選手が抱えるリスクの大きさを疑問視 もう1人のスキー女王ビョルゲンが薬物陽性の仲間を涙声で擁護
2人のスキーの女王
クロスカントリースキーのテレーセ・ヨーハウグ選手が、ドーピング検査で陽性反応となった騒動で、国内の選手たちは地元メディアへのコメントを控えていた。
特に注目を集めていたのは、ヨーハウグ選手以上にキャリアが長く、ノルウェースキー界の顔ともいえる、マリット・ビョルゲン選手の反応だ。この2人は、「強い女性」というポジティブなイメージがある、人気が最も高い選手だ。14日、ビョルゲン選手はオスロで記者会見を開催。
ノルウェースキー界の女王が禁止薬物陽性 「私に一切罪はない」と責任否定し、記者会見で号泣
スキー女王に薬物陽性 「選手に責任はほとんどない」ノルウェー国民の3人1人が擁護
「私たちは彼女を支える」
親友・仲間であるヨーハウグ選手を擁護し、「チームはフルサポートする」と、つらい心情を涙声で語ったビョルゲン選手。
禁止薬物が含まれていたリップクリームを、「大丈夫だ」と手渡したのはチームドクター。医師の責任だとして、ヨーハウグ選手は、「私には一切罪はない。私が無実だと証明するために、これから闘っていく」と主張していた。
責任を全否定する姿勢には、競合相手であるスウェーデンやフィンランドから厳しい批判の声もあがっている。
ビョルゲン選手は、「選手にも責任がある」としながらも、ヨーハウグ選手についての責任問題は言及を避けたいとコメント。
「私たちは人間。人間は間違いを犯すこともある」
「私はヘルスチームに全信頼を置いている。テレーセもそうだった。この状況となってしまったことが理解しがたい。私たちは人間。人間は間違いを犯すこともある。これまでのやり方を見直す必要はあるだろう」と話した。
選手がここまでリスクを負って、スポーツに人生を捧げる価値はあるのか?と疑問視
「テレーセがこのような状況に陥るとは、夢にも思わなかった」と話すビョルゲン選手。選手が医師を信頼する結果が、選手の薬物陽性反応という、大きな代償と社会的制裁を招くリスクについて、困惑する様子を隠せずにいた。
「自分が同じ状況になる可能性だってある。だから思う、(選手活動に、そこまでする)価値はあるのかと」。
今年の冬の競技には参加するが、ビョルゲン選手自身が、スポーツ選手活動の意味に疑問を抱き始めたと語った。
「気の毒なテレーセ」という報道が目立つノルウェー
筆者は毎日ノルウェーのメディアには数多く目を通しているが、ヨーハウグ選手を気の毒だとする、「優しい」目線の報道が多いのは明白だ。
各報道機関は、社説の代わりに、自分たちの思いを代弁するかのような、外部からの寄稿記事を全文掲載することが多い。国内から大量に集まる寄稿記事のチョイスは、例えノルウェーのメディアがそれを否定したとしても、自然と主観的となることもある。
ダーグブラーデ紙では、弁護士企業に勤務する人物が、「ヨーハウグは無罪だ。そう信じる人たちは、その声をあげることが重要だ。彼女は、割れた唇に塗る軟膏が必要だっただけだ。彼女は裁かれるだろう。それが厳しいドーピング規則だ。でも彼女は無罪で、ずるなどしていない」と、応援する意志表示をせよと訴える記事も。筆者の友人も、Facebookでこの記事を「そうだそうだ」とシェアしていた。
このような内容の記事は、ほかにも各報道機関でいくつも掲載されている。ノルウェーのスポーツ界や選手を厳しく批判するのは、スウェーデンやフィンランドなど他国の報道機関や専門家だ。
ノルウェー人にとって、特別なスポーツ
ビョルゲン選手の記者会見があった日、筆者はノルウェー人の20代の友人たちとたまたま会話をしていた。メディアの報道が偏っていないか疑問視したところ、「そうだろうね。クロスカントリースキーだから。ノルウェーの誇りだから、かばうよ。ロシアの選手がドーピングしたら厳しく批判するのにね」。
5人の男性にビョルゲン選手は気の毒だと思うか聞いたところ、「どうでもいいかも」と言いつつ、クロスカントリースキーにノルウェーが批判的になれないのは特殊な競技だからだと語る。
「スキー種目の中でも、クロスカントリーは一番の国民的スポーツ。小学校では1日かけて学ぶ授業もあった。ノルウェーには自然がたくさんあるし、アクセスが簡単。前進するだけで、難しくはない。道具をそろえる金銭的な負担も少ない。壁が一番低い“庶民のスポーツ”なんだよ」。特に、金銭的な負担が低いことや、学校でのレッスンを全員が強調した。
この日の夜、国営放送局では、人気の風刺番組『ニット・ポ・ニット』が放送されていた。その週のニュースを、コメンテーターたちが笑いながら批評する番組だ。
ヨーハウグ選手のドーピング検査についても長い時間を割いており、スーレンセン氏は、「私たちはテレーセのせいではないという主張を信じますよ。金髪で、美人で、強くて、しかも方言で話しているんですよ!(※ノルウェー人は方言にも強い誇りをもつ)。“私はやっていない”と泣いていたら、家に連れて帰って、養子にしたくなっちゃう」と笑う。
風刺番組だが、ノルウェー国内独特の「優しい世論」の根元にあるものを、描写していると感じてしまった。
Photo&Text: Asaki Abumi