同性愛者が教会で性行為、「平等国」ノルウェーのモラルを揺さぶる音楽ビデオ
2人の男性が(片方は牧師)、教会で愛を確かめ合い、性行為をする白黒のビデオ映像。ノルウェーでは有名な音楽アーティストであるトゥージー(冬至/Tooji)が、恐らくこれからノルウェーで物議を醸すことになるであろう新作を発表した。
「冬至 Tooji- The Father Project」 (冬至 トゥージー- ザ・ファーザー・プロジェクト)と題された3分21秒の音楽ビデオは、ノルウェー最大規模の同性愛者のためのウェブサイト「Gaysir」で6月8日にリリースされた。
同曲「ファーザー」は、6月19~28日に開催予定のノルウェー最大級のLGBTの祭典、オスロ・プライドの公式ソングでもある。
このビデオ映像を見た瞬間、すぐに「メディアが大きく報道するだろう」と筆者は感じた。なぜなら、ノルウェーに住む人々の道徳観を根底から揺さぶるために、あえて挑発的に作られているからだ。
歌手のトゥージー(1987)は、イラン生まれのノルウェー育ち。1才の頃に避難民としてノルウェーにやってきた。モデルとして活躍した後、ヨーロッパの紅白歌合戦ともいわれる音楽祭ユーロビジョン・ソング・コンテストに、2012年のノルウェー代表として出場。その後は、ノルウェー国営放送局NRKの子ども番組の司会などを務めた。
ユーロビジョン・ソング・コンテストといえば、LGBTから人気が高いが、トゥージー自身も恐らく同性愛者であろうことは、ノルウェーでは暗黙で認識されていたことだ。本人は、自分のセクシュアリティに関しては、今まで正式には発言をしていなかった。
今回、国営放送局の関係者を悩ませたのは、彼が「子ども番組の司会者」ということだろう。
男女平等国と賞賛され、同性婚を認めているノルウェーの国営テレビ局や教会でも、今回のビデオは受け入れることができなかったようだ。
撮影場所となったフログネル教会は、当初伝えられていた撮影方針と完成作品の内容が大きく異なった契約違反であり、「異性同士での行為だったとしても受け入れがたく、教会という空間の悪用行為である」と公式にコメントを発表。
国営放送局は、ビデオ映像が原因で、事実上トゥージーが子ども番組を「クビ」となったことに対し、客観的に事実を伝えようとはしつつも、「番組側は、彼に子ども番組を選ぶか、音楽を選ぶか、選択の余地を与えた」と他メディアからの批判に対し、自己防御する記事を書いている。
今回の作品を、トゥージーはただの音楽ビデオではなく、挑発的な「アート・プロジェクト」と称している。同性愛者に限らず、宗教は愛や人権の妨げとなってはいけないというメッセージをこめて、計算された舞台設定と演出で、わざと人々の本音をざわつかせるコンテンツに仕上げている。
ただ単に、教会で祈りを捧げる人々の前で性行為をすることが正しい・悪いかという単純な問題ではない(そこだけに着目するなら、それはだめだろうというのは誰だってわかる)。それ以上に、この映像を見て、「平等国」といわれているノルウェーの各機関や人々がどういうリアクションをするか、宗教と同性愛の問題を掘り起こし、どのような議論へと広がるか、という挑戦的な作品だ。
トゥージーのFacebookページでは、現時点では賞賛のコメントが目立つが、YouTubeでは、舞台が教会だということに批判が多いようだ。同時に、「どうして撮影場所をモスクにしなかったの?」という質問が複数あった。恐らく、モスクが舞台であれば、それは移民背景のある同性愛者のためのビデオとなってしまい、ここまで多くのノルウェーの人々の注意を引くことはできなかったであろう。
「ノルウェー各地にある身近な教会」、「ノルウェー人風の顔立ちの白人牧師」、「音楽祭ノルウェー代表と子ども番組の司会を務めた人気歌手」という要素が揃ったからこそ、人々に他人事だとは思えないテーマだと感じさせるのだ。
これから議論が広がりそうだが、すでにノルウェーの各メディアは、このスキャンダラスな動画について続々と報道している。映像を見て、「宗教への冒涜(ぼうとく)だ」と憤慨する人もいるだろうが、彼の作品は自分のセクシュアリティを「恥ずかしい」と感じている一部の人々にとっては、微力ながらも応援歌となるのではないだろうか。
トゥージー本人は、ビデオをリリースした同性愛者サイトのインタビューで、「異性愛者は性的嗜好を周囲に共有する必要がないのに、なぜ自分は話す必要があるのかと思っていたから、今まで取材でも答えなかった。けれど、今はこう思う。僕が同性愛者だとカミングアウトすることで、誰かの人生を変えることができるなら、やってみる価値はあると。若い子どもたちが、自分が誰かと恥じる社会はもう十分だよ」。
今年のLGBTの祭典、オスロ・プライドは、彼の曲で大いに盛り上がりそうだ。
今回のビデオに関して、トゥージーによるコメント(英語)