加した。ノルウェーの政治家がアパレル産業に圧力をかけ改革に取り組むべきだという声や、消費者も責任を負うべきだという意見が目立った。とある母親は、「SWEATSHOP」を学校で子どもたちに見せることで、意識改革ができるだろうとも意見した。

共通していた意見が、「ボイコット」という一時的な手段は解決策にはならないということだ。むしろ、購入者が販売員に「あなた方の会社は正しい労働環境を維持するために、どのような対策をしているのか?」と直接レジで問いかけたり、SNS経由で企業に透明な情報を求めたほうが、ノルウェーのような大国ではブランドに社会的責任を喚起する効果があると政治家のヘイッキ・ホルモス氏は語る。

エシカルファッションが議論となるときに、真っ先に批判の対象となるブランドはスウェーデン発の大手アパレルブランド「H&M」だ。これは、ノルウェーでは全国各地にH&Mの店舗があり、幅広い世代に愛用されていることから、その分消費者からの要望が集中して向けられることにある。参加者から「H&Mのような大企業はもっと社会的貢献を果たすべきだ」という意見が続出した最後に、挙手をした女性がいた。彼女はH&Mのノルウェー本部の広報担当で、事前に用意をしたメモを両手で握り締めながら、企業として現状改善に取り組んでいる活動を大声で読み上げた。H&M関係者が会場にいるとは知らされていなかったので、驚いた人も多かったようだ。

スウェーデン発の服飾ブランドはノルウェーに多数あり、これらの企業なしではノルウェーでは服の買い物が不可能とさえいえる。隣国のスウェーデンブランドを否定・批判しているのではなく、「愛用しているブランドだからこそ、先頭に立って、正しく社会的貢献をしてほしい」というノルウェー人消費者からの期待度が非常に高いのだ。

実は、メディア報道とSNSの効果で、アパレルブランドは次々と改善のための活動内容を公開しはじめている。ノルウェーでは、長期的なビジネス戦略を考えた時に、情報を透明化し、サステナブルなブランドイメージを確立する必要がある。そうでなければ、服装による「外見美」がさほど重視されないノルウェーでは、企業やデザイナーはファッション産業で生き残っていけないからだ。

いずれにせよ、私たちは自分が今着ている服を「誰が縫っているのか?」と考えることはあまりない。意識面から改革するためにも、少なからずノルウェーではメディアやSNSは大きな役割を果たしている。

北欧・国際比較文化ジャーナリスト|ノルウェー国際報道協会役員

あぶみあさき。オスロ在ノルウェー・フィンランド・デンマーク・スウェーデン・アイスランド情報発信15年目。写真家。上智大学フランス語学科卒、オスロ大学大学院メディア学修士課程修了(副専攻:ジェンダー平等学)。2022年 同大学院サマースクール「北欧のジェンダー平等」修了。ノルウェー国際報道協会 理事会役員。多言語学習者/ポリグロット(8か国語)。ノルウェー政府の産業推進機関イノベーション・ノルウェーより活動実績表彰。著書『北欧の幸せな社会のつくり方: 10代からの政治と選挙』『ハイヒールを履かない女たち: 北欧・ジェンダー平等先進国の現場から』SNS、note @asakikiki

鐙麻樹の最近の記事