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病人を「いじめた」国営放送局にノルウェー人激怒

鐙麻樹北欧・国際比較文化ジャーナリスト|ノルウェー国際報道協会役員

北欧のとあるトークショー番組に、視聴者からのクレームが殺到している。この騒動からは、ノルウェーとスウェーデンという国民性とメディアの特徴性を垣間見ることができる。問われているのは、「国営放送局の病人に対する取材姿勢」のあり方と、番組制作チームが見誤ってしまった「金曜夜に視聴者がエンターテイメント番組で見たくなかったもの」。

スカンジナヴィア最大のトークショー番組

「スカヴラン」(Skavlan)は、ノルウェーとスウェーデンのテレビ局が共同制作する人気のトークショー番組。ノルウェー国営放送局NRKの冠番組のひとつであり、北欧2カ国のカラーが色濃く出る、スカンジナヴィア諸島で最大規模のトークショー番組ともいわれている。人気司会者がゲストを招き、軽快なノリで、「楽しい時間」を視聴者に毎週金曜日に提供する。

金曜夜の「楽しい時間」が…

しかし、3月27日の放送で、床の間とゲストを和ませるはずのエンターテイメント番組が、一線を越えて、報道番組のような立場をとってしまった。そのことが、連休が始まったばかりで、「さぁ!のんびりするぞ!」とリラックスムードでソファに座っていた視聴者を大きく混乱させた。

ゲストはスキャンダラスな隣国の政治家

ゲストとして招待されたのは、極右政党のスウェーデン民主党を率いる党首イミー・オーケソン(Jimmie Aakesson)氏。移民排斥を掲げる同党は、過激な言動で知られる。2010年の総選挙で初めて議席を獲得し、第3勢力となった。

復帰直前の病人を招待

同氏は2014年10月、過労による慢性疲労症候群でドクターストップがかかり、政治の場から一時的に遠ざかっていた。4月に現職へと復帰する予定で、復帰直前に今回のテレビ番組に出演。

20分のトーク時間中、オーケソン氏は精神的不安定な病状が完璧には回復しておらず、いつ再発してもおかしくない状況を冒頭で告げた。しかし、司会者は、同氏と党の移民政策に対して、批判的で厳しい質問を次々と投げかけた。この司会者が「病人を追い詰める」やり取りの一部始終が、ノルウェーの視聴者を不快にさせた。

病人を「いじめた」国営放送局

政治討論番組で、オーケソン氏が健康体であれば、「ジャーナリストが政治家を問い詰めている」シーンであっただろうが、エンターテイメント番組で、医師の診断書があるという要素により、「国営放送局が病人をいじめている」シーンとなったのだ。長年の番組ファンにとっては大きなショックだった。

私達の受信料で、弱者をいじめるな

よって、「国営放送局=私達の受信料を使って、弱者をいじめる番組作りをするとは何事だ」、「気分が悪くなった」、「恥さらし」、「失礼な司会者の態度」と受け止められた。

情緒不安定な人物を番組に招く、メディアの責任

「欝状態になることもある」と話す政治家を、国営放送局はゲストとして招く必要があったのか?厳しい質問を繰り返せば、本人が追い込まれてしまい、取り返しのつかない事態を招く可能性はゼロではない。

見方を変えれば、番組出演を決めたのは政治家本人でもあり、ある程度の流れは予測していたはず。復帰直前の党代表を、そこまで病人扱いして、保護すべきものなのかどうかは疑問だ(撮影日は復帰の1週間前)。もし本人が「この番組だったら、優しく迎えてくれるだろう」と少しでも思っていたとすれば、彼の周囲にいるはずの政治顧問の判断能力を疑ってしまう。

番組内でのオーケセン氏の移民に対する変わらない差別的な態度は、驚くべきものだった。北欧で増加しつつある移民排斥の流れを理解する観点では、興味深い発言が引き出せている番組だと筆者は思う。しかし、ノルウェーではそこがポイントではないようだ。

ノルウェー人が金曜の夜に見たくなかったもの

ノルウェーでは「心地いい、居心地のいい」という意味の「koselig」(コーシェリ)という言葉がよく使われる。「コーシェリな金曜の夜を、スカヴランにめちゃくちゃにされた!」というような批判コメントが、NRKのFacebookには殺到中。どうやら、放送日が金曜日の夜でなかったら、視聴者の反応は違っていたようだ。

ノルウェーで5人に1人が視聴

結果、NRKによると当日の番組を生で見た視聴者は114万人、その後オンラインで閲覧したのは4万5千人とされている。これは過去4年間あたりではNRKの最高の視聴者数に値するそうだ。多くの人が旅行に出る連休イースター(復活祭)初日の金曜の夜であったことを考えると、記録的な数字である。

現在、同番組を放送したノルウェー国営放送局の審査委員会には2800件以上、スウェーデン公共テレビには900件以上のクレームがメールで届いている。このクレーム数は、日本を例にとると少ない数字にみえるが、もともとノルウェー人はFacebookやTwitter以外で苦情を届けることは珍しいので、この数字はノルウェーでは例外ともいえるクレームの多さだ。

スウェーデン人は異なる反応

ノルウェーとスウェーデンの両国の視聴者からの予想以上の反応に、制作チームはさすがに驚いているようだ。オーケソン氏や党の差別的な言動を、ノルウェー人よりも身近で感じ取ってきたスウェーデン人は、「司会者は相手の発言を何度もさえぎっていた」と眉をしかめる一方、ノルウェー人とは異なる反応をする。

スウェーデンでは、放送前に「この人気番組に招いたら、差別的なあの政治家の思うツボだ」と懸念したり、「番組の対応は優しすぎ」とする視聴者からの声(参照)や、放送後に「オーケソン氏は、この番組なら軽快なスタートが切れると、甘くみていたのだろう」と評価する記者もいた。

移民を「ゴキブリ」や「寄生虫」と発言する支持者がいる党の代表に、「病人だから」とスウェーデン人は甘いフォローはしない。

ノルウェーよりも、スウェーデンでのほうが同党に関する報道量が圧倒的に多いのは明白だ。スウェーデン民主党のバックグラウンドを、ノルウェー人がスウェーデン人と同じレベルで認識していたなら、異なる反応をしていただろう。司会者やスウェーデン人視聴者と同じような情報量を、ノルウェー人側は持ちあわせていなかった。数カ国にわたる視聴者を持つ、テレビ番組の今後の課題ともいえる。

番組「Skavlan」詳細

2009年にスウェーデンの国営テレビSVTで放送が開始されて以降、現在はノルウェーの国営放送局NRKと共同制作。司会者は、ノルウェー人ジャーナリストのフレドリック・スカヴラン氏。ゲストに応じて、進行言語が英語、スウェーデン語、ノルウェー語でおこなわれる。現在はノルウェー、スウェーデン、デンマークで放送中。

北欧・国際比較文化ジャーナリスト|ノルウェー国際報道協会役員

あぶみあさき。オスロ在ノルウェー・フィンランド・デンマーク・スウェーデン・アイスランド情報発信15年目。写真家。上智大学フランス語学科卒、オスロ大学大学院メディア学修士課程修了(副専攻:ジェンダー平等学)。2022年 同大学院サマースクール「北欧のジェンダー平等」修了。ノルウェー国際報道協会 理事会役員。多言語学習者/ポリグロット(8か国語)。ノルウェー政府の産業推進機関イノベーション・ノルウェーより活動実績表彰。著書『北欧の幸せな社会のつくり方: 10代からの政治と選挙』『ハイヒールを履かない女たち: 北欧・ジェンダー平等先進国の現場から』SNS、note @asakikiki

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