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ウィンブルドンレポート:観客のサポートも力に変え、ケガとケイレンに苦しみながらも奈良くるみが初戦突破

内田暁フリーランスライター
(写真:アフロ)

○奈良くるみ 6-2,6-7,6-3 M・ブレングル●

試合が終わると同時に、全身を駆けるケイレンのためもんどり打つように倒れた奈良くるみが、真っ先にしたのは、サンバイザーのつばをグッと押し下げること――。

「もう恥ずかしすぎて……。みんなが見ているから」

太股から足の指先まで痛みに襲われながら、奈良が考えていたのは、そんなことだったという。

この2~3カ月ほどの間、奈良は心技体が上手くかみ合わない、苦しい状況のなかに居た。

4月頃には、気持ちの面でどうしても自分を奮い立たせられず、2週間ほどラケットを握らず過ごす。身長155cmの小柄な奈良には、世界を相手に戦っていく上で、“心”は何にも増して欠かせぬ要素であった。

短いながら休養を挟むことで再びコートに心が向き、5月の全仏オープンで勝利も手にしモチベーションが上がった後には、“体”がついてこない時期が続く。全仏で痛めた左内転筋のために十分な練習ができず、そこが治った後には、今度は右足の同じ個所を痛めてしまった。

「うまくいかない……」

もどかしさは、ウィンブルドンが近付くにつれ、不安へと変わっていく。

「昨日(試合前日)の夜は不安なところもあったので、『試合に入るの、いやだな』と思っていました」

リタイアするかも……という、不吉な予感にも襲われる。それでも、最後にネガティブな感情を上回ったものは、6年前に初めて予選を勝ち上がり、本選の舞台に立った日の感激の記憶。

「今、こうして本選で戦えているのは凄く幸せなこと。数年前の自分にとって凄く大きなことをやれているのだから、全力を出そう」

試合の日の朝、心はようやく固まっていた。

1回戦で対戦したブレングルは、奈良同様にフットワークが良く、粘り強いストロークを得意とする選手。似た特性を持つ両選手の打ち合いは、必然的に長くなる。「足のケガの痛みはそれほど感じなかった」という奈良だが、体力は確実に削られていった。第1セットを奪い、第2セットではマッチポイントがありながらも、タイブレークの末に失う。この時点で、試合開始から1時間41分が経過していた。

第3セットに入ると同時につま先に感じたケイレンは、試合が進むにつれて足を駆けのぼり、ほどなくして太腿へと達する。

そんな中で奈良を突き動かしたのは「途中で辞めるのは嫌だ。それだけは情けない」という、見栄にも似た闘志だった。最後は、身体ごとボールにぶつかるようにフォアの逆クロスを叩き込むと、そのままネット際に倒れこむ。エネルギーの最後の一滴を、全身から絞り出しもぎ取った勝利だった。

試合直後、ファンにサインする奈良
試合直後、ファンにサインする奈良

コーチの手を借りてベンチに座り、しばらくしてなんとか立ち上がれるようになった奈良が、真っ先にしたのは、コートサイドで待つ観客のサインの求めに応じること――。

「お客さんもたくさん見てくれていたので、最後まで出来ることをやろうと思えました」

感謝の気持ちを、走らせるペン先に込めた。

フリーランスライター

編集プロダクション勤務を経て、2004年にフリーランスのライターに。ロサンゼルス在住時代に、テニスや総合格闘技、アメリカンフットボール等の取材を開始。2008年に帰国後はテニスを中心に取材し、テニス専門誌『スマッシュ』や、『スポーツナビ』『スポルティーバ』等のネット媒体に寄稿。その他、科学情報の取材/執筆も行う。近著に、錦織圭の幼少期から2015年全米OPまでの足跡をつづった『錦織圭 リターンゲーム:世界に挑む9387日の軌跡』(学研プラス)や、アスリートのパフォーマンスを神経科学(脳科学)の見地から分析する『勝てる脳、負ける脳 一流アスリートの脳内で起きていること』(集英社)がある。

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