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終戦記念日:『寄せ書き日の丸』返還運動に寄せる想い。

明智カイト『NPO法人 市民アドボカシー連盟』代表理事
山本忠男氏に贈られた『寄せ書き日の丸』(写真提供:OBON2015)

近日、アメリカ・イギリスなどの旧連合国から「寄せ書き日の丸」を日本へ返還しようという活動が起きています。これはいったい、どういった活動でしょうか?「寄せ書き日の丸」返還運動に携わる「OBON2015」サポーターの西形公一さんにお話を伺いました。

「寄せ書き日の丸」とは

兄・山本忠男氏に贈った『寄せ書き日の丸』と弟・武男氏(写真提供:OBON2015
兄・山本忠男氏に贈った『寄せ書き日の丸』と弟・武男氏(写真提供:OBON2015

明智 まず最初に「寄せ書き日の丸」とは何ですか?

西形 もう70年前になる第二次世界大戦に日本も参戦したことはご存知だと思います。そのとき、戦地へと出征する兵士を激励し、また郷里の皆が常にお前を守っているんだよ…と、お守りのように出征兵士の関係者が思いを込めて日章旗に寄せ書きし、兵士に手渡し贈ったのが「寄せ書き日の丸」です。

兵士に手渡すお守りというと「千人針」が有名ですけれども、これは多くの女性が作るお守りであるのに対して「寄せ書き日の丸」は男性からのお守りという側面もあり、実際に寄せ書きされている名前は、女性による寄せ書きなどの例外もありますが、多くが男性です。

これがその出征兵士が残念なことに戦死、または捕虜になるなどして米英軍兵士の手に渡り、それが70年経ってネットオークションに出されるなどしてその問題が表面化し、また返還の動きがあることも同時にネットを経由して知られるようになって、現在に至っているわけです。

明智 ネットオークションへの出品がきっかけだったということは「日の丸」に関する活動であっても外国が発信源だということですね?

西形 そうです。日本国内ではこれまで、ほとんど知られていなかったと思います。

明智 実際のところ、この活動は日本ではどのくらい知られているのでしょうか?

西形 「OBON2015」の取り組みや働きかけに在日米国大使館のサポートを始め、戦後処理を担当する厚生労働省や日本遺族会がホームページを作るなどの取り組みを行うなど、問題意識はあります。しかし、一般庶民レベルではまだまだ告知が足りないというのが正直なところでしょう。

実際、寄せ書きされた方の遺族や関係者を探し当てることに成功し「寄せ書き日の丸」の返還にまでこぎつけた場合も、戦死の悲しみがあまりに大きくて忘れられていました。特に先の大戦末期の日本軍が悲惨な撤退戦を繰り返しあちこちの方面で玉砕による全滅が相次いでいた際に戦死された方などは当然、遺体の回収もままなりませんから、戦死の告知と共に送られて来たのは遺骨でなく代用の小石一個という話はよくあったわけです。

そんななか、遺族のもとに唯一の遺品として初めて戻ったのが「寄せ書き日の丸」というケースも多く、遺族や寄せ書きを実際に書いた関係者が存命の場合は、たいそう喜ばれています。「まさに奇跡だ」と仰る方もいたほどです。

海外では日本兵から奪った「寄せ書き日の丸」を軍事マニアが収集している

兄・山本忠男氏の遺影を掲げる弟・武男氏(写真提供:OBON2015)
兄・山本忠男氏の遺影を掲げる弟・武男氏(写真提供:OBON2015)

明智 では「寄せ書き日の丸」の送り先となる海外での現状はどうなのでしょうか?

西形 西洋文化の戦史によると、戦争初期の戦場における旗の役割は非常に重要不可欠でした。旗は軍隊を識別するのと交戦を先導する為に重要な役割を持ち、兵士達は味方の旗に続いていくように訓練を受け攻撃しました。旗を見失うと兵士達は混乱し退却せざるおえなくなる為、旗は格好の攻撃目標となり、又、敵軍旗を攻略することは手柄の中でも最高の業績と見なされました(米国の南北戦争中は、計1520個の名誉勲章が授与されましたが、その中の467個の勲章は敵の旗を攻略したか、又は味方の旗を勇敢に守った兵士へ授与されました)。

戦争初期に使用されていた剣や槍から、大砲や航空機、戦車などへと様変わりするに従って、旗を目印に戦う様式は終わりを告げますが、それでもなお敵軍の旗を攻略するという考えは各兵士の胸中に根付きました。帰還時に旗を持ち帰ることは、名誉な事として全員が望んだのです。

第二次世界大戦に入って、殆ど全員の日本兵が所持していた「寄せ書き日の丸」は、連合軍兵たちにとっては夢の実現となりました。無数の数知れない「寄せ書き日の丸」を戦利品(ウォー・トロフィー)として持ち帰った兵士達は、日本語が読めず、意味も分からないまま、敵国の国旗であると思っていたのです。

これらの無数の「寄せ書き日の丸」は、戦後70年近くになった現在、元米兵のご本人、もしくはそのご家族や親戚が、日本にとって大切な物であるのではないか、と返還を希望される人が増加してきています。中には営利目的で売買する人がいる反面、元米兵や、そのご家族たちは、日本の遺族へ返還するべきものである。と、「OBON 2015」へ連絡して来られます。

それは、日本の遺族の為だけではなく、米国人にとっても過去の戦争に対する思いに「終止符」を打てる貴重な機会となり、相互関係の和解と友好に繋がっていくのです。「家族」とは、国際間を乗り越え、誰一人にとっても共通に大切だと言う事が、「寄せ書き日の丸」返還を通して両国間の家族へ伝わっているのが現状です。

明智 なるほど、そういう背景があったのですね。

西形 残念ながら外国人にとって戦死した兵士から取り上げた「千人針」は意味不明の布だったのでしょうが、「日章旗」は少なくとも相手方の旗だと理解できたのでしょう。昔から「旗」は軍隊にとって重要な象徴ですし、日本でも明治維新の近代化以前、武士の時代から「旗奉行」なんていう役職があったくらいですから、米英軍兵士にとっては重要な品に見えたのかもしれません。

英語でも「フラッグ」というだけでただ「旗」というだけでなく「軍旗」というニュアンスがあるくらいですから。このあたり、敗戦という悲しい歴史を背負った日本と、戦勝国として戦争が栄光の歴史になっているアメリカやイギリスとの、一般庶民レベルでの「意識の差」を感じずにはいられません。

明智 それが今回、どうして表に出るようになったのでしょう?

西形 長い間、こうした「ウォー・トロフィー」は海外の軍事マニアや戦史ファンのあいだで取引されていました。もともと欧米にはこうした「ウォー・トロフィー」も含めた軍事関係のモノ(ミリタリーグッズ)を扱うショーやコンベンション、業者が多く、マーケットも日本人には想像もできないくらいに発達しているんですよ。

それがインターネットの登場によりネットオークションにも出されるようになることでショーやコンベンションに足を運ぶ軍事マニアや戦史ファンだけでなく、一般の庶民にもそうしたマーケットの存在が見えやすくなったわけです。また寄せ書きされているのは当然ながら日本語ですから、日本語がわかる方が目に触れる機会も急増したのだと思います。このほか欧米には「寄せ書き」のような習慣がないため単に「日本の旗」としてしか理解されず、また外国側でも後ろめたいのか「日本への発送は受け付けない」としているネットオークションもありますし、日本側とのあいだで意思疎通や相互理解が進まなかった実態もあります。

実際、日本以外では在日韓国人が朝鮮戦争に義勇兵として参戦したときに「寄せ書き太極旗」が贈られた、希少な実例があるくらいでしょう。国旗のデザイン的に寄せ書きしやすいかどうかという事情もありそうです。「寄せ書き日の丸」が問題化した後ろには、そうした複雑な背景があるわけです。

「寄せ書き日の丸」そのものも基本的には死者から漁った遺品ですから倫理的に問題ですが、さらに問題なのは日本で「寄せ書き日の丸」を密かに収集して販売する業者がいること、ましてやそうしたマーケット目当てにニセモノの「寄せ書き日の丸」を作る者までいることですね。そうはいっても本物にみせないといけませんから、日本語が分かる者、つまりたいていは日本人ということになるわけですが、彼らが作って輸出しているわけです。こうなってくるともはや詐欺行為で、倫理的な問題以上の犯罪に近い世界となります。しかしこうしたニセモノの作成行為は地下で行われていますから、ほとんど見えないし具体的な被害者も事実上いない世界。国をまたいだ詐欺行為のほとんどがそうであるように、明るみに出にくいのが現実です。詐欺の手口として「外国」を使うのは残念ながら昔からの常套手段ではありますしね。

まとめますと「ウォー・トロフィー」のなかでも個人が特定できるものは世界的には非常に例が少なく「寄せ書き日の丸」はその数少ない例外であり、珍しい例だとはいえます。それだけに遺族や関係者が判明した際の喜びもまた、格別のものがあります。

「寄せ書き日の丸」のことをみなさんに知って欲しい

ケネディ駐日大使の指示による担当官・駐在武官の手紙(写真提供:OBON2015)
ケネディ駐日大使の指示による担当官・駐在武官の手紙(写真提供:OBON2015)

明智 今後の「寄せ書き日の丸」返還運動の展開についてどう考えていますか?

西形 アメリカの方に訴えたいのは、もしあなたが「寄せ書き日の丸」を持っているなら、その方の大切な家族・遺族や関係者、もしかすると寄せ書きに名前を連ねた本人が必ず日本にいます、ということ。それは「ウォー・トロフィー」に相応しいものではありません。もしかするとあなたがお金を出して入手した品かもしれませんが、相応しい方のところに返していただけませんか、と言いたいのです。もう戦争から70年が経ちました。返していただければ、日本の方は必ず涙を流してあなたを歓迎します。そのお手伝いを是非ともさせていただきたい。

日本の方に訴えたいのは、とにかくこうした問題があることをまず知って欲しい。もし周囲やネットで「寄せ書き日の丸」があることに気づいたら、厚生労働省や「OBON2015」に情報を寄せて欲しい、ということです。正直ここには社会科の時間に現代に近づくほど歴史がなおざりにされてきた構造的な問題もあると思います。歴史と自分たちがつながってこないわけですから。また歴史や地域、家系などに詳しい方は「寄せ書き」されたお名前の苗字に地域特有のものがあるかなど手がかりをお持ちの可能性もあります。そうした情報も寄せていただけるとありがたいです。といいますのも「地域名」の無い「寄せ書き日の丸」が非常に多く、活動に大きな障壁となっているのです。

最後に、「OBON2015」もそうですし、私自身もかつてそうでしたが、この問題においては在外日本人の皆様の役割が重要です。あなたは日本軍兵士の遺品に近いところにいらっしゃる、情報に触れる機会が多い方でもあるのです。もしあなたの周囲で日本人の遺品が売買されていることを知ったら、ぜひ日本の厚生労働省や「OBON2015」に連絡して欲しいと思います。

明智 行政やメディアに対して訴えたいことはありますか?

西形 もちろん行政やメディアの役割も重要です。国の役所としては厚生労働省が取り組んでいますが、海外で日本の窓口となる在外日本大使館との連携を強化して欲しいと思います。また自治体の役所にはこの問題を知っていただき、厚生労働省や海外の大使館から問い合わせがあった際の体制を整えていただきたいと思います。

厚生労働省

寄せ書きのある日章旗など戦没者の個人名が記載されている遺品をお持ちの方へ

戦没者の個人名が記載された日章旗などをインターネットオークションなどに出品された場合、御遺族の心情を害することもあります。取扱いにお困りの場合、厚生労働省の資料で御遺族が特定できることもありますので、情報をお寄せ下さい。

加えて日本からの輸出は日本が文化大国であるにも関わらず国際的な文化財保護の観点が弱く、骨董品の輸出に何ら規制を加えていないことも言われます。いみじくも日本から輸出している業者のひとりがその点を指摘しビジネスを止めるつもりはない、と言っていたのだそうです。諸外国の実例を鑑みて、例えば製造後50年以上が経過した品の輸出を骨董品輸出と位置づけて登録制にするなども考えられます。そうすればニセモノを取り締まる道も開けるわけです。このあたりの法整備の研究も省庁間で、あるいは国会議員のあいだで連携してやっていただきたいと思います。

また草の根の庶民が出征したゆえに起きた悲劇であることを考えますと「草の根」に近いところにある地方メディア、新聞・テレビ・ラジオの役割も重要です。同時にこれは米英の地域メディアに訴えたいことでもあります。感覚では日本では特に新聞、米英では新聞とコミュニティラジオの役割が大きいように思います。地域によってはケーブルテレビなどが役目を果たしやすい部分もあるかもしれません。

明智 なるほど、草の根の問題ですから草の根の役割が重要ということですね。本日はありがとうございました。

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西形公一

1970年生まれ。幼少の頃から現代史や戦史、ノンフィクションに親しみ、立教大学史学科に進学、西洋史・政治史を専攻。その後は昭和から平成へと政治改革の激動のなか歴史・現代史において抑圧されてきた「言論・表現の自由」から政治活動に携わり旧民社党系の青年組織「民社ゆーす」事務局長などを歴任、その活動のなか再び現代史を学ぶ。その後ネパール留学を機にインド、タイで生活し、各国現地での日本観や社会観を観察して回る。現在、「OBON2015」のサポーター。

「OBON2015」

「寄せ書き日の丸」が遺族や関係者の下に戻らないことに心を痛めたアメリカ・オレゴン州在住のレックス・敬子 ジーク夫妻が立ち上げた、「寄せ書き日の丸」を日本の遺族・関係者に戻そうという取り組み。この活動を有志のサポーターがボランティアで支援する形をとっている(西形もこのボランティアサポーターの一員)。これまで何枚もの「寄せ書き日の丸」を遺族・関係者のもとに戻したほか、多くの返還を待つ「寄せ書き日の丸」の遺族・関係者を捜索している。

『寄せ書き日の丸』に囲まれたレックス・敬子ジーク夫妻(写真提供:OBON2015
『寄せ書き日の丸』に囲まれたレックス・敬子ジーク夫妻(写真提供:OBON2015
『NPO法人 市民アドボカシー連盟』代表理事

定期的な勉強会の開催などを通して市民セクターのロビイングへの参加促進、ロビイストの認知拡大と地位向上、アドボカシーの体系化を目指して活動している。「いのち リスペクト。ホワイトリボン・キャンペーン」を立ち上げて、「いじめ対策」「自殺対策」などのロビー活動を行ってきた。著書に『誰でもできるロビイング入門 社会を変える技術』(光文社新書)。日本政策学校の講師、NPO法人「ストップいじめ!ナビ」メンバー、などを務めている。

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