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テニスの魅力追い求め、“男気”見せた、熱きあの1ゲーム。錦織圭、全仏オープン3回戦へ

内田暁フリーランスライター

全仏オープン3回戦 ○錦織圭 6-3,6-3,6-3 A・クズネツォフ●

見ているだけで心躍り、つい力が入ってしまう攻防だった。

複線は、第3セットの第4ゲームで、クズネツォフが放った“股抜きショット”だったろうか。彼は自身のプロフィール欄に、股抜きショットを、得意技として自己申告する選手。しかし実際には、そんな小技を弄するタイプでは全くない。フォア/バックの両サイドから、回転が少なく弾道の低い速球を、バンバン打ちこんでくる強打自慢だ。同時に、「股抜きショットが得意というのは、ジョークだよ。だって、フォアハンドやバックハンドなんていうのは誰でも言うから、目立たないでしょ?」というほどの茶目っ気や、“目立ってやろう精神”を備えている。結果的に決まらなかったとは言え、そんな対戦相手が見せた華麗な技は、錦織の“男気”を刺激したのかもしれない。

「男としては、辛い判断でした」

幾分リップサービスを交えて錦織が振り返ったのは、第1セットの序盤戦。「胸から下で打たせたら、両サイドからいいボールを打ってくる」というクズネツォフの強打に押され、1-3と劣勢に立たされていた。

もっとも錦織には、その窮地を打開する策は分かっている。高く弾むスピンショットを混ぜ、高い位置でボールを打たせること。あるいは緩いボールで、相手が得意とするカウンターのリズムを封じること。

もしかしたら、彼の中でそれは“逃げ”に感じたかもしれない。だが柔軟に戦術を変え、そして5ゲーム連取の逆転劇。リズムも流れも、しっかりと手中に収めた。

試合後に、この「辛い判断だった」発言を聞き、あの第3セット中盤から終盤の攻防がなぜあそこまで熱のこもった戦いだったか、合点が行った。

互いにキープで迎えた第3セットの第6ゲーム。錦織はクズネツォフのサーブを自慢のフォアで力いっぱい打ち返すと、力なく浮き上がった相手の返球を、ジャンプ一番“Air K”で、これでもかという程力強く地面に叩きつけた。

続くラリーでは、まるで土俵中央四つに組んだ力比べのように、互いに足を止め、一歩も引かずにバックハンドのクロスを打ち続ける。熱い“男気”バトルは、相手のバックがネットに掛かり、錦織に軍配が。その瞬間、彼は「ヤッ!」と、この日一番とも言える裂帛の叫びをあげた。

錦織のテニスと言えば、手札の多さと、それらを巧みに組み合わせる戦略性や創造性が代名詞。ただ以前にも彼に「テニスの楽しさとは」と聞いた時、「フォアでウイナーを奪う快感」と即答され、意外に思ったことがあった。「駆け引きなどは楽しくない?」、そう問うと「楽しくはないですね。疲れるので。バンバン打って、全てフォアのウイナーで勝つのが理想です」との返答。

彼の中には、5歳の頃にテニスに魅せられたその原体験が、今でも無垢な光を放っている。

勝利のためには、多少信念を曲げてでも戦術を変える現実主義の側面を見せつつ、最後は、テニスの魅力を追い求める理想主義者の顔で、錦織は全仏オープン3回戦の対F・ベルダスコ戦に挑む。

フリーランスライター

編集プロダクション勤務を経て、2004年にフリーランスのライターに。ロサンゼルス在住時代に、テニスや総合格闘技、アメリカンフットボール等の取材を開始。2008年に帰国後はテニスを中心に取材し、テニス専門誌『スマッシュ』や、『スポーツナビ』『スポルティーバ』等のネット媒体に寄稿。その他、科学情報の取材/執筆も行う。近著に、錦織圭の幼少期から2015年全米OPまでの足跡をつづった『錦織圭 リターンゲーム:世界に挑む9387日の軌跡』(学研プラス)や、アスリートのパフォーマンスを神経科学(脳科学)の見地から分析する『勝てる脳、負ける脳 一流アスリートの脳内で起きていること』(集英社)がある。

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