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習近平の大弾圧政策は失敗だった:中国を見つめ直す(11)

麻生晴一郎ノンフィクション作家

最近、「中国維権動態」という市民活動家への弾圧を伝えるニュース記事を翻訳する機会があるが、毎度のように筆者の知り合いが登場し、あらためて今の大弾圧のすさまじさを感じさせる。たとえば、こんな出来事がえんえんと続いているのである。

2016年4月13日から15日にかけ、「413無錫大捕物事件」で捕まった15人の人権活動家のうち9人が釈放され、4月15日時点で6人が刑事拘束を受けている。このうち4月13日に捕まり、無錫第一看守所にいる沈愛斌は「622黒監獄脱出事件」(622劫黒監獄案。2013年6月22日、無錫市内のホテルで地元政府に監禁されていた陳情者5人を人権活動家らが救出した事件)により1年9ヵ月の刑を受けた上に党籍と公務も剥奪された。2016年2月4日に沈愛斌は釈放されたが、その後も判決が不当だと訴え続けており、今回の一斉連行は彼らの活発な陳情行動を防ぐ狙いがあったと見られる。

こうしたニュースを目にすると、中国で現地政府や警察の傍若無人ぶりを感じ、不当に拘束された人に同情したくなる。しかし、同時に次のような疑問も禁じ得ない。すなわち、これだけ政府や警察が庶民に恐怖を与え続けているのに、なぜ訴えを起こしたり抵抗する人が減らないのかとの疑問である。隣の北朝鮮とは異なり、中国では、大々的な弾圧政策を実施しても、抵抗の声はむしろ増えているとさえ言えるのである。それはなぜなのか?

人権問題に取り組んできた李和平弁護士。昨年7月9日以来、拘束が続いている
人権問題に取り組んできた李和平弁護士。昨年7月9日以来、拘束が続いている

市民活動家たちの側に立てば、大弾圧にめげないのは中国の公民に勇気や粘り強さがあるからだし、いかに危険でも起ち上がらざるを得ないほどに庶民が追いつめられ、あるいは政府・警察の理不尽さが深刻だとの見方もできよう。だが、一方で政府の側に立ってみるとしたら、抵抗の声がむしろ増えているのは、習近平の弾圧政策が今の中国にふさわしくないからだと結論付けざるを得ない。

一般に、政府はある目的で政策を打ち出し、それに関係機関や民間が従い、一定の効果が生じる。効果がなければ政策をあらためる。今の弾圧政策で言えば、目的は習近平を中心とした独裁体制の安定化にあるはずで、かくなる目的で方針が打ち出され、関係機関である警察がしかと実施している。しかし、上述の人権案件などを見る限り、たんに国内外に負のイメージを振りまいているだけで効果はいっこうに上がっていない。人道主義・民主主義の理念や独裁体制の是非などとは関係なしに、経済政策なら直ちに方針転換せざるを得ない失敗である。

もう1つ、「大弾圧VS抵抗」が頻繁に繰り返されることで、中国政府はますます公共機関たりえず、たんなる国の中の一機関でしかないことを露呈してもいる。すなわち、暴力という手段が、党を上に位置づけた上での法治化の完成というおそらくこの政権が進めたい野望の1つを自ら打ち砕いているのだとも言える。

ノンフィクション作家

1966年福岡県生まれ。東京大学国文科在学中に中国・ハルビンで出稼ぎ労働者と交流。以来、中国に通い、草の根の最前線を伝える。2013年に『中国の草の根を探して』で「第1回潮アジア・太平洋ノンフィクション賞」を受賞。また、東アジアの市民交流のためのNPO「AsiaCommons亜洲市民之道」を運営している。主な著書に『北京芸術村:抵抗と自由の日々』(社会評論社)、『旅の指さし会話帳:中国』(情報センター出版局)、『こころ熱く武骨でうざったい中国』(情報センター出版局)、『反日、暴動、バブル:新聞・テレビが報じない中国』(光文社新書)、『中国人は日本人を本当はどう見ているのか?』(宝島社新書)。

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