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失踪中の中国人はほかにもいる:中国を見つめ直す(7)

麻生晴一郎ノンフィクション作家

今、1人の中国人の知人が失踪状態にある。彼は日本在住の研究者であり、2月初旬に帰国して以来、音信不通だ。このことだけからも、警察に自由を奪われたのが報じられた人たちだけでないことがわかる。

ただし、彼について名前や詳細なことをここで書くことはできない。彼の家族がこのことを公開してほしくないと思えるからだ。彼の家族は彼の現状を全く明かしていない。ぼくが彼の失踪を確信したのは、ある件で彼はぼくの助けを必要としており、2月中に連絡がなければおかしいのに全く連絡が取れず、その上で家族が「彼は問題ありません」とだけ語ったからだ。彼が警察に拘束されているのか、それとも電話連絡をしてはいけないような軟禁状態にあるのかはわからない。いずれにせよ、外部との連絡を絶たれた状態にあることは間違いない。

ぼくは当初、彼の名前や経緯などを詳しく書くつもりでいた。そうすることで、彼の失踪が一般の目に触れ、中国内外で批判の声が高まって、多少なりとも彼の解放につながるのではないかとも思ったからだ。だが、家族がそれを望まない限り、するわけにはいかない。家族だけでなく、彼の中国人の友人たちも一様に失踪について口を閉ざし、口々に「彼は問題ありません」と言うだけなのだ。

女性活動家拘束への抗議活動。声を大にせねば、ますます泣き寝入りせざるを得ない
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彼らが公表を望まないのは、彼の境遇を心配しているからだと思う。実際、ごく一部の著名な人を除けば、警察に拘束されても大々的に報道されることもなく、誰に注目されるかもわからない。だとしたら、公表などして警察を刺激するよりは黙っていた方がいいと家族たちが考えるのももっともなことだ。

だが、別の方面から考えてみた時、彼本人ははたして黙ったままでいたいのかの疑問は残る。ぼくが知る彼は自由や民主をこよなく愛する研究者であり、中国で民主主義や言論の自由が実現することを切に願っている人物なのだ。そのような人は、自らが失踪状態にあることについて、どのように考えるのだろうか?

一般的に、お金を盗まれたまま黙り続ける人は大変少ない。また、家庭内や職場で性的暴力を受けた場合、その事実を公けにする女性は増えてきている。前近代的な社会において、人民は悲惨な自分の境遇を甘受せざるを得なかった。20年ほど前、外国の専門家はしばしば中国の一般庶民がよく使う言葉として「没ban法(仕方がない)」を挙げていたが、この言葉こそ、泣き寝入りせざるを得ない庶民の心情を反映している。だが、近年、「仕方がない」を彼らの口から耳にする機会は激減した。21世紀に入り、中国人の権利擁護意識が高まってきたこととも関係するだろう。

中国の警察が正当な法的根拠もなく公民を不自由な状態に置くことも立派な違法行為である。だが、そのような事態があるにもかかわらず、口を閉ざすのは、封建時代、虐待を受けながらも泣き寝入りする昔の人民と同じ状態だとも言えよう。中国の政府や警察の暴力に対しては、私たち一般人は「仕方がない」と言うほかないのだろうか。

ノンフィクション作家

1966年福岡県生まれ。東京大学国文科在学中に中国・ハルビンで出稼ぎ労働者と交流。以来、中国に通い、草の根の最前線を伝える。2013年に『中国の草の根を探して』で「第1回潮アジア・太平洋ノンフィクション賞」を受賞。また、東アジアの市民交流のためのNPO「AsiaCommons亜洲市民之道」を運営している。主な著書に『北京芸術村:抵抗と自由の日々』(社会評論社)、『旅の指さし会話帳:中国』(情報センター出版局)、『こころ熱く武骨でうざったい中国』(情報センター出版局)、『反日、暴動、バブル:新聞・テレビが報じない中国』(光文社新書)、『中国人は日本人を本当はどう見ているのか?』(宝島社新書)。

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