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世界初、一般人も聞ける「受刑者がつくる刑務所ラジオ」 ノルウェーの社会復帰支援

鐙麻樹北欧・国際比較文化ジャーナリスト|ノルウェー国際報道協会役員
番組スタッフも受刑者も皆同じ格好 Photo: Asaki Abumi

犯罪を犯した受刑者がつくるラジオ「無法者の家」

オスロ中心地、市民が散歩する緑の芝生が広がる敷地に、ドシリと重い雰囲気のボトゥセン刑務所が立っている。ここには151人の男性受刑者が暮らす。敷地内には、「アクティビティー・ルーム」と呼ばれる、受刑者が授業を受けたり、ジムで運動をする建物がある。筆者が案内されたのは、ラジオ局「無法者の家」(Roverhuset)が作る番組「無法者のラジオ」が製作されている一室だ。ここで働くラジオ局スタッフたちは、自らを「無法者」と呼ぶ。

ラジオスタジオがある刑務所の建物 Photo: Asaki Abumi
ラジオスタジオがある刑務所の建物 Photo: Asaki Abumi

世界初・刑務所の外にも放送される受刑者ラジオ

「受刑者がつくるラジオ番組」というのは、世界でも他にある。だが、それらは刑務所の外に暮らす一般人は聞くことができない。ノルウェーの「無法者のラジオ」は、世界初・刑務所の外でも聞くことができるラジオだ。

国営放送局でも放送予定、全国に届く受刑者の声

現在は、公式HPや音声データファイルを公開するサウンドクラウドなどでのみ視聴可能だが、ノルウェー国営放送局でも放送予定。国営ラジオで放送されれば、さらに多くの国民の耳に彼らのラジオが届く。

「無法者のラジオ」は国と民間からの支援金で成り立つボランティア番組だ。2014年6月に開始し、国内では有名なラジオ賞も受賞。毎週金曜日、午前6~7時に1時間放送され、これまで54本を製作、ネットでいつでも視聴可能だ。

誰が犯罪歴のある者なのか、まったくわからない Photo:Asaki Abumi
誰が犯罪歴のある者なのか、まったくわからない Photo:Asaki Abumi

受刑者たちの社会復帰のリハビリの一環として、「何が正しく、間違っているのか」、倫理や道徳をラジオ番組上で話し合い、他者との共同作業を体験。出所したとき、「再犯以外の別のキャリアの選択肢がある」ことを受刑者に学んでもらう。

ディレクターは、自身も出産予定が間近の「みんなのお母さん」的存在、ミーナ・へレーネ・ハディヤン(40)さん。実は、彼女はノルウェーのメディア業界では有名人。本人は受刑者ではなく、犯罪歴はない。国営放送局を舞台に、物議を醸す、新しいタイプのラジオを世に送り出してきた。まるで友達のように、仲間たちに話しかけ、番組を作り上げていく。

司会にアドバイスするハディヤンさん Photo: Asaki Abumi
司会にアドバイスするハディヤンさん Photo: Asaki Abumi

ここでは、番組のディレクターやスタッフ、刑務官、受刑者の間に垣根はない。皆がラジオ番組のロゴがついたTシャツを着用しており、外見からはそれぞれの肩書や上下関係は全くわからない。筆者が、局のスタッフだと思って話しかけ、一緒に昼のランチを食べていた相手も、途中で受刑者だとわかり、驚いてしまった。

自由な番組制作、厳しい規則はほとんどなし

刑務所が外に発信できるラジオ番組となると、厳しい規則や検閲がありそうだが、驚くほど自由に番組制作がおこなわれている。話してはいけないとされているのは、個々の犯罪歴、刑務官の悪口だ。放送前に内容は所長が検閲するが、内容がボツにされたことはないという。

左はスタッフ、右2人は受刑者で司会 Photo: Asaki Abumi
左はスタッフ、右2人は受刑者で司会 Photo: Asaki Abumi

政治家、芸能人もゲストで登場

音楽を流し、4人の司会者(受刑者)が自由に楽しそうに会話する、その内容は一般のラジオとなんら変わりはない。ノルウェーの政治家、市長、警察官、芸能人などもゲストとして招かれることがある。

刑務所ラジオでは、「孤独」や「犯罪」をテーマにすることも多い。「犯罪について、自己皮肉を学ぶことは大事」とハディヤンさんは話す。女性の刑務所でもラジオ制作はおこなわれており、重犯罪者の間では、「母親になること」も人気の題材だ。女性の刑務所での「一番おいしいケーキをつくるのは誰」大会や、男性の刑務所でのカラオケ・コンテストをラジオで紹介することもある。

受刑者たちが、テロ事件を起こした「あの犯人」について話す

このラジオは、重犯罪を犯した刑務所に収容されている、テロ事件を起こした殺人犯アンネシュ・ブレイビクも聞くことになる。自らも犯罪者である司会者たちは、同容疑者について番組内でコメントすることも。

現在、ブレイビク容疑者は、刑務所内での隔離を孤独だとし、「刑務所内にある刑務所だ」と、人権侵害を訴えている。53回目の放送では、この件について、隔離が孤独であることは理解を示しながらも、「僕たちは彼には一切同情しない。彼の罪は非情で残酷だった。でも、彼ほど長い間隔離されて、人間は改善できるのだろうか」とアレックスさんとクリスさんが語った。

受刑者たちの間で大人気のラジオの仕事

進行内容の紙や思い出の写真が飾られた壁 Photo: Asaki Abumi
進行内容の紙や思い出の写真が飾られた壁 Photo: Asaki Abumi

「無法者のラジオ」は週に2日、8時15分から14時の間にスタジオで製作される。製作中は刑務官の監視もなく、外からのゲストとも交流できるため、受刑者にとっては自由で楽しい時間だ。そのため、刑務所内でもこの番組は有名で、大人気の仕事。

「いい声を持っていることが大事。リラックスできる仕事だと思って応募してくる人が多いから、そういう人はすぐクビにする。過去に殺人を犯した人かどうかは気にしないけれど、私が採用しないのは、過去に子どもや女性に犯罪を犯した人」とハディヤンさん。

ラジオでの言語はノルウェー語だが、インタビュー相手が英語話者の時は、英語でそのまま放送される。ノルウェー人は英語が得意な国民だが、受刑者も同じようだ。「多くの犯罪者は英語が話せるからね。例えば、外国人にドラックを売る時、英語が話せないとコミュニケーションできないだろう?」と受刑者のダニエルさん(32)は語る。

「希望」を与えてくれる仕事

司会者のダニエルさん(左)とクリスさん(右) Photo:Asaki Abumi
司会者のダニエルさん(左)とクリスさん(右) Photo:Asaki Abumi

ダニエルさんは15か月間を刑務所で過ごし、8月に出所予定だ。「ここでの仕事はすごく楽しいし、希望も与えてくれる。今までで一番の思い出は、有名なコメディアンにインタビューしたとき」と笑顔で語る。

「外」にいる大事な人へ、ラジオを通してメッセージを伝えてもらう

刑務所の仲間たちが、家族や親しい人にメッセージを伝えたい時は、番組司会者である受刑者に「ジェイル・メール」という「刑務所の手紙」を手渡す。メッセージを紙に書いて、所内で手渡し、それを司会者が読み上げるという人気のシステムだ。ちょうど、この日は司会者であるアレックスさんが、外にいる恋人に向かって語りかけ、2人が出会った時の思い出のセリーヌ・ディオンの曲を流した。

再犯を防げるか、「希望」を与えるラジオの仕事

司会のヨン・ダニエルさん(21) Photo: Asaki Abumi
司会のヨン・ダニエルさん(21) Photo: Asaki Abumi

ノルウェーの刑務所は、世界中のメディアで「自由すぎる・快適すぎるのでは」と報道されることが多い。ここでは、服装だけでは、だれが刑務官、ラジオ番組スタッフ、受刑者か全くわからない。学校のように笑顔で交流している光景は、この国ならではだろう。

刑務所や統計局と連絡をとったが、ノルウェーでの「再犯率」には様々なデータがあり、明確にひとつの数字を出すことは難しい。ノルウェー統計局SSBの2013年度発表の調査によると、ノルウェーでの再犯率は10~55%と幅広い。出所後、再び刑務所に戻ってくる率は10~33%とするデータもある。2014年に、ノルウェーで再び有罪判決を受けた人数は2万2千人。

Roverhuset 公式ホームページ(英語・ノルウェー語)

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※刑務所という特殊な取材場所のため、刑務所側との取り決めで、記事内容と写真は、掲載前に刑務所側に確認・承認をいただいています。ダニエルさんの写真は、諸事情によりモザイクをかけています。

Photo&Text: Asaki Abumi

北欧・国際比較文化ジャーナリスト|ノルウェー国際報道協会役員

あぶみあさき。オスロ在ノルウェー・フィンランド・デンマーク・スウェーデン・アイスランド情報発信15年目。写真家。上智大学フランス語学科卒、オスロ大学大学院メディア学修士課程修了(副専攻:ジェンダー平等学)。2022年 同大学院サマースクール「北欧のジェンダー平等」修了。ノルウェー国際報道協会 理事会役員。多言語学習者/ポリグロット(8か国語)。ノルウェー政府の産業推進機関イノベーション・ノルウェーより活動実績表彰。著書『北欧の幸せな社会のつくり方: 10代からの政治と選挙』『ハイヒールを履かない女たち: 北欧・ジェンダー平等先進国の現場から』SNS、note @asakikiki

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