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3年連続で全仏2回戦進出の奈良くるみ。休養を挟み、再燃したテニスへの情熱で手にした勝利

内田暁フリーランスライター
(写真:アフロ)

全仏オープン1回戦 ○奈良くるみ 5-7, 6-3, 2-0 ret. D・アレルトバ●

第3セットのゲームカウント2-0となった時点で、対戦相手のアレルトバはネットに歩みより、主審に棄権を申し入れます。

奈良くるみの3年連続フレンチオープン初戦突破の瞬間は、やや祝福が難しい幕引きに。それでも、試合を見守っていた関係者たちの顔には一斉に明るい笑みが咲き、「本当によかった」「これがきっかけになってくれれば」と言葉を交わします。そこには単なる喜びだけではなく、心からの安堵や労りの色が滲んでいました。

その理由は試合後に、奈良本人の口から語られます。

「ちょっと、気持ちと身体が上手くかみ合わなくなってしまって……。前向きな気持ちでテニスに取り組むことができなくなり、この大会も出るか出ないか迷ったんですが、気持ちを切り替えて間に合った感じです」

全仏前の約3週間、本来なら出る予定だったマドリードやローマ大会の予選出場を取りやめ、一時帰国していた奈良。公には「体調を崩した」と言い、4月下旬の時点で「今後の予定は、フレンチ前週に行われるストラスブールに出場するか、直でフレンチに入るかのどちらか」としていました。ですが実際にはその頃の彼女は、テニスへの情熱が沸き起こらぬなか、「犬と引きこもっていた」最中。身体の中に燻る熾火に、再びテニスへの想いが焼べられる時を待っていたというのです。

昨年末はオフ返上で“インターナショナル・プレミアテニスリーグ(IPTL)”に参戦し、“昨季”との境界線があいまいなまま、雪崩れ込んだ今シーズン。IPTLで多くのトップ選手と過ごした経験を刺激とし、恐らくは例年以上に、高いモチベーションで走った3カ月間だったのでしょう。

しかし、4月に欧州のクレーコート遠征へと旅立った時、彼女の心身の歯車は空回りし始めていました。そのことに気付いたのは、コーチをはじめとするチームの面々。

「やらなきゃ、試合に出なきゃ……という気持ちが強すぎたんでしょうね」

原田夏希コーチが振り返ります。

休んだ方が良い……と奈良に進言したのも原田コーチ。コートに戻る日への期限は、あえて設けない。

「気の済むまで休んでいい。やる気になったら言って」

そうとだけ言葉を交わし、その後、奈良とコーチはしばらく、連絡を取ることすらなかったと言います。

目一杯「ぐーたら」し、料理にもトライする毎日の中で、奈良はふと「テニスを辞めたら、こんな生活になるのかな」と想像したこともあったそう。同時に、「自分の生活では、テニスがないと人間としても成長できない」との想いも、常に頭のどこかで存在を主張していました。2週間もすると身体を動かしたくなり、まずはジョギングから再開する。するとラケットを握りたくなり、やがてボールが打ちたくなる。

「刺激のある生活に戻りたいな」

情熱が再燃するまでに、要した時間は2週間強。「思ったより早かった」。そう奈良は言いました。

「自分のテニスをやりきること」を目指し挑んだ今回のフレンチオープン初戦では、奈良はいきなり相手のサービスをブレークする、最高のスタートを切ります。しかし第1セットの終盤、奈良の配球が相手の得意なパターンにハマり、3ゲーム連続で落とし第1セットを失いました。

それでも第2セットでは頭を切り替え、「前に出て打つこと」、そして「ドロップショットなど、相手が予想していないプレー」を心がけます。緩急で相手をゆさぶり、どんなボールにも食らいつき、一打でも多くのボールを打ち返す――。その積み重ねが、第2セットを奪い返し、最終的には相手を負傷棄権に追い込んだ要因でしょう。勝った瞬間の想いを表現する言葉は、「ただ嬉しい」以外に見つからなかったようです。

自分のテニスをやりきり、その結果勝利を得た先で、奈良が次に当たるのは第14シードのイバノビッチ。

最大の目標は、「今日と同じ気持ちでやっていく」ことです。

フリーランスライター

編集プロダクション勤務を経て、2004年にフリーランスのライターに。ロサンゼルス在住時代に、テニスや総合格闘技、アメリカンフットボール等の取材を開始。2008年に帰国後はテニスを中心に取材し、テニス専門誌『スマッシュ』や、『スポーツナビ』『スポルティーバ』等のネット媒体に寄稿。その他、科学情報の取材/執筆も行う。近著に、錦織圭の幼少期から2015年全米OPまでの足跡をつづった『錦織圭 リターンゲーム:世界に挑む9387日の軌跡』(学研プラス)や、アスリートのパフォーマンスを神経科学(脳科学)の見地から分析する『勝てる脳、負ける脳 一流アスリートの脳内で起きていること』(集英社)がある。

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