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伝統を超え、進化する民族楽器 北欧ノルウェーの「ハーディングフェーレ」とは?

鐙麻樹北欧・国際比較文化ジャーナリスト|ノルウェー国際報道協会役員
コーサさん(右)から民族楽器製作を学ぶ原さん(左)Photo:A Abumi

北欧の民族楽器の代表のひとつといえば、ノルウェー発祥の「ハーディングフェーレ」がある。昔からの民族楽器だが、今でも若手の音楽家からも愛され、ポップ音楽祭など、様々な音楽現場で耳にする、モダンな楽器だ。

「ハーディングフェーレ」は「ハルダンゲルフィドル」とも表記されることがある。

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この楽器に詳しい、2人の人物を取材した。オッタール・コーサ(Ottar Kaasa/32)さんは、現地でも有名な楽器の製作者でプレイヤー。2012年には、「ノルウェーのグラミー賞」ともよばれる、スペッレマン賞(民族・伝統音楽部門)を受賞した。

コーサさんの仕事場で、一緒に楽器製作・修理をしているのが、日本人の原圭佑さん(29)。原さんは、ノルウェーで唯一の、そして日本人として初となるハーディングフェーレのプロの製作者だ。

2人は、首都オスロから電車で約2時間の南部に位置するブー町に住んでいる。原さんについては、別記事でインタビュー記事を掲載予定だ。

今回は、日本ではまだまだ知られていない、ノルウェーの民族楽器ハーディングフェーレの魅力を教えてもらった。

右がヴァイオリン、左がハーディングフェーレ Photo: Asaki Abumi
右がヴァイオリン、左がハーディングフェーレ Photo: Asaki Abumi

特徴は、豪華な装飾。楽器の頭部には、「ライオンヘッド」と呼ばれる、ライオンというよりも、ドラゴンに見える彫り物が施されている。まるで、海賊ヴァイキングの船の帆を連想させる。

ヴァイオリンよりやや小ぶりで、駒の下に4本から5本の共鳴弦が張られているのが特徴です。この共鳴弦が哀愁を帯びた独特の音色を生み出すのです。

側面や縁取りなどに真珠貝の象嵌細工で華麗な装飾が施されたものが多く、工芸品としても価値が高いものです。

出典:駐日ノルウェー王国大使館公式HP

装飾だけではなく、音も特徴的だ Photo: Asaki Abumi
装飾だけではなく、音も特徴的だ Photo: Asaki Abumi

歴史上、徐々に変化したハーディングフェーレ。いい音を追及した結果、ヴァイオリンと同じ型が使われるようになった。

まるで花のアート、想像力が必要とされる職人技

特徴は、豪華な装飾。花模様をつけることを、職人たちは「ロージング」ともいうが、「薔薇(バラ)の花でなければいけない」というわけではない。「こうあるべき」というルールがあるわけではなく、幾何学的な花模様が、職人それぞれのセンスによって描かれる。

この装飾の発祥は定かではない。「ノルウェーには、ローズマリングと呼ばれる、家具に花が描かれる文化があり、そこから影響をうけたのでは」とコーサさんは語る。

筆者も、ローズマリングの模様は、現地での昔の家屋や蚤の市でよく出会う。映画『アナと雪の女王』の制作スタッフも、ノルウェーを訪れた際、その模様に刺激を受け、映画シーンの中で採用されている。

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ヴァイオリン製作にはない、このロージングという装飾術が、非常にレベルの高い職人技だと原さんは語る。描く人の想像力が必要とされるため、もはや芸術品に近い。「僕には、そのセンスが欠落している」と、原さんは奮闘中だ。

原さんの2作品目、下書き中のデザイン Photo: Asaki Abumi
原さんの2作品目、下書き中のデザイン Photo: Asaki Abumi

花を描き、貝殻や、水牛などの様々な動物の骨を埋め込む。このデザインに、「著作権」という考え方はない。だが、「楽器の歴史を知る事は大切で、ノルウェーの伝統楽器だという事を、プロとしてリスペクトし、将来日本で活動するために、現地プロの職人さんに認めて貰えるような仕事をしたい」と原さんは語る。

ノルウェーの大自然を連想させる、音の魔法

欧州での弦楽器ブームが訪れたのは1600年代。スウェーデンでも人気はでたが、ノルウェー南西部ほどではなかったとコーサさんは話す。ハーディングフェーレという楽器は、ノルウェーにしかない。その音は、「ノルウェーの大自然を連想させる」と2人は口を揃える。「映画などの影響かな。ロマン主義の絵を連想させる。とてもノルウェー文化に属した音なんだよ」とコーサさん。

メディアの影響は確かに大きいだろう。世界中でも話題となった、ノルウェー国営放送による「スローテレビ」では、船からのフィヨルドや山々の風景をのんびりと流す中、背景の音にハーディングフェーレが流れることがよくある。

「音を聞いた時、ノルウェーの光景がぱっとでてくるという、今までにない感動をうけた」と語る原さん。「ここで生まれた楽器なんだ。僕はこれを作りたい」と、今の道を目指す理由になったと振り返る。

6人しかいない職人

ノルウェー現地では、フルタイムで働く職人は、原さんを含めて5~6人ほど。少数だと感じるが、市場での需要と供給を考慮すると、この数が丁度よいとコーサさんは語る。「昔からの楽器が今もたくさん残っている。新作品の製作よりも、古い楽器の修復作業のほうが必要とされている」。

2人の職場。疲れてやってきた楽器たちに、新しい活力をいれるのが職人の仕事 Photo:A Abumi
2人の職場。疲れてやってきた楽器たちに、新しい活力をいれるのが職人の仕事 Photo:A Abumi

1900年代から、一般家庭の家に日常楽器として置かれていたハーディングフェーレ。一般市民の多くは農民で、プロとは限らなかった。富裕層の楽器ではなく、市民の趣味やエンターテイメントとして、日常的にパーティーや結婚式の場などで演奏されていたという。

地方から都市へ、進化する音楽

「民族音楽は、昔は農民や地方とのつながりが深かった。私たちが今触れる民族音楽というのは、その時代と文化からきたもの。今は、アーティストたちはオスロやベルゲンのような大都市に移り始めた。そのほうが、コンサートなどのチャンスに恵まれ、バンド仲間とも交流しやすいからね。新しい民族音楽の文化は、今、都市で発展している」とコーサさん。

コーサさんは国内で最も有名な音楽賞を受賞した奏者でもある Phoot:Abumi
コーサさんは国内で最も有名な音楽賞を受賞した奏者でもある Phoot:Abumi

「民族音楽は、ほかの音楽ジャンルと融合されやすくなった。昔のスタイルを突き詰めようとする人もいるけれど、時には、音が“磨かれすぎ”て、同時に何かを失うこともあるよ」と話す。コーサさんも、この取材の1週間後に、オスロにあるコンサート会場で演奏予定だ。

民族音楽といえば、伝統が重んじられそうだが、ノルウェーの楽器は、その壁のドアを開け、新しいかたちへと姿を変えていった。だからこそ、今も若者たちが集う音楽祭の現場に自然に招待されている。

「進化させようとすると、たたかれやすい。この楽器を進化させようとした人たちも、最初はそうだったのでは」と語る原さん。

日本では、数か国が「北欧」とひとくくりにされやすいが、どの国も、独自の歴史を歩み、文化を形成している。ノルウェーという国が歩んできた道と思想を体現化したそのひとつが、ハーディングフェーレなのだろう。

Photo&Text: Asaki Abumi

※この記事はノルウェーでの取材慣習に基づき作成されています。インタビューの書き起こし後、発言内容に誤りはないか、お二人から確認をいただいていますが、客観性は担保し執筆しています。

北欧・国際比較文化ジャーナリスト|ノルウェー国際報道協会役員

あぶみあさき。オスロ在ノルウェー・フィンランド・デンマーク・スウェーデン・アイスランド情報発信15年目。写真家。上智大学フランス語学科卒、オスロ大学大学院メディア学修士課程修了(副専攻:ジェンダー平等学)。2022年 同大学院サマースクール「北欧のジェンダー平等」修了。ノルウェー国際報道協会 理事会役員。多言語学習者/ポリグロット(8か国語)。ノルウェー政府の産業推進機関イノベーション・ノルウェーより活動実績表彰。著書『北欧の幸せな社会のつくり方: 10代からの政治と選挙』『ハイヒールを履かない女たち: 北欧・ジェンダー平等先進国の現場から』SNS、note @asakikiki

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