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日本初の「障害児専門保育園ヘレン」が東京都杉並区に誕生!「障害児保育」のこれからの課題とは?

明智カイト『NPO法人 市民アドボカシー連盟』代表理事
障害児保育事業部の森下倫朗マネージャー×明智カイト

認定NPO法人フローレンスでは、日本初・医療的ケアが必要な重症心身障害児も長時間お預かりすることのできる、「障害児保育園ヘレン」を2014年9月17日に東京都杉並区にてオープンしました。

きっかけは一人のお母さんとの出会い

この「ヘレン」開設は、ある一人のお母さんとの出会いがきっかけでした。フローレンスは病児保育事業を中心に、「誰もが子育てと仕事を両立できる社会」を目指し、様々な保育事業を運営しているNPOです。ある日、フローレンス代表理事の駒崎弘樹氏は重度の障害を抱えるお子さんを持つ一人の親御さんから相談を受けました。「障害のある子を受け入れてくれる保育園が見つからず、仕事を辞めなくてはならない」と。さっそく駒崎氏は重度の障害がある子どもであっても、親御さんが仕事に行っている間、長時間預かってくれる施設はないのか調べてみたそうです。しかし、残念ながら、そうした施設は一カ所も見つけることはできませんでした。

重症心身障害児の受け皿が存在しない日本

未就学の重症心身障害児の受け入れ状況(図1)
未就学の重症心身障害児の受け入れ状況(図1)

ご存知の通り保育園による障害児の受入れは、日本においても進みつつあります。しかし、障害が軽度のものであれば保育園でもお預かりが可能ですが、医療的ケアが必要な重度の障害児となると、保育園ではお預かりは難しいのが現状です。医療的ケアに対応できるスタッフの不足で安全性を確保できないからです。

一方で、重症心身障害児のお預かりが可能なサービスとして、療育を目的とした児童発達支援事業が挙げられます。しかし、東京都で重症心身障害児が母子分離で通所できる児童発達支援事業所は数が少ない上に、その多くが毎日利用できるわけではなく、利用時間も1時間〜5時間程度と限られています。つまり、重症心身障害児を、長時間・柔軟にお預かりすることのできる施設は、いまの日本には存在しないというのが現状なのです。(図1)

働きたくとも仕事を諦めざるを得ない親御さんたち

親御さんの側にも目を転じてみましょう。就労を希望する親御さんの場合を考えてみます。実は、冒頭でお話したような「働きたくとも、障害があるお子さんの預け先がなく、仕事を諦めてしまう」親御さんは少なくありません。

ある調査によると、フルタイムで働く母親の就労率は、健常児の場合34%である一方で、障害児の場合わずか5%であり、その比率はなんと7分の1となっています。

以上、見てきたように障害児保育という領域において、子どもにとっては重症心身障害児が増加しているにも関わらず、彼らを受け入れることのできる社会的インフラが整っていません。またその親御さんにとっては、そのことが原因で、働きたくとも働くことのできない現状が存在しているのです。これが、いまのわたしたちが暮らす日本社会の姿です。障害児、そしてその親、双方を支える社会的な仕組みが整っていないのです。

日本初の「障害児専門保育園ヘレン」

そこでフローレンスでは、重度の障害があるお子さんを長時間預けられる場所がない、それにより親御さんの子育てと仕事の両立が妨げられている、という問題を解決しようと決意しました。そして、2014年9月17日、日本初・医療的ケアの必要な重症心身障害児も長時間お預かり可能な「障害児保育園ヘレン」を東京都杉並区にオープンしました。

ヘレンは日本初の障害児を専門的にお預かりする保育園として、「障害のある子どもたちが、自らへの肯定感、未来への希望を持てる社会」、そして「障害のある子どもの親たちが、子育てと仕事を共に楽しめる社会」の実現を目指しています。

最も大切なスタッフの研修

保育の様子
保育の様子

子どもの命を預かる保育において、最も大切なものはスタッフの「質」です。医療的ケアが必要な重症心身障害児をお預かりする場合にはなおさら、一つのミスが命の危険に繋がりかねません。そこで、常駐スタッフの研修には最も力を注ぎました。

研修は、座学と実地を最長5ケ月の期間実施し、障害に対する基礎知識の取得や体調が悪化した際の対処方法などについて学びました。

東京都新宿区にて障害児対象の訪問看護、居宅介護、移動支援、児童発達支援などを運営する「NPO法人えがおさんさん」には、重心児の抱き方、コミュニケーションの取り方、安定した呼吸維持の方法などの講義や医療的ケアが必要な子どもの訪問看護師の同行などを行いました。また東京都墨田区の重度心身障害児向け児童発達支援事業所である社会福祉法人むそう「ほわわ吾妻橋」からは、医療的ケアを行いながら長時間の保育を行う技術、安全管理ノウハウを学びました。

障害児保育事業部の森下倫朗マネージャーにインタビュー

ヘレンの新規事業立ち上げ責任者であるフローレンス障害児保育事業部の森下倫朗マネージャーにインタビューしました。

「障害児専門保育園ヘレン」では、より安全でより楽しい場になるよう挑戦を続けていきたいと思います。また、障害児の大多数の親が就労を希望しているにも関わらず、そのほとんどが就業できていないという「障害児保育」問題の解決を目指し、日本全国で誰もが保育を当たり前に受けられ、親が働くことを選択できる社会を実現していきます。

フローレンスは規模も小さく、たいした力もありませんが、我々のビジョンに共鳴し、ご支援くださる方がいらっしゃれば大変嬉しいです。共に社会変革していきましょう。

そして全国的な問題解決へ

このようにフローレンスではヘレン開園を「障害児保育」問題解決への第一歩にしたいと考えています。しかし、ヘレンで救うことができるのはわずか15世帯に過ぎません。根本的に問題を解決するには、制度そのものを変革していかなければなりません。具体的には、一つは「保育所が重度の障害児も受け入れられるようにしていく」こと。もう一つは、全国の障害児の通所施設が、自ら望んで「開所時間を延長させていくこと」です。

2014年7月16日にまとめられた、障害児政策の大枠を決める審議会「障害児政策のあり方の検討会」の最終報告書「今後の障害児支援の在り方について」において、以下の文言が記載されました。

「・・・例えば、重症心身障害児に対して療育を行っている通所支援における受入時間の延長を報酬上評価すること等も考えられる。厚生労働省においては、これらの観点も踏まえつつ、今後望ましい在り方について検討すべきである。」

これはつまり、開所時間を延長する施設にとって加算の取得がしやすくなる、加算の報酬単価が上がる、ということを示しています。このことにより、コストの面で、短い時間しか開所できなかった施設も開所時間を延長することが可能になるかもしれません。

これまでの児童発達支援事業では、長時間のお預かりが不可能でした。しかし、この制度が整えば、重度の障害を抱える子どもたちを社会全体が支えていくことが可能となり、またその親御さんたちも、子育てと仕事の両立が可能となるのです。

園名「ヘレン」の由来となったヘレン・ケラーは次のような言葉を残しています。

「私は一人の人間に過ぎないが、一人の人間ではある。何もかもできるわけではないが、何かはできる。だから、何もかもはできなくても、できることをできないと拒みはしない」

全ての子ども達が、親だけでなく地域社会にも抱きしめられ、愛される、そして健常児家庭だろうと障害児家庭だろうと、親は子育てしながら、大好きな仕事を続けられる、そうした社会を実現するために、フローレンスではできることから一歩ずつ歩みを進めていこうと考えています。

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障害児専門保育園ヘレン

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『NPO法人 市民アドボカシー連盟』代表理事

定期的な勉強会の開催などを通して市民セクターのロビイングへの参加促進、ロビイストの認知拡大と地位向上、アドボカシーの体系化を目指して活動している。「いのち リスペクト。ホワイトリボン・キャンペーン」を立ち上げて、「いじめ対策」「自殺対策」などのロビー活動を行ってきた。著書に『誰でもできるロビイング入門 社会を変える技術』(光文社新書)。日本政策学校の講師、NPO法人「ストップいじめ!ナビ」メンバー、などを務めている。

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