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“ポスト・シャラポワ”ことブシャールが示した、次代のスターとしての圧倒的な資質

内田暁フリーランスライター
昨年のHPオープンの、プレーヤーズパーティで。赤いドレスがブシャール

■“ポスト・シャラポワ”と呼ばれるジレンマ■

「ポスト○○」という呼称には通常、周囲がむりやり下駄を履かせた感がぬぐえないが、女子テニス界の“ポスト・シャラポワ”は本物だ。

彼女の名は、ユージニー・ブシャール。カナダ出身の20歳で、10代の大半を、米国フロリダ州でテニスのために過ごしてきた。かつてシャラポワが“アンナ・クルニコワ2世”と呼ばれることを嫌い「私は初代マリア・シャラポワよ」と反駁したのは有名だが、ブシャールも「ポスト・シャラポワ」と呼ばれると、不本意そうに眉毛をピクリとひきつらせる。愛くるしい瞳とチャーミングな笑みがトレードマークだが、究極の負けず嫌いと、良い意味での自己顕示欲の高さも、本家シャラポワと通ずるものがある。

とは言え、ブシャールにとりシャラポワは、尊敬し憬れる対象でもあった。彼女は7~8歳の頃、マイアミの大会会場で、シャラポワと一緒に写真を撮ってもらったことを覚えている。ブシャールが7~8歳と言えば、シャラポワもまだ15歳。プロとしてサーキットを回り初めたばかりの新参者だが、それでも幼き日の“ポスト・シャラポワ”は、長身の金髪の少女に、スターの臭いを嗅いでいたのかもしれない。

一方のシャラポワには、この時の記憶はない。一緒に写真を撮ったファンの顔を、いちいち覚えているはずもない。「数年前、カナダの大会で見たのが初めてだと思う」。それがシャラポワが、ブシャールを認識した最も古い記憶だ。

そんな両者が、今年の全仏オープンの準決勝で相まみえた。両者の対戦は通算3度目。過去2戦は、シャラポワが完勝を治めている。

■シャラポワが意地の勝利も、ブシャールが示した自信と向上心■

結果から言うと、今回の全仏オープンでの対決も、シャラポワが勝利を力づくでもぎ取った。

第1セットをブシャールが6-4で先取した時は、衆人環視のなか新旧交代劇が繰り広げられるかと、スタジアム中が色めき立つ。だが、シャラポワの誇りと意地が、それを許さない。第2セットを1時間かけ奪い返すと、第3セットは経験とフィジカルにも勝る女王が、若き挑戦者を完全に飲んだ。

テニスは「血の出ないボクシング」と呼ばれるほどに、どこか格闘技と似た性質を持つ。裂ぱくの叫びを上げシャラポワが強打を左右に打ち分けると、ブシャールは少しずつ反応が遅れ、徐々に足がもつれていく。フィジカルコンタクトが全くないにも関わらず、試合が終盤に向かうにつれ、シャラポワが力で相手を組み伏せているような印象を受けた。心技体のいずれでも少しずつ、ポスト・シャラポワは本家の後塵を拝していたようだ。

試合後のブシャールは、明らかに憮然としていた。それでも、ファンからもらったヘラジカのぬいぐるみを会見に持参するあたり、自分の魅力をよく心得ている。

「結果は非常に残念。ラリーを上手く支配していても、決めるべきショットでミスが多かった。ここ数試合のようなプレーが出来なかった」

シャラポワ相手にフルセットの接戦を演じながらも、自分のプレーが悪かったと言い切るあたりに、強烈な向上心がにじみ出る。孤高のファイターは、数日前の会見で「ツアーには、友人は居ない」と言い切ったが、実は1年前ほどの彼女は、仲の良い同世代の選手たちと共に行く先々でオモシロ動画を撮影し、それをYoutubeでアップしたりしていたのだ。僅か1年間でのこの意識改革は、頂点を狙う決意の証だろう。

■何事も勝たねば気が済まない!? パーティで見せた究極の負けず嫌い■

ブシャールのメンタリティと言えば、こんなこともあった。

10月に大阪で開催される、HPオープンでのことである。この大会では、選手たちを招いたパーティで、大会関係者が「ベストドレッサー賞」なるものを選出する。優勝者にはティファニーのネックレスなど豪華景品が与えられ、その同賞の一昨年の受賞者が、ブシャール。そして昨年、彼女は深紅の“勝負ドレス”を身にまとい、二連覇を狙っていたのだ。

だが彼女の気がかりは、厳格な採点基準も存在しないこの手の賞に、果たして連覇がありえるのか否かということ。

「こういうのって、同じ人がもらえなかったりするのかしら?」

そんなことをパーティ会場で聞かれ、なんとも答えに窮してしまった。

果たして結果は、ブシャールは何も取れず。そんな彼女に帰りがけに「パーティは楽しかった?」と声をかけると、「私、賞を取れなかったわよ」と憮然と言い放つのである。

「ほら……この手の賞って、同じ人にはあげないから…」

しどろもどろでそう応じると、彼女は少し考え、自分に言い聞かすように「そうよね、私もそう思うわ」と言うと、足早にその場を去ったのである。

こんな賞でも、勝たなくては気が済まないのだろうか……と、その負けず嫌いっぷりとプライドの高さに、感動するやら慄くやらであった。

ランキングの駆けあがる足取りは2段飛ばしで、一年前の同時期の77位から、今大会終了後は12位まで上昇する。思えば1年前のブシャールの全仏も、シャラポワに破れて幕を閉じた。なにも、打倒シャラポワが彼女の目的ではないだろうが、「ポスト・シャラポワ」の不本意な看板を下げるには、やはり本家を破るのが最も効果的だ。

多くのテニスファンもきっと、そんな日の訪れを心待ちにしている。

フリーランスライター

編集プロダクション勤務を経て、2004年にフリーランスのライターに。ロサンゼルス在住時代に、テニスや総合格闘技、アメリカンフットボール等の取材を開始。2008年に帰国後はテニスを中心に取材し、テニス専門誌『スマッシュ』や、『スポーツナビ』『スポルティーバ』等のネット媒体に寄稿。その他、科学情報の取材/執筆も行う。近著に、錦織圭の幼少期から2015年全米OPまでの足跡をつづった『錦織圭 リターンゲーム:世界に挑む9387日の軌跡』(学研プラス)や、アスリートのパフォーマンスを神経科学(脳科学)の見地から分析する『勝てる脳、負ける脳 一流アスリートの脳内で起きていること』(集英社)がある。

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