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文化交流は日中関係打開に働きうるか:中国を見つめ直す(3)

麻生晴一郎ノンフィクション作家

冷え込んだ日中関係の打開のために文化交流を積極的にすべきだとの意見を耳にすることがある。確かに大都市の若い人を中心に日本製のアニメ、ファッションは人気がある。文化発信はどこまで有効なのだろうか?

日本文化の発信は外務省も力を入れている。在中国日本国大使館のホームページを見ると、最近でも日中両国民による紅白歌合戦、日本食フェアが行われた。もちろん、芸能事務所、出版社や個人など民間による日本文化の紹介も行われている。近年、日本になじみの薄い人が多い内陸部の都市でも日本文化のイベントが行われるようになったが、日本に対する親しみのなさが反日の機運を助長する可能性を考えると、長い目で見れば、こうした活動が一定の力を発揮することは確かだ。

他方で、高倉健、おしん、一休さん、90年代のトレンディードラマなどが中国で親しまれたにもかかわらず、その挙句の果てが今の日中関係なのだとすると、どこまで効果があるのか疑問に思えてもくる。

北京にある日本語サークル。多くの参加者がアニメやドラマを通じて関心を持ち始めた
北京にある日本語サークル。多くの参加者がアニメやドラマを通じて関心を持ち始めた

文化イベントは日中関係の悪化に伴って中止を余儀なくされるのが普通だ。12年9月にも尖閣国有化や反日デモで、予定されたイベントが多数中止・延期され、中国政府は日本関連書籍の販売を停止する処置まで下した。

中止の原因としてひたすら日中関係の悪化が注目されがちだが、政治と関係のないこの種のイベントが外交上の理由で開催できないことこそが異常に違いない。「日中関係が悪いから致し方ない」と天候不順みたく中止を受け入れてしまう限り、文化交流はいくら盛り上がろうとも、たまたま両国間の良好な関係上に乗っかったもので、いざ衝突が始まればいとも簡単に消滅する存在にすぎないことになる。必要なのは、中止や延期に“ノー”と言う行動ではなかろうか。 

文化イベントを重視する人は、政治と無関係な活動こそが政府間対立を乗り越えると思うのかもしれないが、政府の力が社会や生活の全般に及ぶ中国との関わりでは、日本の感覚で非政治分野の活動だからと言ってそのまま中国に当てはまるとは限らない。げんに文化イベントも非政治分野であることを貫くだけでは政府の都合で簡単に操作されてしまう政治的従属を意味するものでしかなく、関係悪化を打開する力などには到底なりえない。

非政治分野だけでなく非政府分野であることも意識すべきであり、政治・外交上の理由での中止に抗議する政治的行動を伴うことで初めて日中関係に働きうるのだと思う。

ノンフィクション作家

1966年福岡県生まれ。東京大学国文科在学中に中国・ハルビンで出稼ぎ労働者と交流。以来、中国に通い、草の根の最前線を伝える。2013年に『中国の草の根を探して』で「第1回潮アジア・太平洋ノンフィクション賞」を受賞。また、東アジアの市民交流のためのNPO「AsiaCommons亜洲市民之道」を運営している。主な著書に『北京芸術村:抵抗と自由の日々』(社会評論社)、『旅の指さし会話帳:中国』(情報センター出版局)、『こころ熱く武骨でうざったい中国』(情報センター出版局)、『反日、暴動、バブル:新聞・テレビが報じない中国』(光文社新書)、『中国人は日本人を本当はどう見ているのか?』(宝島社新書)。

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