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「1日難民1000人」を緊急で受け入れたノルウェーの小さな町、市長が語る「大事なのは対話」

鐙麻樹北欧・国際比較文化ジャーナリスト|ノルウェー国際報道協会役員
難民申請者が寝泊まりするテント Photo:Asaki Abumi

欧州での難民問題が深刻化する中、北欧各国では難民受け入れ体制を厳しく強化しはじめている。スウェーデンやロシアを経由して、難民が欧州北部で最終的にたどり着くのがノルウェーだ。移民局によると、今年で約3万人の難民申請者が登録されている。

難民増加に伴い、ノルウェー初の緊急登録施設を設置

10月から激増する難民申請者への受け入れに対応が困難となってきたノルウェーでは、通常の難民受け入れ施設とは異なる、国内に2か所の難民登録施設を緊急に配置した。申請者の登録作業をより効率よく進めるために、移民局と警察が同じ場所で申請者の身元確認などの登録を進める。登録施設で2~3日を過ごした後、申請者は国内各地にある通常の難民受け入れ施設に送られる。ノルウェーではこのような形の登録施設を設けたのは初だ。

小さな町に国内最大級の施設を緊急配置、驚いた住民

Photo:Asaki Abumi
Photo:Asaki Abumi

首都オスロの中心地から電車で約50分ほどのところにあるローデは人口7千人の小さな町だ。ローデ駅周辺の中心地には、小さな店が並んでいた。かつて住民の買い物の場所であった大型センターを移民局が貸し切り、10月16日に国内最大級の登録施設が緊急オープンした。

1日の最高収容可能人数は1000人。スタッフによると、11月は1日700~1000人の申請者がいた日が、1か月間続いたという。滞在者は数日で次々と入れ替わるが、これまで何万人が行き来したか、移民局では把握しきれていない。

ノルウェーでは移民局から難民施設設置の知らせを受けた市町村は、その決定に「NO」ということはできない。移民局が市長に決定を通知し、市町村は義務的にその対応に追われることとなる。突然知らせを受けたローデの住民からは、賛否の声があがった。

市長が語る、住民と積み重ねてきた話し合い

困惑した町は、どのように難民と向き合ってきたのか。ローデのレーネ・ラフソル市長(保守党)にインタビューをした。市長5年目となるラフソル氏は、落ち着いた声で語り始めた。

移民局から難民施設設置の知らせを突如受け取り、市長をはじめ、ほかの政治家は、ほぼ全員が、「うまくやっていこう!」という姿勢で肯定的だったという。「住民の間では意見が分かれていました」。

移民・社会統合大臣の視察に引率する市長(右から3人目) Photo:Abumi
移民・社会統合大臣の視察に引率する市長(右から3人目) Photo:Abumi

「私たちの懸念する声を“人種差別的だ”と思わないでほしい」

10月3日、市長は市長専用のFacebookページに、「1週間前に難民受け入れ登録センターが立ち上がると移民局から連絡があった」と投稿。コメント欄には、ローデで難民を受け入れることを「歓迎する」という声と共に、「子どもたちの安全はどうなるのか」、「私たちの懸念する声を“人種差別的だ”とは思わないでほしい」という意見も目立った。

「肯定的な反応をする人、施設がどういうものか分からずに懸念している人、反対だという人と、住民の声は3つに分かれていました。肯定的な立場の人は、欧州で起きている課題に自分達も協力しなければいけないという思いがあります。懸念する立場の人は、小さな町に1000人もの知らない人がやってくることに慣れていない人が多く、心配していました」。

施設のオープン直前に開かれた住民への説明会は2時間以上に及び、300~400人ほどが集まり、施設内の見学もしたという。

施設オープン後、住民からの反応に変化はあったか?

「もともと肯定的な人はずっと肯定的、否定的な人はずっと否定的です。その中間にいた“心配していた人”は、1000人の難民申請者がいた時期には、否定的になっていました。ただ、今は数が減少しているので、また気持ちが肯定的に変化しているようです」。

「通常であれば2~3日で次の宿泊施設に移動できるのですが、申請者数が激増していた頃には、2週間も滞在しなければいけない人がいました。施設内にいるだけでは、もちろん飽きてしまうので、町の中心地に散歩に行く人もいました。私はそれは良いことだと思っています」。

飲食店の少ない町で、難民申請者がぶつかった生活問題

シリアから来た家族、男の子は12才。撮影許可有Photo:Asaki Abumi
シリアから来た家族、男の子は12才。撮影許可有Photo:Asaki Abumi

難民申請者が町を歩き回り始めた時に浮上した課題が、お金の両替と携帯電話に使うSIMカードの購入だったと市長は語る。小さな町なので、両替できる銀行や専門店がない。

「難民の人々の手元にあるのはユーロやドル。買いたいものが買えずに困り、助けを求めて歩きまわっていました。親切心でノルウェークローネに両替した住民もいます。今は移民局と話し合いを進めていて、施設内に専門店を設けることを検討中です」。

「英語を話す難民申請者は数人。施設のスタッフにアラビア語が通訳できる人がいます、あとはボディージェスチャーでの交流となりますね」。

大事なのは情報共有と対話

住民が不安がる理由の一つには、テレビでの報道があるという。「テロリストの潜り込み、ノルウェーとは異なる女性への価値観、病気の伝染、そういうことで怖がる人もいます」。

住民の不安を和らげるうえで、もっとも大事なのは「情報共有と対話」と市長は強調する。「小さな問題が起きた時に、協力し合って話し合う。その小さな心配の種を放置していたら、人々は否定的になってしまうからです」。

数週間前には1日に1000人以上いた登録施設だが、この日は85人しかいなかった。スタッフによると、これまでの記録でも特に少ない数だという。町は、少しずつ落ち着きを取り戻している。

現在、移民局はこの登録施設が一時的ではなく、永続的に存続できるように検討中だ。

Photo&Text:Asaki Abumi

北欧・国際比較文化ジャーナリスト|ノルウェー国際報道協会役員

あぶみあさき。オスロ在ノルウェー・フィンランド・デンマーク・スウェーデン・アイスランド情報発信15年目。写真家。上智大学フランス語学科卒、オスロ大学大学院メディア学修士課程修了(副専攻:ジェンダー平等学)。2022年 同大学院サマースクール「北欧のジェンダー平等」修了。ノルウェー国際報道協会 理事会役員。多言語学習者/ポリグロット(8か国語)。ノルウェー政府の産業推進機関イノベーション・ノルウェーより活動実績表彰。著書『北欧の幸せな社会のつくり方: 10代からの政治と選挙』『ハイヒールを履かない女たち: 北欧・ジェンダー平等先進国の現場から』SNS、note @asakikiki

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