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ノルウェーのクロカン選手は子どもの憧れだが?「ワックストレーラー2階で吸入器」の特ダネが波紋を広げる

鐙麻樹北欧・国際比較文化ジャーナリスト|ノルウェー国際報道協会役員
Photo: Asaki Abumi

ノルウェーのクロスカントリースキー選手のぜんそく「吸入器」の使用方法について、現地で疑問の声があがり始めている。

2人のトップアスリートが年内で立て続けに禁止薬物の陽性反応を示した。

1人目スンビー選手 ぜんそく治療薬を無許可で使用問題

マッティン・ヨンスルー・スンビー選手は、無許可で喘息(ぜんそく)の治療薬を使用した。使用量に問題はなく、届けを出していれば問題はなかった。ノルウェー・スキー連盟は、責任は選手にではなく、連盟とチームドクターにあると謝罪。しかし、そもそもの問題は、「誤解を招いた、わかりにくい世界アンチ・ドーピング機関WADAのルール」にあると非難した。

スンビー選手も、「システム弱体化のせいで、私が代償を払わなければいけない、不当な結果」であり、「私自身は何も悪いことはしていない」と、自身は犠牲者であることを強調していた。しかし、その後、世論の反応を受け、「今回の騒動は、100%私の責任です」と心境の変化をみせた。

2人目のテレーセ・ヨーハウグ選手については、「ノルウェースキー界の女王が禁止薬物陽性 私に一切罪はないと責任否定し、記者会見で号泣」に詳細を記載している

ワックストレーラーの2階は薬部屋

スンビー選手のぜんそく問題には、吸入器や生理食塩水の特殊な使用方法も話題となっていた。21日、最大手全国紙アフテンポステン紙は、3年前から使用されている「ワックストレーラー」の知られざる秘密を報道した(車の写真はこちら)

この乗り物は、試合各地の場所で頻繁に見かけられるという、限られた国々が所有している。110平方メートルになる車内には、選手がリラックスするための設備が整っており、2階には複数の吸入器が設置されていると同紙は報道。吸入器は選手たちが持ち込んでいるものだ。

吸入器は、ぜんそく患者だけに使用されるわけではない。ぜんそくという病状が診断されていない選手も、呼吸器系の問題があれば、ぜんそく治療薬や吸入器を使用することを促されると、複数の現地報道が伝えている。ヨーハウグ選手もその一人だ。

ノルウェー国民も驚き「なぜワックストレーラーをそのように使用しているの?」

吸入器は、薬剤の吸収を手助けするとして、規則に違反しない程度で使用されている。ワックストレーラーが、まるで薬剤をとる場所のように使われていることは、クロカンというスポーツを愛するノルウェー国民にとっても大きな衝撃だったようだ。

2014年春までナショナルシームにいたぺッテルセン氏は、自身も車内でぜんそく治療薬をとっていたとアフテンポステンに話す。薬の部屋の秘密に対し、「電力の問題もあるが、吸入器が会場の外にあれば不便。それに、外部にどのようなサインを送っているかということもある。トップアスリートが薬を使う光景は、子どもにみせる必要がない」と語る。

ノルウェーのクロカンの王ともいえる、金メダルを数多く獲得するペッテル・ノールトゥグ選手のパーソナル・トレーナーであるコルスタ氏は同紙に対して、個人的には好きではないと話す。「一般のノルウェー人がワックストレーラーの存在に敏感に反応するのは当たり前だ」。

まるで秘密の部屋のようで、俺たちノルウェー人はそういうことのエキスパートになってしまった。例え規則内だとしても、この文化が若い選手にひろまってしまう」とアフテンポステンに語る。

ナショナルチームのによる、ワックストレーラー、吸入器や生理食塩水の特殊な使用方法。規則内だとしても、グレーゾーンではないかと指摘されているが、選手たちは複数の現地報道で強く否定している。

13人の選手のうち、7人がぜんそく持ちで、9人が吸入器を使用

26日、VG紙は、ナショナルチームの13人の選手のうち、7人がぜんそく持ちで、9人が吸入器を使用していると報道した。

ポーランドのユスチナ・コヴァルチック選手は、アフテンポステン紙に対し、「クロスカントリースキーでぜんそく治療薬は禁止されるべき」と話している。

ワックストレーラーのアフテンポステンの記事のコメント欄には、「ノルウェー選手は車内で“薬を使っている”んだね」、「パラリンピックに出場したほうがいいんじゃない?」、「2020年の冬季オリンピックをオスロは辞退してよかったね」、「恥だ」という意見がでている。

子どもたちの憧れ

ノルウェーのクロカン選手は、現地では人気タレントのような存在だ。牛乳やファッションなど、こどもを含めた多くの世代が使用する商品の広告塔にとなっている。クロカンは、多くの国民が子どもの時から慣れ親しむスポーツ。トップアスリートたちは、日本で例えると、NHKの教育や歌番組のお兄さんやお姉さんのイメージだ。

今その選手たちが国民に見せているものは、自身の責任を全否定し、組織や医者に責任を押し付け、高級なワックストレーラー内で薬や吸入器を使用しているという事実だ。

トップアスリートたちは、体形や生き方をはじめ、子どもや若者の目標とされやすい。「自分たちが抱える矛盾に、自覚がないのではないか」アフテンポステン紙は26日の記事で指摘する。

ワックストレーラーの報道は、現地各地にあるスキークラブの関係者も驚かせた。「健康的でクリーンなイメージのはずが、これは全くノルウェーらしくない」、「これまでの成功がエリート化を進め、傲慢さを生み出してしまったのではないか」という意見もアフテンポステンには掲載されている。

各報道の記事に目を通していると、ノルウェーのチームは呼吸器系の問題に対処する特殊なケアをしている様子をうける。規則内でグレーゾーンではないとしたら、一度公開して、すべての国のチームが平等に同じ条件下で競技してみてはどうだろうか。意外と、順位が変わるかもしれない。

Photo&Text: Asaki Abumi

北欧・国際比較文化ジャーナリスト|ノルウェー国際報道協会役員

あぶみあさき。オスロ在ノルウェー・フィンランド・デンマーク・スウェーデン・アイスランド情報発信15年目。写真家。上智大学フランス語学科卒、オスロ大学大学院メディア学修士課程修了(副専攻:ジェンダー平等学)。2022年 同大学院サマースクール「北欧のジェンダー平等」修了。ノルウェー国際報道協会 理事会役員。多言語学習者/ポリグロット(8か国語)。ノルウェー政府の産業推進機関イノベーション・ノルウェーより活動実績表彰。著書『北欧の幸せな社会のつくり方: 10代からの政治と選挙』『ハイヒールを履かない女たち: 北欧・ジェンダー平等先進国の現場から』SNS、note @asakikiki

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