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夏のバルセロナで世界に挑んだ3人の日本人選手、彼らの明暗を分けたものとは

浅野祐介OneNews編集長
「THE CHANCE」で合格した16選手、前列右から2人目が木下選手

「帰国してからの周囲の反応は、最初はみんな驚いていました。『そこまで行くとは思ってなかった』とか言うてました。それからは、試合とかしても、けっこう見られるなっていう感じがします」

これは、今年8月にバルセロナで開催された世界規模のセレクション「THE CHANCE」で、16名の最終合格者に名を連ねた木下稜介選手(滝川第二高等学校FW)の言葉だ。

「THE CHANCE」とは、世界中で埋もれている若き才能を発掘するためのスカウトプロジェクトで、今回は世界55カ国からセレクションを勝ち抜いた100名のアマチュア選手がバルセロナに集い、木下選手を含む合格者16名は2013年1月から、「グローバルツアー」と呼ばれるスカウトツアーに参加し、マンチェスター・ユナイテッドやユヴェントスといったビッグクラブへのスカウティングツアーに参戦。そこでのパフォーマンスがコーチやスカウトの目に留まれば、プロ契約という道も開かれてくる。プロを目指す若手にとって、文字どおりのチャンスというわけだ。

今回、日本からは木下稜介選手の他、鹿児島実業高等学校(鹿児島)でキャプテンを務めるMF山之内優貴選手、2011年度のインターハイでの優勝経験を持つ桐蔭学園高等学校(神奈川)のDF冨澤右京選手がバルセロナでのグローバルファイナルに参加。山之内選手は2010年にU−16日本代表の候補合宿に帯同した経験があり、ギラヴァンツ北九州の練習にも参加するなど、既にプロからも注目される逸材。そういう意味では、今回のセレクションは日本の若手選手と世界の同世代の選手との距離を図る“格好のチャンス”ともなった。

バルセロナでのセレクションは、通常は非公開とされているバルセロナBやカンテラの練習場「シウタ・エスポルティーバ・ジョアン・ガンペール」で実施。最初の4日間はシュートやパスなどの要素を取り入れたトレーニングに加え、ミニゲームが行われ、まずは52人が残り、そこから11人制(4チーム)の試合で26人に絞られ、同じく11人制の試合で最後の16人が選ばれるメニューとなっていた。

選考の合間には、アンドレス・イニエスタやジェラール・ピケなど、バルセロナに所属する世界的スター選手との交流も。夜には選考発表を兼ねたセレモニーやゲストを招いてのトークショーを開催。元ビジャレアル監督のフアン・カルロス・ガリードやU−21イングランド代表のスカウティングを務めたジミー・ギリガンらによるシビアな選考と、華やかな“夜の宴”は、その明暗という点でもプロを目指す若手にとっていい経験になったのではないだろうか。

セレクションは厳しい現実を日本人選手たちに突きつけた。まず、52名を選抜する過程で高校王者の実績を持つ冨澤が脱落。山之内と木下はさらに26名にも残り、バルセロナBの本拠地であるミニ・エスタディで開催されたファイナルに出場したが、山之内は得意のボランチではなく不慣れなセンターバックとして出場したことも災いし、後方からゲームを組み立てようと試みたが、失点につながる致命的なミスを犯してしまう。

一方の木下も、指揮官がチームプレーを指示する中、自分の武器であるドリブルを最大限に表現しようともがいていた。チャンスこそ作るものの、ともすれば身勝手なプレーとも評されかねない内容で、セレクション終了後には自らのプレーぶりに「落ちました」と自嘲気味なコメントを残していた。

「正直呼ばれないと思っていました。呼ばれたときは本当に自分が呼ばれたのかわからないぐらいびっくりした」

最後の16名の発表後、木下はそう語った。

明暗を分けた日本人3選手。では、今回のセレクションで、彼らの明暗を分けたものは何だったのだろうか?

「自信はある」。セレクションのスタート時から声を揃えたとおり、3者はみな自信に満ちたプレーを披露し、周囲の信頼を勝ち得ていった。とりわけ、俊敏性やボールを扱う技術に関しては参加100選手の中でも、ひいき目なしにトップクラスの水準にあったし、規律という面でも、時にタガが緩みがちな他国の選手と比べてプロフェッショナルな振る舞いだったと思う。

だが、落選した2名。彼らは「フィジカル」と「コミュニケーション」に課題を感じていた。

最初の選考で、52名に残ることができなかった冨澤はこう語る。

「選ばれた選手はフィジカルが強く、当たり負けをしていなかったので、自分はそれを上回るようなフィジカルを作っていかなければならないと感じました。言葉はなかなか理解できなかったけど、積極的に他の選手に声をかけるようにしていました。フィジカルの強さや対人プレーの強さ、そして語学。これらをもっと向上させていきたいと思います」

一方、選考する側の視点は多少異なるようだ。

ファイナルマッチで木下の所属するチームを指揮し、英国で数々のクラブの育成に携わったダレン・ジョーンズ氏は「木下選手と不合格だった選手に、大きな差はない。私の目には、いずれもクイックネスを持った良い選手に映った」とコメント。セレクションの総監督を務めたギリガンは「競争の場では、誰かに才能を見つけてもらおうという姿勢ではダメ。自分から自分を表現する技術が必要だ」と選考を振り返る。

“選ぶ側の言葉”に耳を傾けると、「日本人選手の水準・ポテンシャルは総じて高いが、その一方でどのように自分を表現するかに課題がある」と解釈することもできる。

最終選考を通過した木下自身も、「積極的にドリブルで仕掛けていった部分が評価されたのではないかと思います。パスを要求されても、すべてに応じるのではなく、自分のプレーをやり通したことが良かったのかなと思います」と語っていた。

日本での国内スカウトを統括した風間八宏氏(川崎フロンターレ監督)は、「目の前の敵を倒せ」というメッセージを残していた。今回落選してしまった選手は、セレクションという舞台で目の前の敵を倒せたかどうか、それを自らに問い続けることで次のチャンスへのレベルアップが図れるはずだ。

もちろん合格者だけでなく、チャンスを逃したメンバーにも収穫はある。6日間に渡るセレクションの場では、各国の選手との交流を目的に“ギミック”も用意されていた。主催者であるNIKEは、選手それぞれに名刺代わりのシールを配布。自分を含めて100人全員をコンプリートさせるよう促し、選手間での交流を促した。普段、外国人と接する機会の少なかった日本の3選手にとっても、これは大きな経験になったようだ。さらに、レアル・マドリードのメンバーも宿泊するという5つ星の高級ホテルでの夢の様な待遇から、憧れのプロ選手への想いを再確認した選手も少なくないだろう。

「合格した選手も、選考に漏れた選手も、勝負はこれから。それぞれのチャンスを生かして、自分の夢をかなえていってほしい」

日本でのセレクションを締めくくった風間監督の言葉ではないが、「THE CHANCE」の先にこそ、生かすべきチャンスが広がっている。

OneNews編集長

編集者/KKベストセラーズで『Street JACK』などファッション誌の編集者として活動し、その後、株式会社フロムワンで雑誌『ワールドサッカーキング』、Webメディア『サッカーキング』 編集長を務めた。現在は株式会社KADOKAWAに所属。『ウォーカープラス』編集長を卒業後、動画の領域でウォーカー、レタスクラブ、ザテレビジョン、ダ・ヴィンチを担当。2022年3月に無料のプレスリリース配信サービス「PressWalker」をスタートし、同年9月、「OneNews」創刊編集長に就任。

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