「ようこそ、イギリス」? EU非加盟のノルウェー現地の反応
ようこそ、イギリス
「ようこそ」。イギリスのEU離脱を特集したノルウェーの最大手全国紙アフテンポステンの25日付けの表紙だ。EU加盟国の各国の言語で「さようなら」と書き連ねた一番最後に、ノルウェー語で「Velkommen(ヴェルコンメン)」と、ひっそりと書かれている。
あまり広く知られていないが、実はノルウェーはEU非加盟国だ。
イギリス、「ノルウェーが大丈夫だから、きっと僕たちもやっていける」
イギリスのEU離脱派は「それでも大丈夫だ」という根拠のひとつに、「ノルウェーモデルを目指す」と唱えていた。「残留派と離脱派のどちら側にも、ノルウェーは説得やプロパガンダの材料として使われていたため、発言に十分に注意する必要があった」と、駐英ノルウェー王国大使館の代表は、ノルウェー国営放送局に話していた。欧州のメディアはノルウェーの公式な見解に注目していたが、ソールバルグ首相は影響を避けるために言及を長い間避けていた。しかし、イギリス国民投票の直前に首相は口を開いた。
ノルウェー首相「おやめなさい、ノルウェーモデルは好きになれないでしょう」
ノルウェーは石油資源で独立性を保てている
また、ノルウェーのEU議論で、最も重要であり、忘れてはいけないことが、ノルウェーでは石油資源が多額の利益をもたらしてきたことだ。ノルウェーは福祉制度など、様々な分野が世界トップレベルだと注目を集めやすい。だが、国のその余裕は、石油・天然ガス資源があったからこそ。石油資源の利益がないイギリスや他国が、「ノルウェーモデルを目指す」という主張は、「どれだけノルウェーが石油に依存しているのか、本当にわかっているのだろうか」とノルウェーの現状を知る者なら思うだろう。
石油に依存するノルウェー、環境団体が首相に中指を立てる「くそったれ」 若者の失礼な(?)抗議活動
ノルウェーでは国民投票をすると、「EUノー!」が高確率
ノルウェーでは、政党の多くはEU加盟派だ。だが、国民投票をすると、大多数で非加盟となるだろうことは、予想できることなので、大きな動きには至っていない。
国内で議論されていないわけではない。筆者が取材するオスロ現地の高校などでは、政治や社会の授業でEU加盟・非加盟のディベートも行われている。「国会では加盟派が大多数。しかし、国民投票をしても、結果はどうせ非加盟だろう」という当然の空気が、政治家が現時点で博打を打たない理由だ。
ノルウェーの右翼ポピュリスト政党は関心薄
ノルウェーで右翼ポピュリスト政党/極右とされている与党の「進歩党」でさえ、EU加盟に関しては、党の方針としては立場を明確にしていない。「国民が決めること」として、世論の動きに同調する構えだ。
しかし、ノルウェーの石油資源にも限界があり、政府は国力が弱まることにあせりを感じている。「新たな石油をつくろう」と、他産業やイノベーションへの貢献に力を入れているところだ。ロシアとの緊張関係もあるため、国が独自路線にしがみつき、孤立することに、政治家は危機感を感じている。ノルウェーはNATOにも加盟しており、NATO事務総長はストルテンベルグ元首相。世論はEUに加盟したがらないため、政治家は別路線で国を守っていかなければいけない。
EU非加盟=国に何か起こった時に助けてくれる友達がいない。小国ノルウェーの焦り
普段、筆者が取材をする政党や政治家たちの間では、イギリスのEU脱退を受けて、悲観的な傾向が目立つ。難民、環境、経済問題など、欧州や世界各国で団結していかなければいけない時期にも関らず、「大国イギリスのEU離脱は、各国の協力関係を弱体化させる」と警戒している。
また、ノルウェーにとってイギリスは大事なビジネスパートナー。イェンセン財務大臣(進歩党党首)は、Brexitはノルウェー経済に打撃を与えるだろうと、記者会見で述べた。
ノルウェーの各報道機関も、「イギリス、EU非加盟の仲間にようこそ!」と、笑顔で歓迎しているわけではない。むしろ、欧州全体・ノルウェーにもマイナスの影響を与え、混乱を拡大させるだろうと警戒している傾向が強い。大手経済紙DNは、「ヨーロッパにとって、不運の日」と記した。
移民議論で、在住ノルウェー人は「私たちは歓迎されていない」
また、移民を歓迎しないイギリス現地での風潮が、イギリス在住のノルウェー人を不安にさせていることもいくつか報道されている。現地在住のノルウェー人女性は、「私たちは、もうイギリスでは望まれていない」として、今回の国民投票の結果を受けて、イギリス人の夫と2人の子どもを連れて、ノルウェーに帰国することを決意した(ノルウェー国営放送局)。
欧州の平和に貢献したEU、ノーベル平和賞が授与された意味を問い直す時?
覚えている人はいるだろうか。2012年、「欧州と世界の平和と和解、民主主義と人権の促進に貢献した」として、EUはノーベル平和賞を授与された。
授与式は、ノルウェーの首都オスロにある市庁舎で開催された。今回のイギリス脱退を受けて、「EUは平和賞を返上しなければいけないのではないか」という報道は、ノルウェーでは目立っていない。しかし、当時の責任者のひとりであった、ノルウェーノーベル賞委員会のヤーグラン元委員長は不安そうだ。
「EUとイギリスの離婚が、欧州にナショナリズムを広めるのではないか。Brexitキャンペーンは移民危機が焦点のひとつだった。各国の右翼ポピュリスト政党にとって、追い風となってしまうかもしれない」と、イギリスのEU離脱を残念がっている(ノルウェー国営放送局)。
地球の歩き方 オスロ特派員ブログ
「“ノルウェー人にはユーモアのセンスがあるのですね”。ノーベル平和賞をEUへ?ヤーグラン委員長に批判集中」
悲観的な人と楽観的な人
欧州の平和に貢献したとしてノーベル平和賞を授与されたEU加盟国。しかし、「ノルウェーモデルを目指す」とイギリスは離婚届を出した。ノルウェー現地の政界・産業界・メディアは「今後、欧州に混乱を広げるだろう」とみる。
筆者の取材分野である環境分野もザワザワとし始めた。「パリ協定におけるイギリスの責任感は欠如していくのではないか?排出ガス削減のための国際的な連携に悪影響だ。ノルウェーは、他国に期待せずに、やはり国内で奮闘しなければいけない!」と環境団体や少政党が鼻息を荒くしている。まだまだ石油発掘に頼りたい、首相率いる保守派陣営や大政党は、嫌がりそうな傾向だ(石油発掘=環境破壊)。また、難民や移民の受け入れ問題において、各国の対応に悪影響が及ぶのではとされている。
一方、イギリスのEU離脱が明確となった当日、筆者はオスロでのカフェで仕事で撮影をしていた。ノルウェー人の店員やスウェーデン人のお客さんとこの話になったのだが、その反応は、政治家たちや報道陣とは真逆だった。「イギリスがEU離脱なんて、すばらしい!誰だってコントロールなんて、されたくないわよ」と。
平等・対等な関係を重視するノルウェー人は、管理・支配システムをつくる官僚制度などを好まない。EUが国の経済や安全保障などに与える影響を考える政治家と、感情に左右されやすい(?)国民の一面を垣間見た気がした。
Photo&Text: Asaki Abumi