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ATPツアーファイナルズレポ(1):錦織圭、開幕戦勝利で示した「ここに居るのが当たり前」の証

内田暁フリーランスライター
(写真:ロイター/アフロ)

○錦織圭 62 63 S・ワウリンカ●

暗闇の中に青く浮かび上がるコートに、鼓動の旋律を思わせる重厚な効果音――。

同じロンドン開催でも、ウインブルドンとこうまでも違うかと驚くほどに煌びやかなコートに錦織圭が姿を現すと、「ここに居るのが当たり前」と言う当人とは裏腹に、見る方は未だ、胸の高鳴りを覚えてしまいます。

しかし確かに、最初のポイントからワウリンカのサービスに鋭く反応し、自らのサービスゲームではフォアの逆クロスを、迷いのないボレーを、そしてサーブ&ボレーを落ち着きはらって決める姿は、彼が「ここに居て当然」の選手であることを雄弁に物語っていました。

3日前の会見で、ワウリンカは錦織との対戦に向け「圭はベースラインから下がらず速いリズムで攻めてくる。自分がやるべきことは、重いショットで押し下げること」と言いましたが、ストローク戦での錦織は、まるでベースライン上に敷かれたレールの上を走っているかのように、下がることがありません。逆に、深く鋭いショットでワウリンカを押し下げると、浅くなった相手のボールを、コート内に踏みこみ迷いなく叩きます。第5ゲームをブレークし流れを制御下に収めた錦織が、第1セットを僅か29分で奪取。なおATPデータアナリストが発信した情報によると、今季の錦織がベースラインの内側でストロークを打った確率は25%なのに対し、この日は第2セット開始時点で、33%の高確率でコート内で打っていたそうです。

第2セットに入るとワウリンカはサービスの確率を上げ、なんとか流れを変えようと、バックのダウンザラインも増やしてきました。それでも数日前からこの試合に備え、「やるべきことは、しっかり頭に入っている」と言っていた錦織に焦りはありません。左右のみならず、前後と高低の空間をも活用して相手を動かし、最後までワウリンカにリズムをつかませませんでした。終わってみれば、相手に1度もブレークチャンスを与えず、自らは57%の高確率でブレーク奪取。試合時間67分の完勝でした。

「今日は物凄く切れ味鋭く好調そうに見えたが、あなた自身も、我々と同じように感じていたのか?」

試合後の会見で、英国記者に真っ先に問われた錦織は、表情を少し緩めて答えます。

「とてもコート上で良い感覚だった。最初のゲームから良いプレーができたので、自信もあった」。

対するワウリンカは、ケガや疲れの影響から身体が重たかったことを認めながらも、「ここ数日は、それまでよりもずっと体調は良かった。もっと良い試合になるかと思ったのだが……」と言い訳はしません。

「圭が何をしてくるか分かっていた。ただ彼のプレーが良かった」と、静かに敗戦を受け入れました。

もっとも錦織は快勝にも、「もう少しファーストの確率を上げて。60%くらいは欲しいです」と、次に向け課題修正も忘れません。

その次の相手は、新生世界1位のアンディ・マリー。

ツアーファイナルという世界最高峰の舞台、しかも相手のホームコートで、世界1位へと挑む――。

これ以上は望めない、極上のステージが整いました。

※テニス専門誌『スマッシュ』のfacebookより転載。連日、テニスの最新情報を発信しています。

フリーランスライター

編集プロダクション勤務を経て、2004年にフリーランスのライターに。ロサンゼルス在住時代に、テニスや総合格闘技、アメリカンフットボール等の取材を開始。2008年に帰国後はテニスを中心に取材し、テニス専門誌『スマッシュ』や、『スポーツナビ』『スポルティーバ』等のネット媒体に寄稿。その他、科学情報の取材/執筆も行う。近著に、錦織圭の幼少期から2015年全米OPまでの足跡をつづった『錦織圭 リターンゲーム:世界に挑む9387日の軌跡』(学研プラス)や、アスリートのパフォーマンスを神経科学(脳科学)の見地から分析する『勝てる脳、負ける脳 一流アスリートの脳内で起きていること』(集英社)がある。

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