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100%号泣保証。小さいけれど何にも変えられない幸せを、ぶっ壊すのは差別と偏見。

渥美志保映画ライター

お久しぶりです、渥美です~。いやもう忙しくて・・・とか言いながらサボってましたねえ。ありますねえ、人間だもの。でもサボってる場合か!という作品を発見しちゃったので、書きました。てかこの作品応援しなきゃ、映画ライターとしてダメだろ!という作品『'''チョコレートドーナツ'''』を、今回はご紹介します。ゲイのカップルとその養子の物語は、かわいくて幸せで、涙枯れ果てたカピカピタイプの私がマジ号泣。こんなに泣いたら肌の水分取られてヤバいんじゃないかってくらい、ハンカチレベルじゃなくてタオルレベルですから!そういうわけで水分補給しまくって、ご紹介いってみましょう。

まずは物語。

ゲイクラブのシンガー、ルディと、ある晩店に入ってきたポールはお互いに一目惚れ。検事として公職につくポールは隠れゲイですが、ゲイをオープンに生きるルディの強さと優しさにどんどん惹かれてゆきます。そのきっかけとなるのが、ルディの隣室に住む少年、ドーナツが大好きなマルコ。麻薬中毒の母親に完全に育児をネグレクトされていた彼がダウン症であることを知り、見過ごすことができなくなったルディはポールに相談するのです。

「ジャンキーの母親も他の子と違うことも、マルコが望んだことじゃない。なのになんでこんなに苦しまなきゃいけないの」。

ポールは法的条件をクリアすべく奔走、苦労の末に3人は晴れて家族として一緒に暮らし始めます。

映画は3人の愛情に胸がぎゅっとなる場面だらけ。

例えば学校に通い始めたマルコが“おゆうぎ会”で国歌をたどたどしく、一生懸命歌う場面。ルディとポールが心配そうに見つめる中、歌い終えたマルコがちょっと緊張した面持ちで顔を上げ、ふたりのほうを見ます。笑顔で涙ぐむルディが拍手をすると、それを見て安心したマルコも満面のビッグスマイル。私は子供を持った経験はありませんが、それでも「最初はおしゃべりすら上手に出来なかったマルコが……」と、母親とは言わないまでも、親戚のオバちゃんくらいの気持ちでウルウルしてしまいました。こういう小さな幸せの瞬間って、どんな親子でもありますよね。3人のことを誰も“普通”とは言ってくれないけれど、その愛情は周囲と何ひとつ変わりません

誰かに慈しまれた経験のないマルコが、子供ながらに自分の感情を抑えているのも、ものすごーく切ない。気にかけてくれるルディに「一緒にいてもいい?」と聞くのも少しコワゴワだし、「分からない」という答えにも笑顔。相手を困らせたくないから、泣かないんです。そんなマルコがふたりに愛されて、生き生きとした感情を取り戻していきます。ついに実現した3人の生活で、ポールが用意したおもちゃがいっぱいの棚を前に、堰を切ったように泣き出し「ごめんなさい」という場面なんて、思い出しただけで鼻の奥のほうがツーンとします~。そのはんぱない破壊力、全観客の涙腺完全崩壊。断言しちゃうね!

ところが、時代は同性愛への偏見と差別が渦巻く70年代

その現実を承知の“隠れゲイ”のポールは「ルディはいとこ」と言い続けますが、やがて事実は露見。行政は「ゲイが子育てとかありえん!」とマルコを取り上げ、ふたりはその決定を覆そうと訴訟を起こすのです。3人は誰にも迷惑をかけずに幸せに暮らしていただけなのに、まったく関係のない部外者が攻撃しやすいルディを標的に、二人を責めたてます。子供の幸せを守るための法律は紋切り型の“普通”しか認めず、その法律を逆手にとる差別主義者は、“マルコを取上げること”でゲイであるルディを叩きのめそうとしているわけです。もはやマルコの幸せなんてそっちのけ。そこには知的障害児であるマルコへの無関心も透けて見えます。

私が大好きな古い映画に『トーチソング・トリロジー』という作品があるのですが、出会いと別れ、孤独と愛と家族を描いて、この作品の雰囲気とよく似ている気がします。主人公がゲイのクラブシンガーというのも同じ。きらびやかなショーの場面も見どころだし、ルディを演じるトニー賞受賞の俳優アラン・カミングの歌声も素晴らしい。映画の原題は『any day now』で、これはボブ・ディランの「I shall be released」の歌詞から取ったもの。ルディがこの曲を――「いつかきっと自由になれる」と歌うラストを、観客はどんなふうに感じるでしょうか。差別と偏見からは、孤独と憎しみしか生まれないのに、人間はいつまでもこの感情から自由になれません。70年代の話じゃない、今の日本でも普通に起こっている話ですよね。

最後に、誤解を恐れずに言うならば。

マルコの愛らしさは映画の本当に大きな魅力です。以前、ダウン症の甥っ子を溺愛していた友人が言っていた「ダウン症の子供はずっと天使のままなんだよ」という言葉を思い出しました。実際、ダウン症の人は暴力や怒り、ビックリすることがすごく苦手だそうです。当初はマルコにはもっと過激なセリフがあったらしいのですが、演じるアイザック君が震えてしまって言えず、彼をもとにマルコのキャラクターを作り変えていったとか。もちろん現実はそんなきれいごとじゃない、本当にたくさんの苦労があると、お叱りをうけるかもしれません。先に謝ります、ごめんなさい。でもこの映画を見て、友人の言葉の一端が分かったような気がします。そしていつだってそういう存在が、社会のゆがみの最大の被害者になってしまうんです。

この映画を見た人の中で、何かが少しでも変わってくれるといいなあと思います。

『チョコレートドーナツ』

4月19日(土)より、シネスイッチ銀座ほか全国順次公開

映画ライター

TVドラマ脚本家を経てライターへ。映画、ドラマ、書籍を中心にカルチャー、社会全般のインタビュー、ライティング、コラムなどを手がける。mi-molle、ELLE Japon、Ginger、コスモポリタン日本版、現代ビジネス、デイリー新潮、女性の広場など、紙媒体、web媒体に幅広く執筆。特に韓国の映画、ドラマに多く取材し、釜山国際映画祭には20年以上足を運ぶ。韓国ドラマのポッドキャスト『ハマる韓ドラ』、著書に『大人もハマる韓国ドラマ 推しの50本』。お仕事の依頼は、フェイスブックまでご連絡下さい。

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