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「笑顔の架け橋」を目指して~児童養護施設から社会に巣立つ子どもたちの自立支援を考える(1)~

明智カイト『NPO法人 市民アドボカシー連盟』代表理事
(明智カイト×林恵子)

厚生労働省では、子どもや家庭、子どもの健やかな成長について国民全体で考えることを目的に、毎年5月5日の「こどもの日」から5月11日までの1週間を『児童福祉週間』と定めています。

今回は児童養護施設から社会へ巣立つ子どもたちの自立支援について認定NPO法人ブリッジフォースマイル代表の林恵子さんにお話を伺いました。

他人事とは思えない児童養護施設の現実

児童養護施設入所児童等調査結果
児童養護施設入所児童等調査結果

明智 まず、はじめに林さんがNPOを始めた経緯を教えてください。

林 私は、教育でも、福祉の専門でもありません。NPOを始める前は、パソナという人材派遣会社で働くOLでした。ただ、正義感は人並み以上に強かったと思います。子どもの頃は婦人警官になるのが夢でしたし、大学でも開発と援助を学んでいました。パソナに就職したのも「社会の問題を解決する」という企業理念に強く惹かれたからです。NPOを立ち上げる素養はあったのだと思います(笑)

でも、きっかけはちょっと残念です。26歳のときに、長女を出産しました。当たり前のように仕事に復帰しましたが、出産前と同じように仕事はできませんでした。思い通りにならない子育ても大変でしたが、それ以上にやりがいのある仕事を任せてもらえないストレスを感じていました。

そこで、自分が起業したらやりたいように仕事ができるのではと考えて、子連れでMBA留学を計画しました。実際、長男を出産した育児休暇中にアメリカのビジネススクールにキャンパス見学まで行ったほど本気だったのですが、英語力が全然足りず、まずは国内で英語を磨くことにしました。そんな時、日本に住む外国人向けに行われるビジネス研修があると聞いて参加することにしたのです。

児童養護施設と出会ったのは、まさにそのビジネス研修の中でした。「児童養護施設を支援するCSRプログラムを企画、提案してほしい」という、あるクライアントの依頼を受け、ビジネスプランを作成、発表することになったのです。児童養護施設を「孤児院」と理解して調査を始めたのですが、衝撃を受けました。日本にこんな現実があったなんて! 

孤児は1割程度で、その多くは親から虐待を受けた子どもたちでした。親と離れて生活しているだけでなく、彼らが受けた心の傷はその後の人生にまで大きな影響を及ぼしていました。また、そんな子どもたちを支える職員たちも、勤務環境の厳しさや精神的負荷に悩んでいました。子育てとキャリアに悩んでいた私にとって、他人事とは思えませんでした。

施設の子どもたちを社会につなげる「笑顔の架け橋」を目指して

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明智 ブリッジフォースマイルは、どんな活動をしているのですか?

林 児童養護施設から社会に巣立つ子どもたちへ、自立支援を行っています。子どもたちは18歳になると施設を出て自立しなければなりませんが、後ろ盾のない子どもたちが自立できなければ、あっというまに困難な状況に陥っていきます。そうならないように、施設にいる中高生には自立に向けた準備ができるよう、施設を退所した若者たちには退所後の生活を安心して送れるように支援をしています。

自立支援は、大きく3つの分野に分けられます。「自活支援(一人暮らしの準備、退所後の生活サポート全般)」、「進学支援(施設退所後の大学や専門学校への進学支援)」、「就労支援(職業体験や就労サポート全般)」です。さらにプログラムは目的、内容毎に大小合わせて10個くらいありますので、一つずつ紹介するのは止めておきます。続きはWebで。(笑) 

ブリッジフォースマイルの活動内容

加えて、ブリッジフォースマイルの役割として強調したいのが、「笑顔の架け橋」となる活動です。施設の子どもたちを社会につなげるということです。2010年末にあった、「タイガーマスク運動」を覚えているでしょうか。児童養護施設の子どもにランドセルを贈ることから始まり、全国に広がった寄付活動です。多くの方が児童養護施設に関心を持ってくださった、嬉しい出来事でした。しかしその一方で、現場からは戸惑いの声も聞かれました。贈られるものが、子どもたちが本当に必要としているものではないことが多々あったからです。

私がNPOを立ち上げようと思った動機も、ここにありました。施設の子どもたちが何を必要としているのか、わかりやすく社会に伝える。その一方で、社会の有用な資源、具体的には企業のCSRや、ボランティアをしたいという人たちを、施設が受け取りやすいカタチに加工して提供する。そんなミッションが、「ブリッジフォースマイル」という名前に込められています。今では、年間ボランティア250人、協力企業100社、様々な形での寄付者約700人の協力を得て、活動を行っています。

18歳になると児童福祉法によって「自立」と「自己責任」を求められる子どもたち

退所後に困ること
退所後に困ること

明智 児童養護施設の退所者たちは、どんな状況に置かれているのか、もう少し詳しく教えてください。

林 児童養護施設退所後、行政からの支援はほとんどありません。退所後支援は施設の役割と法律で定められていますが、施設職員たちは入所している子どもたちの世話で手いっぱいで、とても退所後支援までする余裕はありません。親元に帰れる子もいますが、経済的に頼れなかったり、親との関係性で悩んだりすることが少なくありません。

進学をする人も2割位いますが、学費と生活費を賄うため奨学金を借りた上でのアルバイトは必須です。厳しいお金と時間のやりくりのため、生活に疲れてしまい中退してしまう人が3割もいます。借金を背負うばかりか、中退してしまうと正社員としての採用はまず難しくなることから、進学は大きな賭けです。結果として、約8割の子どもたちが就労することになります。

自ら生計を立て一人暮らしをするということも十分に大変なことですが、施設退所者の置かれている状況で最も特徴的なことは、「生活が立ち行かなくなっても帰るところがない」ということです。仕事を辞めてしまったら、アパートに居られなくなります。お金が足りなくなったら、自分でなんとかしなければなりません。一般家庭で育った人が当たり前にある、「いざとなったら、実家に頼る」という安心感を持てないのです。そんな彼らが孤独の中で奮闘した結果として、路上、非合法組織、性風俗店といった裏側の世界で生きることになっても、なんら不思議はありません。

虐待を受けた子どもは、他者と関係を築くのが苦手です。ちょっと注意を受けると「敵」とみなして攻撃または拒絶したり、逆に支援者に依存しすぎてしまったり。また、自尊感情の低さも特徴的です。幼い子どもが虐待を受け止めるため「自分が悪いから叩かれるのだ」「自分は生まれてきてはいけなかったんだ」と歪んだ解釈をするうち、「どうせ自分なんて…」と自分を大切に思えなくなっているのです。

「児童養護施設は一体何をしていたの?」「施設にいる間にもっとちゃんと躾けなくちゃ」などといった声を聞くこともあります。でも、現実的にできることは限られています。人も時間も足りないのです。児童養護施設では、まず安心安全な場所を提供し、基本的な生活習慣を身につけさせるよう支援します。親代わりとなる職員は、子どもたち一人一人の心に寄り添い、「あなたが悪かったんじゃない」「あなたは大切な存在」と伝え続けます。

心の傷は問題行動として表出することも多く、暴力、ケンカ、万引き、引きこもり、援助交際などの問題にも、根気強く対応していかなければなりません。しかし、保護される子どもたちの中には、中高生になってから施設にやってくる子もいます。そして、18歳の春には児童福祉法に則って多くの若者が「自立」しなければなりません。心の傷が癒されたかどうか、社会に出る準備ができたかどうかなど、子どもたちの事情なんて構ってもらえないのです。そんな状況に置かれているのに社会からは「大人」として扱われ、「自己責任」を求められてしまうのは本当に理不尽だと思います。

(つづく)

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認定NPO法人ブリッジフォースマイル

虐待や親の死亡、入院など、様々な家庭の事情から家族と暮らせない子どもたちが生活する児童養護施設。施設を出た後は、公的なサポートも、家族の支えも期待できず、困難な生活を余儀なくされることが少なくありません。ブリッジフォースマイルは、施設で生活する中高生に対して、ひとり暮らし準備セミナーやキャリア教育プログラムを提供しています。また施設を巣立った後も、孤立させないネットワークづくりやメンタルサポート、住宅支援などを行っています。

『NPO法人 市民アドボカシー連盟』代表理事

定期的な勉強会の開催などを通して市民セクターのロビイングへの参加促進、ロビイストの認知拡大と地位向上、アドボカシーの体系化を目指して活動している。「いのち リスペクト。ホワイトリボン・キャンペーン」を立ち上げて、「いじめ対策」「自殺対策」などのロビー活動を行ってきた。著書に『誰でもできるロビイング入門 社会を変える技術』(光文社新書)。日本政策学校の講師、NPO法人「ストップいじめ!ナビ」メンバー、などを務めている。

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