Yahoo!ニュース

リップクリーム外箱に「ドーピング」注意印が記載されていた ノルウェー薬物陽性騒動

鐙麻樹北欧・国際比較文化ジャーナリスト|ノルウェー国際報道協会役員
ノルウェー人にとって「天使」のヨーハウグ選手 Photo: A Abumi

クロスカントリースキーを代表するテレーセ・ヨーハウグ選手が、ドーピング検査で陽性反応を示した件。ノルウェーでは、騒動が収まる気配がない。17日、新たな事実が判明し、これまで擁護していた人々を驚かせることとなった。

ノルウェースキー界の女王が禁止薬物陽性 「私に一切罪はない」と責任否定し、記者会見で号泣

ヨーハウグ選手の日焼けした唇のために、イタリアの薬局で治療薬をチームドクターが購入。その薬の「外箱」は、アンチ・ドーピング・ノルウェー機構が今後処分を下すうえで、重要ポイントとなっている。

他国のライバル選手やノルウェーのメディアは、薬局での薬箱に、「ドーピング」という大きな赤い注意印が記載されていることを当初から指摘していた。また、箱の中にも、注意書きが書かれた説明書が含まれている。

この「ドーピング」という、明らかに目立つ印を、なぜチームドクターや選手が見逃していたかが、謎となっていた。

クリームの入ったチューブだけドクターからもらっていたのか?それとも、箱ごと手渡されていたのか?記者会見では、そのことはまだ指摘されていなかった。

禁止薬物の製造会社に勤めていたチームドクター、なぜ気づかなかった?

チームドクターは、記者会見で、箱に表記されていた成分には目を通していたと話す。しかし、そのひとつが禁止薬物であったことを、なぜ頭の中でリンクできなかったのか、「考えたが、説明できない」としていた。しかし、このフレドリック・ベンディクソン医師は、問題となっているリップクリーム「Trofodermin」を製造していた会社に1995~2003年の8年間勤務していたことが判明し、さらに議論の種となっている。

外箱の大きな「DOPING」注意印に、なぜ選手は気づかなかった?

17日、ノルウェーのTV2に対し、ヨーハウグ選手の弁護士が、選手は外箱ごと手渡されていたことを発表し、ノルウェーの人々をさらに驚かせることとなった。

「彼女が覚えている限りでは、医師から箱ごともらったそうです。チューブを取り出した後は、箱を捨ててしまいました。(ドーピングという)注意印には気づかなかったそうです」。

TV2の報道によると、イタリア現地のその薬局では、2003年から外箱にドーピング注意印を記載していたという。また、内部の注意書きには、「スポーツをする方々へ。ドーピングテストでは陽性反応がでる可能性があります」と書かれていると伝えられている。

あまりにも目立つこの注意印(写真)を「見逃していた」という主張は、「信じがたい」と、各メディアでは一斉に大きく報じられた。このことが、厳しい判断結果につながるのではと指摘されている。

無実でかわいそうな選手を守ろうとする風潮

一方、「かわいそうな」ヨーハウグ選手を擁護する声も収まってはいない。この日だけでも、数々の寄稿記事や意見がメディアやSNSで報じられている。

  • 「選手だって、人間なんだ」
  • 「ドクターや選手へのバッシングは、見ていて恐ろしい」
  • 「無実の選手が、医師のミスというシステムの被害者になる恐ろしさ」
  • 「選手が犠牲者になることを防ぎ、守る法的手段や契約書が必要だ」
  • 「運動能力を高めるためではなく、怪我をしていたのだ」
  • 「犯罪者さえも、このような形で裁かれることはない。多くの無実の者が捕まる、スポーツ界が育ててしまった暴力的なシステム」

ノルウェーVSスウェーデン

また、ノルウェーのスキー業界を批判するフィンランドやスウェーデンに対して、ノルウェーVSライバル国の構図ができあがっている。

「スウェーデンは、金メダルを独占するノルウェーにひがんでいる」という解釈は、ノルウェーには以前からある風潮だ。

よって、お隣スウェーデンからの批判を面白がると同時に、好まない。ノルウェーの最大手全国紙アフテンポステンでは、「あなたたちの小さなお姫様は、ほかの選手と同じように、裁かれるのです」というスウェーデン人からの投稿を大きな見出しで報じる。このような書き方では、イラっとするノルウェー人は自然と多くなるだろう。

筆者は、オスロ大学大学院のメディア学で、「ノルウェーのメディアは、強いスポーツ選手の涙を好み、わざと争いをうませようとする傾向にある」と学んでいたが、今回はその様子が色濃く表れている。これでは、他国からの指摘を冷静に分析できず、根拠なく、「かわいそうな我々のクロカン選手を守らなければ!」という流れができてしまうだろう。

ノルウェー人にとって、「天使」のヨーハウグ選手に、罪はないのだ。いじめてはいけない

今日、この日も筆者は別の取材先で、ノルウェーの人々とこの話をしていた。「だって、ヨーハウグよ!彼女が何か悪いことするわけないじゃない、無実よ」、「ヨーハウグって、ノルウェー人からすると、天使のような存在だからね」という意見がでた。

また、ヨーハウグ選手の号泣記者会見は、まるで「劇場」のようで、同情を集めるよね、という声は、SNSでのコメント欄でも見かけた。

もし、スキー競技の王者であるノルウェーが、現在の流れで突き進み、処分が軽かった場合、国内では騒ぎが落ち着いても、外からの不満は増すだろう。

他国の競技選手たちに、「陽性結果がでても、記者会見で泣き、全責任をチームドクターに押し付ければよい」、「選手の責任ではなく、他者のせいであり、システムの問題」という姿勢を正当化させることになる。

Photo&Text: Asaki Abumi

北欧・国際比較文化ジャーナリスト|ノルウェー国際報道協会役員

あぶみあさき。オスロ在ノルウェー・フィンランド・デンマーク・スウェーデン・アイスランド情報発信15年目。写真家。上智大学フランス語学科卒、オスロ大学大学院メディア学修士課程修了(副専攻:ジェンダー平等学)。2022年 同大学院サマースクール「北欧のジェンダー平等」修了。ノルウェー国際報道協会 理事会役員。多言語学習者/ポリグロット(8か国語)。ノルウェー政府の産業推進機関イノベーション・ノルウェーより活動実績表彰。著書『北欧の幸せな社会のつくり方: 10代からの政治と選挙』『ハイヒールを履かない女たち: 北欧・ジェンダー平等先進国の現場から』SNS、note @asakikiki

鐙麻樹の最近の記事