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関係者に取材。「投票するな」、仕方なく政治家になってしまった話題のノルウェー出身メタリスト

鐙麻樹北欧・国際比較文化ジャーナリスト|ノルウェー国際報道協会役員
Photo: Oppegaard Venstre

ノルウェーの町議会議員になったメタリストが、外国メディアで話題となっているようだ。このことは、ノルウェー現地では注目を集めてはいなかった。新しいアルバムの宣伝をしていたところ、外国の記者たちが、彼が政治家であることに注目したため、一気に国際ニュースとなってしまったようだ。

きっかけは、昨年、統一地方選挙キャンペーンが各地で行われていた8月。9月の開票日に向けて、各政党は大詰めを迎えていた。オスロ郊外に、Oppegaardという町がある。小政党である自由党が、候補者リストに載っていた1人の市民をFacebookで紹介した。「投票するな」という見出しで、可愛い猫の写真と一緒に。これで投票しない人たちがいるだろうか?

Gylve Fenris Nagellは、「Fenriz」というニックネームで知られる Darkthroneのメンバーだ。ヘビーロック・スピードメタルで、87年に設立、現在は2人のみのメンバーで活動中。

「俺に投票するな。俺はトムの管理で忙しい」

ナゲル氏は、自身のスケジュール帳のことを「トム」と呼び、多忙なスケジュールのため、自分には投票するなと呼びかけていた。以下、自由党がナゲル氏にインタビューした内容の一部を翻訳。

Gylve は繊細な人間です。音楽の仕事をする傍ら郵便局で働き、妻と暮らしながら、庭の手入れをし、猫の世話をしています。町議会に座ることになったら、恐怖でしかないそうです。会議への出席義務を嫌い、カレンダーのトムもそれを嫌がっています。

自由党にはぜひ投票すべきだ、と彼は言います。なぜでしょう?Gylve は綺麗な飲料水、住民へのよりよい社会保障、教師により高い賃金、町の安定した経済を重要な政策だと考えています。町にスケートパークやフリータイムに遊べるクラブがあることは、いいことだと思っています。

文化事業においては、ひとりひとりがなにかに熱中することが大事だと考えています。素晴らしい作品は、17~19歳の若者や飢えた人々によって生み出されます。自身も高校1年生で中退し、音楽の道を歩みました。

そろそろインタビューを止めなければいけません。Gylve はトムと猫の世話で忙しいので。

出典:Facebook. Oppegaard Venstre

ナゲル氏は、候補者リストの11番目にいたため、自由党からは、「まさか政治家になることはないだろう、大丈夫だ」と言われていたという。

Photo: Oppegaard Venstre
Photo: Oppegaard Venstre

ノルウェーでは、この候補者リストが油断ならない。

政治家という役職は、そもそもノルウェーでは社会的ステイタスとしては高くはない。マスコミ報道によるストレスも大きく、金銭的にも儲からないので、政治に熱意がなければ、一般市民はなりたいとは思わない職業だ。そのため、多くの自治体はこの候補者リストを埋めることに苦労しており、当選するつもりのない人が載っていることがある。

このような、モチベーションが低めの人々はリストの最後に並べられやすい。しかし、有権者が名前にチェックをいれることで、人気者は突然リストの上に急上昇することがあるのだ。ナゲル氏の場合、面白いと思った人が多かったのだろう。結果、なんと11番目から4番目に飛び級してしまった。

代理議員とは?

ナゲル氏は町議会の地方議員ではあるが、「代理議員」である。「代理議員」とは、ノルウェーの特殊なシステムで、自由党の選ばれた地方議員が、育休や病欠などをした際に、代理として議会などに出席する。そのため、フルタイムの政治家とは異なる。

9月15日、世界中のメディアがこのことを報道しはじめたため、ナゲル氏はDarkthroneのFacebook公式HPでコメントを公開した。

俺の政治的義務はどうやらワールドワイドでニュースになってしまったようだ。今週、俺はそれで湯鬱(ゆううつ)になってしまった。取材対応はすぐにやめた。俺は、知らない番号からの電話には出ない主義だ。

けれど、あの日、あの運命の日(2015年初め)。電気屋が俺たちのスポットライトを、普通の電球から、LEDライトに交換してくれる予定だったから、俺は電話が鳴った時に、とってしまったんだ。それが自由党の幹部からの電話だった。

俺は、この町や自転車が好きだ。自由党には投票したことはなかったが、この町をもっと知るきっかけになると思った。

(筆者より補足:自由党は、緑の環境党に近く、環境政策を得意とし、政治家は自転車に乗っているイメージが強い)

ノルウェーでは、各政党が候補者リストを埋めることに苦労しているんだ。自由党は、俺を18番くらいに挙げるから、選ばれるリスクは最小で、“セーフだ”と言ったんだ。

開票日がある9月になった頃、俺はほとんどこのことを忘れていた。そうしたら、準備はできているかと連絡がきて、突然4番目に繰り上がり、代理議員になったと告げられたんだ。今週の月曜日も、政治家がイエスだの、ノーだの、決議をする議会に参加したばかりだ。地元では女性サッカーチームやサッカークラブの後押しをしている。

グループミーティングに参加することは有意義だし、町議会のホームページは時間がある時にチェックしている。メールがたくさん届くな。

あとおよそ3年間あるが、その後はどうなるか様子をみるつもりだ。ラジオ出演、Darkthrone、音楽ジャーナリスト、70%の郵便局でのパートとしての仕事もあるから、本当に時間がないんだ。リタイヤする考えも、常に頭の中にある。要は、時間の問題だ。

それと、猫の名前はヌガッティだ。

出典:Facebook. Darkthrone

※猫の名前の「Nugatti」は、ノルウェーブランドの商品名。パンの上にのせるナッツチョコレート味の甘いバターで、どうやら彼は甘党のようだ

ブラックメタリストには政治に熱心な人が多い

ノルウェー最大級のブラックメタルの祭典であるインフェルノ(INFERNO)の主催者であるルーナル・ぺーテルセン氏に話を聞いた。

怖い?今、ブラックメタルは本場ノルウェーでどうなっているのか 。世界中から押し寄せるブラックパッカー

「ブラックメタル界から政治家が出るということは、あまり普通ではない。けれど、多くのメタリストたちは、政治への関心が非常に高い。人道支援の組織メンバーになっている人は、多いよ。自由、表現の自由、個人主義は大事なキーワード。90年代初頭からのノルウェーのブラックメタルの波は、特に政治的だった」

「ナゲルについて言うなら、彼は自然が好きな人間だ。だから、自然環境の保護に一生懸命だろう。音楽家だから、文化への理解も深い。俺たち業界の間では、彼が自由党の候補者リストに載ったことは有名だった。猫の写真は、特に面白かったし、投票するなと訴えていたから。皮肉なことに、他の政治家より、彼には政治の才能がある。だから、住民が彼に投票したことは、そこまで不思議ではないんだよ」

自由党の広報担当者に問い合わせたところ、党本部も本人と連絡がとりにくい状況とのこと。ナゲル氏は2017年度の国政選挙に出馬する予定はないそうだ。

メタリスト政治家のラジオ番組は、サウンドクラウドでも視聴可能

故郷イランで禁じられた音楽 ブラックメタルの聖地ノルウェーへ逃亡した男

Text:Asaki Abumi

写真は自由党本部の許可を得て掲載

北欧・国際比較文化ジャーナリスト|ノルウェー国際報道協会役員

あぶみあさき。オスロ在ノルウェー・フィンランド・デンマーク・スウェーデン・アイスランド情報発信15年目。写真家。上智大学フランス語学科卒、オスロ大学大学院メディア学修士課程修了(副専攻:ジェンダー平等学)。2022年 同大学院サマースクール「北欧のジェンダー平等」修了。ノルウェー国際報道協会 理事会役員。多言語学習者/ポリグロット(8か国語)。ノルウェー政府の産業推進機関イノベーション・ノルウェーより活動実績表彰。著書『北欧の幸せな社会のつくり方: 10代からの政治と選挙』『ハイヒールを履かない女たち: 北欧・ジェンダー平等先進国の現場から』SNS、note @asakikiki

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