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ドーピング騒動 ノルウェースキー界で何が起きているのか 選手の「私に罪はない」は通用するか

鐙麻樹北欧・国際比較文化ジャーナリスト|ノルウェー国際報道協会役員
競技大会では現地で地元民が一生懸命応援する Photo: Asaki Abumi

ノルウェースキー界の女王のドーピング事件が、国内に大きなショックを与えている。

13日、クロスカントリースキーを代表するテレーセ・ヨーハウグ選手が、ドーピング検査で陽性反応を示したと発表した。

ノルウェースキー界の女王が禁止薬物陽性 「私に一切罪はない」と責任否定し、記者会見で号泣

兄弟国スウェーデンの反応を気にするノルウェー

ウィンタースポーツを得意とするノルウェーは、各世界大会で金メダル獲得が当たり前となっており、人々は大きな誇りをもっている。筆者が取材をする現場でも、政治家など多くの人々が、スポーツを誇りに思い、国の宝だと語る。「他国はドーピングをしなければ、ノルウェーのレベルにまでこれないほどだ」と、スピーチで冗談にするほどだ。特に、隣国スウェーデンとは、様々な分野で競い合うことが多い。仲は悪いが、仲は良い、兄弟のような関係といえる。

ノルウェー国営放送局NRKに対し、スウェーデンのエクスプレッセン紙のスポーツコメンテーター、Holmberg氏は、「私は個人的には信じてはいません。しかし、スウェーデンでは、ノルウェー人がクロスカントリースキーで優勝した時、“ノルウェー人はずるいことをするから、スウェーデン人より上手なのだ”と思う人も多い。冬のシーズンでも、ノルウェー人はきっとまた優勝するでしょう。ノルウェー人に対するいら立ちは、今回の件で増しますよ」と指摘する。

「私に罪と責任はない」は通用するか?選手もネットですぐに調べることができる時代

両国の報道で指摘されていることは、ヨーハウグ選手がどれだけ「自分に罪はない」と主張しても、チームドクターのせいだけにすることには無理があるという点だ。

アンチ・ドーピング・ノルウェー機構は13日の記者会見で、「選手にも責任はある」とする。ノルウェー国営放送局の討論番組では、ドーピングの専門家であるHemmersbach氏は、薬物における知識の欠如を指摘する。「選手にとって、薬物のチェックは難しいことではありません。アプリ、ドーピングリスト、インターネットがあります。クロステボルとネットで検索していたら、禁止リストに載っていると、すぐにわかったでしょう」

薬剤の包みに注意事項が記載されていた

ノルウェーの各報道局の記者たちは、イタリアの薬局で実際にリップクリームとなった商品を購入(例:VG)。担当医師が購入したとされる薬剤は、箱や説明書に「スポーツ選手の場合は、薬剤検査で陽性反応となる可能性がある」ことが明確に記載されており、「なぜトップクラスの医師や選手本人が気づくことができなかったのか」と驚く声が目立つ。

唇が日焼けした同選手が、医師からクリームを渡されたのは、今年の9月。同じ頃、クロスカントリースキー男性選手のMartin Johnsrud Sundby氏のドーピング陽性反応騒動がまだ波紋を広げている最中だった。ヨーハウグ選手は仲間の選手のスキャンダルに関して、地方紙にこう語った。「私だったら、自分で最初に確認もせずに、摂取することはしません。例え、それが軟膏(なんこう)であれ、お茶であれ。1回、2回、3回とチェックします」。だが、そのチェックはイタリアではされなかったようだ。

1人目の選手の事件から、ノルウェーは何も反省できていなかったのか?と、自分たちで問い始める

年内で2回も続いた薬物検査スキャンダルにおいて、なぜシステムが改善されていないのか。国営放送局の放送で、ノルウェースキー連盟は責任を問われる。連盟の代表は、「私は謝罪するしかない。クロスカントリースキー委員会に責任がある。現在の状況を心配している」と、責任は自分よりも委員会にあるとする。

リンダ・カトリーネ・ホフスタ・ヘッレラン文化大臣は、VG紙に対し、「理解が難しく、悲しい出来事。ノルウェーはクリーン・スポーツにおいてベストであることを好みますが、この件でまだまだ課題があることが示された」としている。国営放送局での番組では、文化大臣は、「人間的なミスを追及するよりも、問題はシステム。1人目の選手の問題が今年発覚したとき、スキー連盟は改善すると宣言したにも関わらず、なぜ今回のことがまた起きたのか、理解できない」といら立ちを見せた。

国内の選手たちは、報道陣にコメントすることを避けており、ヨーハウグ選手を「気の毒だ」と擁護する声もメディアでは多く紹介されている。「かわいそう」という空気や、「なぜこうなったのか、わからない」という関係者の責任の押し付け合いで、国内の議論は進むのだろうか。

メダルを量産するヨーハウグ選手 Photo: Asaki Abumi
メダルを量産するヨーハウグ選手 Photo: Asaki Abumi

笑顔と元気さが売りのヨーハウグ選手は、「ノルウェーのアイコン」として親しまれている。号泣記者会見で、同情したファンも多かっただろう。

520万人という小国で、ノルウェー人のスキーにおける誇りは非常に高い。同時に、小国でコミュニティが小さいことから、身内を守ろうとする傾向も強い。

今年、オスロでXゲームが薬物検査を拒否したときは、国内のメディアは、一気に厳しい批判報道をした。対照的に、今回のヨーハウグ選手に関しては、国内全体の動揺が1人目の選手以上に大きい。「ノルウェーのクロスカントリースキーにおける信用度は下がるだろうか」と、各報道陣は問いかけるが、自国のことは客観視しにくくなっているようだ。

本気で内部の改善をしなければ、3人目の陽性反応が出てしまうかもしれない。

Photo&Text: Asaki Abumi

北欧・国際比較文化ジャーナリスト|ノルウェー国際報道協会役員

あぶみあさき。オスロ在ノルウェー・フィンランド・デンマーク・スウェーデン・アイスランド情報発信15年目。写真家。上智大学フランス語学科卒、オスロ大学大学院メディア学修士課程修了(副専攻:ジェンダー平等学)。2022年 同大学院サマースクール「北欧のジェンダー平等」修了。ノルウェー国際報道協会 理事会役員。多言語学習者/ポリグロット(8か国語)。ノルウェー政府の産業推進機関イノベーション・ノルウェーより活動実績表彰。著書『北欧の幸せな社会のつくり方: 10代からの政治と選挙』『ハイヒールを履かない女たち: 北欧・ジェンダー平等先進国の現場から』SNS、note @asakikiki

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