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「ファーがなくても、暖かいおしゃれはできる」毛皮産業廃止や輸入禁止を求める声が高まるノルウェー

鐙麻樹北欧・国際比較文化ジャーナリスト|ノルウェー国際報道協会役員
「空っぽの檻を!」毛皮産業反対のデモ Photo:Asaki Abumi

ノルウェーでは毛皮産業に反対する社会の動きが強い。

雪国のため、防寒のために毛皮の使用率は昔から高い。ノルウェーは外見を重視するファッション大国ではないため、「流行だから」とファーを選んでいる人は他国よりも少ないだろう。だが、防寒を考えた時に、毛皮がついていないコートなどを選ぶときは、選択肢が限られてくる。

それでも、毛皮を着た人の入店を禁止する店や、コンサート会場への入場を禁止する音楽家など、毛皮反対の動きは筆者の周りでも顕著だ。

毛皮産業の農民に政府が補助金

動物愛護団体NOAHによると、ノルウェーでは毎年80万匹もの動物が、狭い檻(おり)の中で暮らした後、毛皮となるために殺処分されている。毛皮産業は70年代に最高潮を迎えるが、90年代から反対運動が始まる。養殖産業は減少の一途をたどるが、今でも国内には2015年の時点で277の業者・農家が残る。

デモには多くの動物も参加した Photo:Asaki Abumi
デモには多くの動物も参加した Photo:Asaki Abumi

小国ノルウェーでは、昔から国民の多くは農民だった。農民文化が今でも尊重される国で、石油・ガス資源で裕福となってからも、政府が手厚く農家を保護する。

豊かなオイルマネーや国民の税金は、農家たちに平等に補助金として充てられる。毛皮産業も政府から補助金を受けるが、疑問視する声は強い。

かつて伝えたノルウェーのオオカミ殺処分の議論も、農家の立場という視点が重要になっている。

「今すぐに廃止!」 Photo: Asaki Aubmi
「今すぐに廃止!」 Photo: Asaki Aubmi

特徴的なのは、国営放送局も毛皮産業においては批判的な立場をとっていることだ。

2014年12月には、「毛皮」という衝撃的なドキュメンタリー番組を放送。ノルウェーの業者の檻の中で、流血している動物の姿にショックを覚えた人が続出した。

農家が「悪者」に見える一方的な構成だったため、「偏向報道だ」と農家からクレームを浴び、放送倫理委員会に審議にかけられたほどだ。

今年の10月、国営放送局は今でも現状が改善されていない農家の様子を報道(記事はこちら。写真が衝撃的なので、閲覧にはご注意を)。

ノルウェーでは、毎年政府が発表する政策案に進展があるかが期待される。しかし、10月にヨン・ゲオルグ・ダーレ農業・食糧大臣(進歩党)が発表したものは、反対派を落胆させるものだった。檻のサイズなどは厳しいルールを設けるが、産業廃止はしないというものだったからだ。

国会前 Photo: Asaki Abumi
国会前 Photo: Asaki Abumi

毎年恒例の「毛皮産業反対デモ」

オスロのカール・ヨハン大通りから王宮まで行進 Photo:Asaki Abumi
オスロのカール・ヨハン大通りから王宮まで行進 Photo:Asaki Abumi

その後、11月12日に、国内の26都市で、毎年恒例のデモ行進が開催された。今年は全国で8000人以上が参加と、主催者のNOAHは発表した。

首都オスロでは、政治家や芸能人たちが、産業廃止を決断しきれない与党を国会議事堂前で批判した。

雪が降る中、国会前に集まった人々 Photo: Asaki Abumi
雪が降る中、国会前に集まった人々 Photo: Asaki Abumi

警察の元トップが政府を批判

かつての警察のトップが毛皮産業を批判 Photo: Asaki Abumi
かつての警察のトップが毛皮産業を批判 Photo: Asaki Abumi

かつて、オスロ警察のリーダーであったハンネ・クリスティン・ローデ氏は、「政府は毛皮産業が国内に存在する現状を、受け入れ続けるべきではない」と批判。

「政治家に訴えるだけではなく、私たちにもできることがあります。私は、毛皮がついている衣服を買うことをやめました。それは、皆さんにもできることです。お店に行って、“私は毛皮がついている服、カバン、靴を買いたくはありません”と店員に直接言うことができます。“毛皮がついている服を買わないで”と、周囲の人々にお願いすることができます。私たちが買うことをやめたら、動物が檻の中にいる必要はなくなるのです。これは政府を批判する以外に私たちにもできる、消費者の力です」。

右翼ポピュリスト政党にも、小さな変化が

今回、スピーカーの中に意外な政党がいた。進歩党青年部だ。右翼ポピュリスト政党で与党である進歩党は、「左寄り」といわれやすい、このようなデモからは距離を置く傾向にある。

「毛皮産業の廃止を」という声までは上げないが、動物警察の設置に積極的など、動物愛護の姿勢は他党と共通する部分も多い。

自分たちの与党である農業大臣(進歩党)を批判することになるので、このようなデモに参加するとは思わなかったのだが、母党の下にある青年部の党員たちが参加した。進歩党出身者が、このデモに参加するには勇気がいったと思われる。

マッテ・ソールベルグ(進歩党青年部)
マッテ・ソールベルグ(進歩党青年部)

「動物警察を全国に配置するために、これからも戦っていきます。動物福祉のために、もっと厳しい規則や罰則を、政権に求めていきます」。

ファッション業界の人は、現実を聞きたくない、見たくない

国内外でファッション業界や雑誌で活躍するハンネリー・ムスタパータ氏。

ファッション業界を変えようとするムスタパータ氏
ファッション業界を変えようとするムスタパータ氏

「ファッションの現場裏は、毛皮・毛皮・毛皮です。業界の人は、動物に何が起こっているか、写真を見たくないのです。何も聞きたくないのです。私にできることは、この業界を少しずつ変えていくこと。毛皮の使用を禁止するファッションブランドもでてきました。ノルウェーのファッションブランドやデザイナーが、毛皮を使いたがらないことを誇りに思います。それなのに、国内に毛皮産業があることは恥ずべきことです」。

オスロ副市長 Photo: Asaki Abumi
オスロ副市長 Photo: Asaki Abumi

オスロ副市長(労働党)もスピーチに駆け付けた。「“服が必要だ、重要な労働市場だ”と言い張る人たちがいます。その人たちに、私はこういいます。“何を言っているの?”と。ノルウェーは天気においては、確かに暖かい国ではありません。それでも、毛皮以外の寒さに対する解決策はあるでしょう!檻を空っぽに!!」。

労働党 青年部オスロ支部リーダー「毛皮の輸入の禁止を!」Photo:Abumi
労働党 青年部オスロ支部リーダー「毛皮の輸入の禁止を!」Photo:Abumi

「ノルウェーは毛皮産業でお金儲けしている」

左派社会党(野党)のホルモス氏 Photo: Asaki Abumi
左派社会党(野党)のホルモス氏 Photo: Asaki Abumi

ハイキ・ホルモス 左派社会党の副党首、国会議員(同党は、来年の選挙で勝てば、与党入りする可能性が高い)。

「お金よりも、もっと大事な価値観があります。毛皮は動物たちに着せたままでいましょう。ノルウェーは毛皮産業で稼いでいます。こう主張する人がいます。ノルウェーがしなければ、ほかの国がすると。ノルウェーの環境問題への取り組み、石油・ガス産業の依存、他国への武器輸出、男女平等に関する議論もそうです。ノルウェーがしなければ、ほかの人がすると。これは馬鹿げた言い分です。お金よりも、大事なものがあります。みなさんは、そうは思いませんか?私たちはどのような社会にしたいのでしょう?アメリカにはこんなことを言う大統領が現れました。“女性はやらせてくれるんだ。プッシー(女性器を指す俗語)をつかんでね”。トランプができるなら、僕たちもやっていいじゃないかと、男のたちが女の子たちに同じことをするかもしれません。悪影響が広まります。ノルウェーは、この極右の波に逆らうことができるはずです。まずは、毛皮産業とお別れをしましょう」。

大人気ブロガー「毛皮産業なんていらない!」

泣きながらスピーチしたブロガー Photo: Asaki Abumi
泣きながらスピーチしたブロガー Photo: Asaki Abumi

ソフィーエ・エリーセ・イーサクセン氏は、ノルウェーのネット界ではもはや女王的な存在となっている人気ブロガーだ。「今年のブロガー」にも選ばれた21才で、その発言の影響力は大手メディアに匹敵する。

「11才の頃に、母親が現実をみてほしいと、毛皮産業所に私を連れて行きました。それ以来、私はずっと闘い続けています。でも、それから、何も変わっていない。それが悔しい。私たちのように声があげられないだけで、動物は檻に入れられて、虐待されている。政府は何をしているの?毛皮産業を後押しするなんて、どういうことですか?お金にばかりこだわって。必要なのは、檻のサイズを指示する厳しい規則なんかじゃない!地獄に落ちろ!毛皮産業なんていらない!」。

「毛皮産業のしていることは、違法」

「動物を檻にいれている毛皮産業は、ノルウェーの法律に違反していると我々は考えている。ノルウェーらしくないので、この国からなくなるべきものです」と、語る緑の環境党党首 ラスムス・ハンソン氏。

緑の環境党ハンソン氏 Photo: Asaki Abumi
緑の環境党ハンソン氏 Photo: Asaki Abumi

環境党青年部のアンナ・クヴァム氏も声をあげる。「今年、変化が起きました。与党の政策委員会で、産業廃止を求める国会議員がでてきました。野党である私たちには、反対の声を上げることは簡単です。でも、与党である議員には大きな代償がつきます。だからこそ、私はこの場を借りて、お礼を言いたい。保守党の国会議員、ティーナ・ブルさんに」。

緑の環境党青年部リーダー クヴァム氏
緑の環境党青年部リーダー クヴァム氏

クヴァム氏が指摘するように、保守党の国会議員が毛皮産業廃止を言い始めたことは、画期的だ。保守党は首相が所属する大政党。ブル議員は筆者も取材したことがあり、未来の大臣候補として現地で注目される有能な人物。同議員はどうしても仕事のため、今回のデモに参加できなかったという。

女優ヴィンゲ氏 Photo: Asaki Abumi
女優ヴィンゲ氏 Photo: Asaki Abumi

女優・音楽家 ヴィクトリア・ヴィンゲ氏。

「感情的な言葉遣いになってしまいますが、失礼。政治家はふざけているのかしら?権力やお金にしがみついた人たち。資本主義者ね!アメリカ大統領といい、なんだか絶望的!ノルウェーでは、15%の人しか、毛皮産業を求めていないんでしょう? 計算してみて! 私たち反対する者の声が反映されていない状況は、民主的だといえるのかしら! 毛皮産業は違法!違法!違法だーーーーーーーーー!!!!!」。

毛皮産業の議論においては、反対派の声は報道で目立つが、賛成派の声はめったに聞かれない。毛皮産業の賛成派は、メディアで本名と顔を公開してまで、議論に参加しようとしない傾向がある。

Photo&Text: Asaki Abumi

北欧・国際比較文化ジャーナリスト|ノルウェー国際報道協会役員

あぶみあさき。オスロ在ノルウェー・フィンランド・デンマーク・スウェーデン・アイスランド情報発信15年目。写真家。上智大学フランス語学科卒、オスロ大学大学院メディア学修士課程修了(副専攻:ジェンダー平等学)。2022年 同大学院サマースクール「北欧のジェンダー平等」修了。ノルウェー国際報道協会 理事会役員。多言語学習者/ポリグロット(8か国語)。ノルウェー政府の産業推進機関イノベーション・ノルウェーより活動実績表彰。著書『北欧の幸せな社会のつくり方: 10代からの政治と選挙』『ハイヒールを履かない女たち: 北欧・ジェンダー平等先進国の現場から』SNS、note @asakikiki

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