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カンガルーカップで決勝進出&ベスト4 アメリカ在住の大坂なおみと日比万葉のエンターテイナーへの拘り

内田暁フリーランスライター
強烈なフォアを放つ大坂なおみ

■頭脳戦で6連勝の日比■

「体力というより、頭が疲れていました」

照れ笑いに苦みをにじませ、日比万葉はそう敗因を振り返った。岐阜で開催された、賞金総額7,5000ドルのカンガルーカップ。その準決勝で第1シードに敗れるまでに、日比は予選3戦を含め、既に6戦を戦っていた。特に前日の3回戦では、炎天下の中、2時間15分の文字通りの熱戦を制したばかり。疲れていたのは、当然だった。

フィジカル向上でショットの威力も増したという日比
フィジカル向上でショットの威力も増したという日比

ただその2時間越えの白熱の試合と、「頭が疲れていた」との言葉に、彼女のテニスの精髄が凝縮されている。3回戦の対戦相手のデュアン・インインは、186センチの長身から打ちおろす強打が武器のパワープレーヤー。その大型選手に立ち向かう日比の武器は、ボレーや片手バックのスライスに代表される手札の数と、それらを組み合わせる戦術の妙にある。

対デュアン戦でも日比は、それらの持ち味を存分に発揮した。第1セットは相手のパワーに押されて落とすも、その41分の攻防の中で、戦前に用意した作戦が効果的で無かったことに気がつく。立ち上がりは相手のサービスを警戒し後方に下がって返球したが、それはパワーに勝る相手に時間を与えるだけだった。また、長身の相手は低いボールが苦手だと踏んでいたが、実際には低い打点で心地よさそうに打っている。日比は第1セット終了後にトイレ休憩を取ると、作戦を整理しなおし、戻ったコートで物語を再構築した。早いタイミングで返球し、フットワークで劣る相手の時間とペースを奪っていく。高く弾むスピンショットやドロップショットも使いながら、相手を前後に揺さぶる。そしていかなるボールにも、最後まであきらめずに食らいついた。第2セットのゲームカウント5-3で迎えたサービスゲームでは、2本のブレークポイントをしのぎ、6回のデュースの末に、気合いでねじ込むようなドロップショットを決めてセットをもぎ取る。これで流れを手にした日比は、第3セットでは終始試合を自らの制御下に置いた。

翌日に疲労を残すほどの頭脳戦は、日比のエンターテイナーとしての資質でもある。試合後、ファンの間からは「いいもん、見せてもらったな~」という感慨深げな声が上がった。

「自分がテニスを楽しむ、そして見ている人たちにも楽しんでもらう」。

それが今、彼女がコート上で最も心がけていることだという。

ちなみにアメリカ在住の日比は今回、4週間に及ぶ日本ツアーへと単身で乗り込んでいる。

「一人の方が、最近は成績が良いんですよ。自分で作戦などを考えるのが良いのかな?」

エンターテイナーはステージに上がる前に、精緻にシナリオを練り上げている。

■コーチに師事し、強打を生かす術を体得した大坂■

「私が目指すのは、エンターテイナー」

そう言ったのは、当時16歳だった大坂なおみである。昨年の夏、世界ランキング400位台ながら当時19位のサム・ストーサーを破り脚光を浴びた日米ハイブリッドの少女は、この試合でファンの支援を得るためにも「自分の武器を見せつけるプレー」を心がけていたという。時速180キロを超えるサーブ、さらにどこからウイナーを奪える強烈なフォアなどが、エンターテイナーとしての彼女の“見せ所”だ。

ただそんな大坂が、最近テーマとしているのが「無茶をしない、我慢をする」こと。大坂は今大会、初戦、2回戦、そして準決勝の3試合ともにフルセットの接戦を勝ち抜いている。「昨年からの大きな成長は、フィジカルと戦略面。耐えるべき時と、攻める時の切り替えや正しい判断ができるようになった」と本人が言うように、持ち味の攻撃力を勝利に結びつける術を体得している。耐えるべき所は耐えるからこそ、勝負を掛けた時に全力で打ちこむ、フォアのウイナーのインパクトも増す。大坂が攻めに転じ右腕を振るうたびに、客席からは「おおっ!」と驚嘆の声が上がった。

大坂は姉のまりと共に、スポーツ愛好家だがテニスの経験は持たぬ父の手ほどきを受け、半ば独学で約12年間アメリカの公営コートでテニスに打ちこんできた。それが昨年5月からフロリダのアカデミーに属し、現在は複数のコーチやトレーナーのもと本格的な指導を受けている。今大会も姉と父、そしてコーチを伴っての“帰国”参戦。

「私の試合をちゃんと見てサポートしてくれる人が居るのは心強いわ。お父さんは、私の試合の時はいつもベンチに出たり入ったりで、ちゃんと試合を見てくれないんだもの」

か細いながらも茶目っ気をたっぷり含んだ口調で、大坂はコーチ帯同のメリットを語った。

19歳の日比と17歳の大坂――プレースタイルは正反対と言える両選手だが、アメリカ在住の二人の若い日本人プロが“観客に見せるテニス”に意識的なのは、決して偶然ではないだろう。どんなに長く住んでいようとも、どんなに英語を流暢に操ろうとも、日本国籍のもとで戦う彼女たちは、アメリカでは異邦人だ。サポート体制も少ない中、若くして自らテニスを職業として選び取ったその背景には、プロとは何か、自分のテニスとは何かという自問自答のプロセスがあったはず。「アメリカの同クラスのトーナメントに比べると、岐阜のこの大会は遥かに観客が多い」と嬉しそうに声をそろえる両選手が、今回母国で活躍したのも偶然ではないだろう。

日比は敗戦の翌日には、来週から福岡で開催されるトーナメント参戦のために、新幹線に飛び乗った。大坂なおみは本日、優勝を掛けて中国のゼン・サイサイと対戦する。

フリーランスライター

編集プロダクション勤務を経て、2004年にフリーランスのライターに。ロサンゼルス在住時代に、テニスや総合格闘技、アメリカンフットボール等の取材を開始。2008年に帰国後はテニスを中心に取材し、テニス専門誌『スマッシュ』や、『スポーツナビ』『スポルティーバ』等のネット媒体に寄稿。その他、科学情報の取材/執筆も行う。近著に、錦織圭の幼少期から2015年全米OPまでの足跡をつづった『錦織圭 リターンゲーム:世界に挑む9387日の軌跡』(学研プラス)や、アスリートのパフォーマンスを神経科学(脳科学)の見地から分析する『勝てる脳、負ける脳 一流アスリートの脳内で起きていること』(集英社)がある。

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