Yahoo!ニュース

今季初のグラス大会で好発進 一年前との相違に見る錦織圭の進化

内田暁フリーランスライター

全仏オープンを終着点とするクレーシーズンから、聖地ウィンブルドンの青芝へ――。

晩春から初夏への移ろいに歩調を合わせたテニスコートの移行期は、ただでさえ過酷なツアー生活の中でも、最も難しい数週間だと多くのテニス選手は声を揃える。球足が遅くボールが弾む赤土から、ボールが芝の上を速く滑る芝への急激な変化。静から動へ。油から水へ。正反対と言ってもよい特性のコート遷移は、フットワークから戦術に至るまで、あらゆる側面での適応を選手に強いる。クレーで活躍した選手が芝では不調にあえぐことが多いのも、そのような理由からだ。

1年前の錦織圭も、そうだった。全仏オープンで自身初のベスト16に進み迎えた、芝のゲリー・ウェバーオープン。しかしその初戦(シードのためドロー上は2回戦)で、フルセットの末に惜敗を喫する。

「いつもこの時期は、どの選手も芝へのアジャスト(順応)に苦労する。自分もその内の一人」

敗戦後の錦織は、つとめて平静を装いそのように口にしていた。

それから、12カ月――。

今年も昨年同様にゲリー・ウェバーオープンに戻ってきた錦織は、1回戦免除で迎えた2回戦で、20位のガエル・モンフィスを6-1,3-6,6-3で破り、今季の芝初勝利を手にしている。モンフィスは、ケガなどもありこれでもランキングをやや落としているが、最高位は7位の実力者。時速200キロを楽に超える高速サーブの持ち主でもあり、その威力は芝の加速を得て、さらに威力を増していた。

そのサーブに苦しめられながらも、錦織は一撃必中を狙うスナイパーのように反撃の機をうかがい、機が訪れたと見るや獲物をしとめる捕食者のような俊敏さと躍動感で、キーポイントを奪っていく。

モンフィスの、良く言えば変幻自在、悪く言えば気ままでムラッけの多いプレーは、対戦相手としてはリズムがつかめずやり難い。それでも錦織は、試合終盤にプレーのレベルを一段階上げる、強者のテニスで突き放した。

「自分のプレーは、去年より格段とよくなっています。自分のテニスに自信も感じている。

サーブが今日も良かったので、それが芝では支えになるし、これからもキーなってくると思います」

試合後の錦織は、芝の上で改めて確信した自身の進化を、ことさら誇示する風もなく口にした。

1年前のこの時期のランキングは13位で、今年は12位。紙の上では、ほぼ同じ“強さの指標”だが、実態に大きな違いがあることは明らかだ。

思えば一年前、錦織はランキングにつき「まだ自分に、その実力はないと思う」と、数字と自己認識のかい離を認めたことがあった。

では、今はどう感じているのだろうか……? 

少しずるい質問だと思いながらもたずねると、世界の12位は照れくさそうに片方の口角を少し上げ、胸の内を探る様に「あ~、ま~……」と音にした後、こう続けた。

「去年よりは、ちょっと高くなっていると思います。少しは馴れてきました、この位置が。

まだ少し違和感はありますが……。

もうちょっとですね。もうちょっとこの位置に居ることができれば、馴れると思います」

その「もうちょっと」がどれくらいの期間で、いつ「馴れる」時期が訪れるのか? 

慌てず騒がず、でもワクワクしながら「もうちょっと」待ってみたい。

フリーランスライター

編集プロダクション勤務を経て、2004年にフリーランスのライターに。ロサンゼルス在住時代に、テニスや総合格闘技、アメリカンフットボール等の取材を開始。2008年に帰国後はテニスを中心に取材し、テニス専門誌『スマッシュ』や、『スポーツナビ』『スポルティーバ』等のネット媒体に寄稿。その他、科学情報の取材/執筆も行う。近著に、錦織圭の幼少期から2015年全米OPまでの足跡をつづった『錦織圭 リターンゲーム:世界に挑む9387日の軌跡』(学研プラス)や、アスリートのパフォーマンスを神経科学(脳科学)の見地から分析する『勝てる脳、負ける脳 一流アスリートの脳内で起きていること』(集英社)がある。

内田暁の最近の記事