Yahoo!ニュース

準備不足の外国人登山客に地元が困惑/セルフィーで大人気、ノルウェー絶景トロルの舌 

鐙麻樹北欧・国際比較文化ジャーナリスト|ノルウェー国際報道協会役員
Photo: Asaki Abumi

SNSでの写真シェアの効果により、新しい絶景スポットとして大人気となっているトロルの舌(Trolltunga)。

All About

ノルウェー絶景の岩場「トロルの舌」へのアクセス

登山客は倍増の一途をたどっており、ハルダンゲルフィヨルド観光局によると、2015年の登山客は、およそ6万5千人。2016年はおよそ8万人を記録している。まだこの地が無名だった2010年には、たった1000人しか訪問者がいなかった。登山口は、人口約7千人の小さなオッダ村にある。だが、今、地元の人々は、外国から押し寄せてくる、「登山の素人」たちの対応に悪戦苦闘している。

トロルの舌から転落、初の死亡者 増加する危険な撮影行為

1枚の写真からはわからない、過酷な登山

撮影のために長い行列ができる Photo:Asaki Abumi
撮影のために長い行列ができる Photo:Asaki Abumi

トロルの舌といえば、代表的な絶景写真ばかりが注目を集めやすい。そこにたどり着くまでには、何十時間もの過酷な登山が必要とされることが、他国の観光客には十分には伝わってはいない。アウトドア先進国で、自然の中での活動に慣れたノルウェー人。「どれくらいの装備が必要か、当然、誰もが知っているだろう」と、思い込んでいることは、文化や常識が異なる他国への情報伝達不足に起因している。外国人も、「あそこまでは簡単にたどり着けるだろう。何かあっても、なんとかなるだろう」と、気軽な気持ちで来ていることが、問題を悪化させている。

ノルウェーが他国と情報共有できていない、現地でのトラブル

地元のマスコミも、現地の様子は伝えるが、ノルウェー語で報道するのみなので、課題が他国と全く共有されていないことにも問題がある。結局、「バカな外国人たち」という印象だけがうまれやすい。現地では、何が起こっているのだろうか?

現在、死亡者は1人のみ

「本当に死亡者はいないのか」とよく問い合わせをうけるのだが、地元のハルダンゲル地区のヴェスト警察のリーダーであるテッリェ・クヴァールヴィーク氏に、メールで回答してもらった。「幸いなことに、現時点では、死亡者は2015年9月に発生した1人のみです。大勢の観光客がいるにもかかわらず。人々が、とても慎重に登山しているからかもしれません」。

2016年の出動回数は50回

赤十字社と警察署は、今年は救助活動に50回出動。単独旅行者やグループで動く人もいるため、救助した人数は100~150人に及ぶという。

登山時間は往復10~12時間へと、案内を変更

登山慣れしたノルウェー人を基準にしたのか、かつて、往復時間は8~10時間とされていた。現在、観光局などでは、「10~12時間かかる」と伝えている。筆者は、撮影しながら歩いたため、往復11時間かかった。

危険なセルフィー行為

トロルの舌へ向かう目的といえば、記念写真を撮ることだろう。だが、「すごい」写真を撮ろうと、危険な格好で崖先に立つ登山客が後を絶たない。現地では、見張りをする係員もいないため、なにかあっても、誰にも止めることはできない。あえていうと、止める権利もないので、地元は困惑している。

また、プロのノルウェー人登山家たちなどが、「プロだからいいのだ」という思いで、さらに危険な行為をすることも、物議を醸している。この、ノルウェー国営放送局の記事をクリックしてご覧いただきたい。27歳のノルウェー人が崖の先から、ぶらりと垂れ下がっている。これを見て、「真似したい」と思う人が増えるかもしれない、「コピー現象」については、今大きな議論となっている。

「おバカな行為」をする外国人がいても、止めることが難しいため、ガイドツアーの人々も頭を悩ませている。

救助員は、無償で働く一般市民ボランティア

準備不足で、登山客が下山できなくなり、赤十字社や警察のヘリコプターが出動するなどの騒ぎが深刻化している。ここには、他国では知られていない、ノルウェー独自の常識もひそんでいる。

登山者を救助しているのは、主に警察よりも、赤十字社だ。これには、自然地帯で起きる救助活動には、警察と、地元の地形をよく知る赤十字社などの「ボランティアスタッフ」が、協力体制で挑むことが、法律で定められているからだ。

人口約520万人しかいない小国のノルウェーは、石油資源でお金持ちではあるが、まだ田舎の側面も残る。人手が足りないため、国民が様々なかたちで、「ボランティア」として社会貢献する文化が、これまでずっと国を支えてきた。

警察署のクヴァールヴィーク氏は、山の達人が多く揃う赤十字社は、救助活動に欠かせない存在であり、ボランティアで成り立っている状況は、「ノルウェー独特のものだろう」と語る。

「助けてもらって当たり前」だと思っている外国人と、困惑する地元民

だが、赤十字スタッフは一般市民であり、日中はほかの仕事がある。それにもかかわらず、「無償」で、夜に登山客を、親切心で救助しているのだ。そのことを、外国人は知らず、「助けてもらうことが、当たり前」だと思っている。時に、傲慢で、礼儀に欠けた、困った外国人に、赤十字社の人々は困り、傷つき、SNSや地元メディアを通じて、その悩みを打ち明けている。

昔の自然の法律が、観光の新時代に沿っていない問題

トロルの舌でのトラブルが続出し、ノルウェーという国は、初めて、「山を知らない外国人の波」に向き合うこととなった。「自然はみんなの共有財産」という法律があるため、出入りを有料にしたり、自然へのアクセスを拒否することは不可能だ。だが、その法律は、現在のような状況を想定して作られたものではなかった。

ノルウェー人は、自然共有権がもたらす、この自由に慣れており、自然環境にあわせた、正しい対応を、自分たちですることができます。救助を必要とする多くの人は、外国人観光客です。崖の周囲に柵を設置すれば、素晴らしい景観を台無しにするでしょう。規制や管理をしようとすると、費用もかさみます。しかし、トロルの舌においては、今後は交通規制や民間防衛団などの、外部からの援助協力などの対応を検討予定です」。

遭難者の国籍は大きな注目を浴びる

8~9月にかけては、外国人が救助される度に、報道される騒ぎが続いた。そのとき、注目を浴びる情報のひとつは、「国籍」だ。日本人が遭難した場合も、その人は、日本を代表するかのように、「日本人が」と報道されることになる。

もし、今後トロルの舌を目指す方がいたら、事前の情報収集をしっかりとして準備しよう。そうすれば、現地の方々に迷惑をかけず、登山を楽しむことができるだろう。

現地の観光局が英語で配信する最新情報はこちら

ハルダンゲルフィヨルド観光局

www.hardangerfjord.com : Trolltunga

Visit Norway

www.visitnorway.com : Trolltunga

Photo&Text: Asaki Abumi

北欧・国際比較文化ジャーナリスト|ノルウェー国際報道協会役員

あぶみあさき。オスロ在ノルウェー・フィンランド・デンマーク・スウェーデン・アイスランド情報発信15年目。写真家。上智大学フランス語学科卒、オスロ大学大学院メディア学修士課程修了(副専攻:ジェンダー平等学)。2022年 同大学院サマースクール「北欧のジェンダー平等」修了。ノルウェー国際報道協会 理事会役員。多言語学習者/ポリグロット(8か国語)。ノルウェー政府の産業推進機関イノベーション・ノルウェーより活動実績表彰。著書『北欧の幸せな社会のつくり方: 10代からの政治と選挙』『ハイヒールを履かない女たち: 北欧・ジェンダー平等先進国の現場から』SNS、note @asakikiki

鐙麻樹の最近の記事