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なぜ演劇、音楽祭、高校文化祭が政治的に?ノルウェーという国は、「石油」なくして語れない

鐙麻樹北欧・国際比較文化ジャーナリスト|ノルウェー国際報道協会役員
国の豊かな資源で、肥えた権力者たち Photo:Oyvind Eide

経済優先か、環境優先か

「石油が来る前の、かつてのノルウェーを皆さんは覚えているでしょう。忘れ去られた、死んだ街。今、我々はロールモデルとなり、グリーンな街となろうとしている」。

そのセリフを叫ぶ男性の向かい側で、もう一人の男性が叫ぶ。

「この土地の石油プラットフォームには、欠陥がある。今すぐやめないと、人体や環境に悪影響が及ぶ。たとえ、それが、土地の経済活性化を止めるとしても」。

まさに、このやりとり、今ノルウェーの国会で繰り広げられている。政治家たちの口論そのものだ。

しかし、これは、ノルウェーを代表する劇作家ヘンリック・イプセンの1880年代の作品である。首都オスロでは、現在イプセンフェスティバルが開催中。筆者が10日に鑑賞した演目は、フェスの目玉となっている、異色の作品『野鴨+民衆の敵-鴨の敵』だ。『野鴨』(1884)と『民衆の敵』(1882)という、2大作品を、1作品にまとめ、テーマを現代の社会問題に大胆に編集している。

Photo:Oyvind Eide
Photo:Oyvind Eide

オリジナルの『民衆の敵』では、村人が温泉による町おこしに必死になっている最中、主人公が源泉が汚染されていることを発見。正義感で告発しようとするが、利益を優先する兄や新聞社、民衆たちに、「民衆の敵」とみなされ、孤立していく話だ。この歴史ある大作が、今回のフェスでは、「源泉の汚染」から、現代にあわせて「石油プラットフォームの欠陥=海の汚染」という内容に、大きく台本が変えられている。

なぜ、国立劇場での演目が政治的に?

7年間、ノルウェーで取材していて思うことが、「この国の人たちは、恐れずに権力者に批判の声を届けるな」、ということだ。「これが民主主義だ」と、彼らはよく誇らしげに語る。

ノルウェーという国は、「石油」の話なくして、深く理解することはできない。60年代後半に、北海で石油が発見されて以降、貧乏な農民暮らしから、一気にお金持ちの国となった。石油は、その後、人々の考え方からライフスタイルを大きく変えることとなった。

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ノルウェーの政治では、「石油」や「環境」という言葉が大きなキーワードだ。右翼・左翼関係なく、大政党は今後も石油資源とのバランスを保ちながら、グリーンな環境政策を進めていこうという。しかし、一部の小政党は、「お世話になった石油とは、ハッピーエンドを迎えるべきだ」という。緑の環境党に限っては、「経済より環境だ」と言い放つが、石油資源の代用となる経済政策は打ち出せない。

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現在の与党、大政党、マスコミの体制を、ほぼストレートに嘲笑しているのが、イプセン祭の『野鴨+民衆の敵-鴨の敵』だ。石油が好きな右翼ポピュリスト政党(与党の進歩党)は、「ふん」と鼻息をならし、好まないかもしれない。緑を訴える支持者にとっても、「僕たちは、地球を救うために叫んでいるのに、民衆の敵とされる」と、時に彼らが直面する孤独を、主人公に見出すかもしれない。それは、両者に希望を与えるわけではない。

同作品で、石油プラットフォームを経営する企業名は、なんと「ノーザン・オイル&ガス」。これは、ノルウェーに住む観客なら、すぐさま実在する国営企業スタットオイルを連想するだろう。

これが、ノルウェー人のダブルモラル

しかし、「いやいや、これが今のノルウェーだから。まさに我々ノルウェー人のダブル・モラルです」と、さらりと上演している国立劇場の挑戦は、あっぱれといえる。歴史的な作品だからといって、毎回同じような雰囲気で上演するのではなく、次々と新しい解釈を加え、そして政治的なテーマをどんどん取り込む。

音楽祭、山頂でも環境議論

環境問題について話し合う、筆者は登山で疲れていて集中できずPhoto:Abumi
環境問題について話し合う、筆者は登山で疲れていて集中できずPhoto:Abumi

舞台を変えよう。7月は、筆者はヴィンニェロック(Vinjerock)という、10秒でチケットが完売するという、山奥で開催される音楽祭を取材した。この音楽祭では、アウトドアも人気があり、撮影のために、登山をすることになった。予想外に、ここでも環境政策の議論が始まってしまった。

「ノルウェーの自然を守ろう」というPOWという団体が登山を仕切っていたのだが、テーマが「旅を減らして、もっと体験しよう」というものだった。「僕たちは、大気汚染の原因となる、飛行機に乗ることを、みんなにできるだけやめてもらいたいと思っている。ノルウェー人は、日本にスキーをするためだけに、北海道とかに行くよね。でも、スキーはノルウェーでだって、できるじゃないか」。

そのようなことを隣で言われながら、「はぁ…」と聞いていたのだが、個人的には、「それは個人の自由では」、「外国人観光客はいらないのかな」など思っていた。

なにより、脚の長い、登山慣れしたノルウェー人やスウェーデン人といたので、もう登山についていくのに、必死だったのだ。筆者が息を切らしながら、一生懸命追いかけるなか、環境政策を議論しながら、すいすいと山を登るこの人たちは、何なのだろうかと不思議に感じた。筆者は環境政策の話は通常は興味があるが、この状況下では、登山だけで、もういっぱいいっぱいだった。

山頂でも、「話し合い」が始まった。ゴミの分別についてだったが、結局のところ、ノルウェーが石油とガスを停止してくれれば、個人がゴミ分別などで小さな努力をする必要もなく、排出ガスを抑えられるというものだった。

彼らは、政権に、大政党の政治家たちに、苛立っていた。

高校の文化祭でも、石油問題&政権批判

石油の「葬式」をする高校生たち Photo: Asaki Abumi
石油の「葬式」をする高校生たち Photo: Asaki Abumi

三つ目の舞台に移ろう。権力者批判や石油依存を嘲笑する傾向は、大人たちだけではない。高校生もすごいものだ。

オスロには、「レヴィー」という、現代社会を皮肉る、高校生による劇場文化がある。どこの高校も、驚くほど、大人を馬鹿にしている。特に、政治家への風刺のレベルが高く、新聞社も批評記事を毎年掲載するほどだ。

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オスロ商業高等学校OHGの2016年のテーマは、「崩壊」。石油資源で裕福となったノルウェーの冒険物語が、下降する様子を描く。どこの高校のレヴィーでも、石油や環境はよく取り上げられるネタだ。よく、取材して感じることは、ノルウェーの若者たちは、「石油はいずれなくなる」と見据えている。それに対して、大人たちは、「若いから、金銭感覚がまだ低く、危機感を実感できていないのだろう」と答える。

ノルウェーは、自分たちの土地はグリーンにしたままで、他国の土地を石油で汚染している

Photo:Oyvind Eide
Photo:Oyvind Eide

最初の舞台に戻ろう。イプセン祭で『野鴨+民衆の敵-鴨の敵』を監督したアイスランド出身のThorleifur Orn Arnarsson氏は、国立劇場のパンフレットでのインタビューでこう答えている。

  • 汚染された源泉から、石油プラットフォームに問題点を変えた理由について

イプセンの問題提起を現代社会に反映させたかったから。イプセンの隠喩は今でも現実的だ。同じダブルモラルは、今のノルウェーにもある。あなたたちは、石油を採掘する。でも、自分たちは使わない。母国ではグリーン。でも、外国の土地を汚染している。

  • それはノルウェーの問題なのでしょうか?

他の国にも置き換えることはできるけれど、富裕国には倫理的な問題が伴う。今、石油価格は下落し、気候問題は深刻に進んでいる。時には、さらなる内省が必要だよ

北欧の中で、ノルウェーが大きく違うことは、この石油依存だ。ノルウェーの人々は、それぞれ意見は違えど、これから石油に頼っていけなくなるなかで、どう生存していくかを探っている。

「どうしよう、どうしよう。石油の代用品になる“新しい石油”(別の資源)を探さないと」。その一方で、環境政策は、必ずしも経済を回すことにはつながるわけではない。解決策は、まだ見いだせない。

葛藤するノルウェー

葛藤するノルウェー人。そのようなノルウェーの姿は、あまり他国では伝えられることはない。メディアが伝えがちな「北欧」のイメージとは、ちょっと違うかもしれない。

このようなノルウェーを、筆者はネガティブに見ているわけではない。今後の国の行く末を、国民みんなで考えていこうとする姿勢。臭いものに蓋をしようとせず、異なる意見にも耳を傾け、なんとかしていこうと右往左往する姿を、人間らしいと思う。まさにイプセン作品の登場人物たちのようだ。ノルウェーのそんな一面は、劇場や音楽祭でも垣間見ることができる。

石油や環境問題を目的とした取材ではなかったのに、結局、この話題になってしまうことが、仕事上とても多い。ノルウェー人にとって、やはり「オッリェ」(オイル=石油)という言葉は、切っても切り離せないものなのだ。国立美術館での鑑賞後、夜道を歩きながら、そんなことを思った。

Text:Asaki Abumi

北欧・国際比較文化ジャーナリスト|ノルウェー国際報道協会役員

あぶみあさき。オスロ在ノルウェー・フィンランド・デンマーク・スウェーデン・アイスランド情報発信15年目。写真家。上智大学フランス語学科卒、オスロ大学大学院メディア学修士課程修了(副専攻:ジェンダー平等学)。2022年 同大学院サマースクール「北欧のジェンダー平等」修了。ノルウェー国際報道協会 理事会役員。多言語学習者/ポリグロット(8か国語)。ノルウェー政府の産業推進機関イノベーション・ノルウェーより活動実績表彰。著書『北欧の幸せな社会のつくり方: 10代からの政治と選挙』『ハイヒールを履かない女たち: 北欧・ジェンダー平等先進国の現場から』SNS、note @asakikiki

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