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ノーベル平和賞授与式に被爆者が招待、平和の国でノルウェー首相やオスロ市民と交流

鐙麻樹北欧・国際比較文化ジャーナリスト|ノルウェー国際報道協会役員
被爆者と手を強く握り合うノルウェー首相 Photo:Asaki Abumi

被爆者がノーベル平和授与式に正式に招待

12月10日に首都オスロで開催されたノーベル平和賞授与式。チュニジアの民主化に貢献した「国民対話カルテット」が平和賞のメダルを授与された瞬間、会場の市庁舎内にいた人々は大きな拍手で祝福した。前方の列で拍手をしていたのは、ノーベル委員会より正式に招待された被爆者の代表2名だった。

広島市の岡田恵美子さん(78)と長崎市の築城(ついき)昭平さん(88)は、これまでも他国で被爆体験を語ってきた。ノルウェーを訪れるのは今回が初めてとなる。

平和賞授与式で被爆者の名前がアナウンスされる

授与式が公式にオープンされる直前、「‥‥エミコ、‥‥ショウヘイ」と突然アナウンスが流れ、会場がざわめいた。ノルウェー・ノーベル委員会が、被爆者2名の訪問を来場者に説明したのだ。

授与式開始前に被爆者の出席がアナウンスされる Photo:Asaki Abumi
授与式開始前に被爆者の出席がアナウンスされる Photo:Asaki Abumi

会場は拍手に包まれ、2名は椅子から立ち、深々とお辞儀をした。式の来場者の多くは、元首相、大臣、国会議員などノルウェーの主要政治家が占める。被爆者の存在を知ってもらうきっかけになったことだろう。

ノルウェー首相と会談

窓からオスロを紹介する首相。太陽が眩しかった Photo:Asaki Abumi
窓からオスロを紹介する首相。太陽が眩しかった Photo:Asaki Abumi

授与式の終了後、市庁舎2階にあるムンクの間で、ノルウェーのアーナ・ソールバルグ首相と被爆者との会談がおこなわれた。首相は笑顔で、「よくいらしてくださいました。オスロは、夏も素敵なのですよ」と部屋の窓から広がるフィヨルドを紹介した。窓からは、冬の太陽の日差しがギラギラと光っていた。

被爆体験を語る2人と通訳する阿部憲仁氏 Photo:Asaki Abumi
被爆体験を語る2人と通訳する阿部憲仁氏 Photo:Asaki Abumi

テーブルの席につき、岡田さんと築城さんは被爆体験を静かに語り始めた。「世界の人々がまだ核の問題を真剣に考えていないように思う。初歩的なことをわかっていない人も多く、もっともっと、たくさんの人が核の問題を真剣に考えるようになると、世界的に解決の方向に向かうのではないか」と話す築城さん。

「何人も、何人も、子どもが目の前で焼け死んでいくのに、どうすることもできなかった」と涙声で語る岡田さんを目の前に、首相は真剣な表情で耳を傾けていた。

「8月6日を思い出させる夕焼けが今でも大嫌いなんです」と岡田さんは語った後、窓からの日差しで溢れる光の中で、オスロを訪れてから初めて夕焼けを前向きに見ることができた、とつぶやいた。

真剣に耳を傾ける首相 Photo:Asaki Abumi
真剣に耳を傾ける首相 Photo:Asaki Abumi

「話してくださって、ありがとう」とお礼を述べた首相は、質問をした。「被爆者として社会でどのように差別されたのか」、「日本社会は起きた出来事を忘れたがっていると感じたか」、「社会から支持を受けていると思うか」。

「ノルウェーは核のない世界を目指しているが、国際情勢や核保有国の存在もあり、すでに発明された核を廃棄することは難しいことも現実です。私たちは新しい問題に立ち向かうことをばかりを考え、起きたことは過去のことと思いがちですが、お二人のように語り継いでいく人々がいることが重要。数字で語られがちな出来事ですが、語り部屋をしている人々は、ひとつひとつの数字に、ひとりひとりの顔をつける役割をしています」と首相は語った。

「核がこれ以上広がらないようにしていくことが、ノルウェー政府のできることだ」と強調した。

ノルウェー政権の課題

ノルウェー現政権は、現在地元の核反対団体などから、核廃絶に対する姿勢に対して批判を受けており、その議論は国営放送局をはじめ、現地メディアでも大きく取り上げられている。

日本が国連総会に提出した核兵器廃絶決議において、ノルウェーは棄権の立場をとったからだ。左派勢力の野党からは国会議事堂などの場で、「ノルウェーのような国は、国際社会で主導的な役割をとるべきだ」と批判を浴びるが、政権側は「ノルウェーは北大西洋条約機構(NATO)加盟国であるため、NATOと足踏みを揃えなければいけない」と反論している。

オスロ市で市民との講演会、核廃絶に積極的な新市長

講演会でつらい被爆体験を振り返る Photo:Asaki Abumi
講演会でつらい被爆体験を振り返る Photo:Asaki Abumi

翌日、オスロでは被爆者による講演会が開催され、地元の市民約30人が集まった。

オスロ市を平和の街にすると宣言した市長 Photo:Asaki Abumi
オスロ市を平和の街にすると宣言した市長 Photo:Asaki Abumi

講演会の幕を開けたのは、10月に市長に就任したばかりのマリアンネ・ボルゲン氏だった。9月の地方選挙で勢力交代が起きたオスロでは、現在は保守的な現政権とは対照的な、左派勢力の3党が力をもつ。前市長や現首相は、保守党出身。前市長と比較すると、左派社会党のボルゲン現市長は核廃絶に非常に積極的だ。ボルゲン氏は市長に就任してすぐ、オスロ市のこれまでの市長が著名を拒んでいた平和首長会議(Mayors for Peace)への賛同のために、全力で動いている。

別記事 オスロには夏にも被爆者が1名訪れた

「核廃絶訴え、オスロから広島と長崎へ祈り フィヨルドに浮かんだとうろう」

被爆者と対面したことのある市民は数少ない Photo:Asaki Abumi
被爆者と対面したことのある市民は数少ない Photo:Asaki Abumi

首相とオスロ市長の両氏にとって、被爆者と対面で向き合い、被爆体験を直接聞くことは今回が初めてだった。会談に約40分も時間を割いた首相は、別れ際に、「ぜひ被爆地を訪れたい」と、被爆者2名と笑顔で「また会いましょう」と告げあった。

今回の被爆者との出会いは、国の長である首相のかじ取りに、なにかしらの影響を与えるだろうか。国際社会で「平和」の象徴とみられやすいノルウェー、今後の動きが注目される。

広島がオスロに寄贈した被爆石碑を見つめる2人 Photo:Asaki Abumi
広島がオスロに寄贈した被爆石碑を見つめる2人 Photo:Asaki Abumi

Photo&Text:Asaki Abumi

北欧・国際比較文化ジャーナリスト|ノルウェー国際報道協会役員

あぶみあさき。オスロ在ノルウェー・フィンランド・デンマーク・スウェーデン・アイスランド情報発信15年目。写真家。上智大学フランス語学科卒、オスロ大学大学院メディア学修士課程修了(副専攻:ジェンダー平等学)。2022年 同大学院サマースクール「北欧のジェンダー平等」修了。ノルウェー国際報道協会 理事会役員。多言語学習者/ポリグロット(8か国語)。ノルウェー政府の産業推進機関イノベーション・ノルウェーより活動実績表彰。著書『北欧の幸せな社会のつくり方: 10代からの政治と選挙』『ハイヒールを履かない女たち: 北欧・ジェンダー平等先進国の現場から』SNS、note @asakikiki

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