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赤土に、日本語会見、そしてパリの食事にも!? 猛スピードで成長/順応中の大坂なおみが全仏でも初勝利

内田暁フリーランスライター
(写真:ロイター/アフロ)

全仏オープン1回戦 ○大坂なおみ 6-4,7-5 J・オスタペンコ●

「英語での質問だけでいい?」

記者会見の司会者が確認すると、大坂なおみは笑顔を浮かべて前を向き、「日本語もやるわ。頑張ってみる」と自ら宣言した。

4か月前の全豪オープン時には、つめかけた記者に気圧されるように、「英語だけでお願い」と小さな声で懇願した姿とは大違い。

このような変化もまた、この数カ月の間に彼女が経験し、適応してきた数々の事象のうちの一つかもしれない。

テニス界で最も権威ある大会群“四大大会”の一つの、全仏オープン――。

1928年から同大会の舞台を務める“スタッド・ローラン・ギャロス”の伝統の赤土のコートに、18歳の大坂なおみは、初めて足を踏み入れていた。

昨年の同時期はランキングが200位台だったため、予選に参戦すらできなかった遠くの地。しかし今季は、1月の全豪オープン3回戦等の好成績によりランキングを100位以内に急上昇させ、本選のステージに飛びこんできた。そもそも米国フロリダを拠点とする大坂にとり、欧州遠征やレッドクレーでの試合そのものが、まだまだ希少な経験である。

それでも欧州の赤土へと旅立つ前、大坂は「私はフロリダのグリーンクレーで、子供の頃からたくさんプレーをしてきた。クレーに苦手意識はない」と断言。それなりの自信を胸に、フロリダを後にしたはずである。

しかし実際に赤土に立った時、彼女は「オーマイゴッド! 私ったら、何を考えていたのかしら!?」と衝撃を受けたという。彼女が慣れ親しんだ米国のグリーンクレーと、欧州のレッドクレーは「大違い」。

「ボールは遅くなるし、もう『ハードコートにして!』って思ったほど」

そう苦笑いを浮かべながら、自分の小さな思い違いを省みる。それでも「文句は言えない。だってグランドスラムも含む多くの試合は、このコートで行われるんだから」と自分に言い聞かせ、「適応」することに集中する。大会前は2週間ポルトガルに滞在し、赤土に慣れることにまずは専念。遅いコートでの長いラリーに痺れを切らさず、守備も重視しながらじっくり組み立てる“クレーコート仕様のプレー”を、急速に身体に染み込ませた。

その戦果は、全仏1回戦のオスタペンコ戦で生かされる。観る者の歓声を引き起こすフォアの強打は封印し、コントロールと配球重視で、相手を左右に振っていく。特に際立ったのが、ストレートに打ちこむバックハンド。「自分の弱点だったので強化した」成果は、くっきり赤土の上に描かれていた。

さらには、新しいコーチをつけ改善に取り組んでいるサービスも、安定感が大きく向上。トスのばらつきをなくすことで、ゆったりした一定のフォームで、あらゆるコースへの打ち分けが可能になった。

対戦相手のオスタペンコは、大坂と同期(1997年生まれ)ながら、既に今大会の32シードにつける成長株。しかし大坂は、自身の先を行く同世代のライバル相手に、強打の打ち合いよりむしろ組み立てで優位に立つ。4度のデュースの末に第7ゲームをブレークし、第1セットを大坂が先取した。

第2セットは、大坂が常にブレークで先行するも、その度に相手に追い上げられる精神戦。

「緊張しちゃった。攻め急いでしまった」

後にそう振り返るが、初の全仏の舞台ではそれも致し方ないこと。それ以上に圧巻だったのは、第7ゲームで見せた、3本連続リターンウイナーを含む、フォアハンドの強打での5ポイント連取。ここぞという場面で抜き放った武器が、最大限の破壊力を発揮した。最後は、今や彼女の代名詞である高速サービスをセンターに叩き込み、エースで全仏初勝利奪取。その瞬間に繰り出した2度のガッツポーズは、感情の露出が少ない彼女にしては、最大限の歓喜の表現だと言えるだろう。

試合後の会見で、日米を中心とした多くの記者に囲まれるのも、彼女が急速に適応しはじめたことの一つ。

「私は、人の注目を集めるのは好きなの。全豪の経験が自信になったし」

少し前までは、コート上の堂々たる姿と会見室でのか細い声があまりに対照的だったが、今ではユーモアと真意を配合した応対を見せ、二つの人物像は重なりつつある。それでも、「強打が武器の選手は、最近は赤土でも強い傾向が見られるが?」と米国人記者に問われると、上手く答えられない自分がもどかしかったのか、「I'm sorry」と謝罪。「なぜ謝るの?」と記者氏は不思議そうに聞き返したが、それはもしかしたら、最近急激に順応しはじめた日本文化と、日本人の血ゆえかもしれない。

自ら「挑戦」した日本語会見では、言葉につまると思わず英語に切り代わり、「あっ、英語で話している。ごめんなさい」とまたまた謝罪。母親との会話で練習している日本語も、バックハンドやサービス同様に、いずれ急速に上達していくのだろう。

昨年の10月に18歳を迎え、WTAが定める年齢規制から解放されたため多くの遠征も経験し、赤土や欧州の風土そのものにも慣れ親しみ始めている大坂。パリの食事も、そんな彼女の楽しみの一つ。具体的には何が好きかというと……

「お寿司ばっかり食べている。ホテルの近くに、良い日本レストランがあるから」

日本への順応性が、ここではパリへのそれより、かなり勝っているようだ。

大坂なおみ選手のバックグラウンドなどについては、過去の記事や、こちらでも言及しています

フリーランスライター

編集プロダクション勤務を経て、2004年にフリーランスのライターに。ロサンゼルス在住時代に、テニスや総合格闘技、アメリカンフットボール等の取材を開始。2008年に帰国後はテニスを中心に取材し、テニス専門誌『スマッシュ』や、『スポーツナビ』『スポルティーバ』等のネット媒体に寄稿。その他、科学情報の取材/執筆も行う。近著に、錦織圭の幼少期から2015年全米OPまでの足跡をつづった『錦織圭 リターンゲーム:世界に挑む9387日の軌跡』(学研プラス)や、アスリートのパフォーマンスを神経科学(脳科学)の見地から分析する『勝てる脳、負ける脳 一流アスリートの脳内で起きていること』(集英社)がある。

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