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1989年、ワシントン近郊で起きたエボラのアウトブレイク(前編)

渥美志保映画ライター

今、世界を恐怖に陥れているエボラ出血熱。マスコミを通じて入ってくる情報は「**で感染による初めての死者が出た」「治療に当たる医療スタッフの疲労がピークに達している」「埋葬の習慣により感染が拡大している」などありますが、いくつかのパターンの情報が繰り返されるばかりで、現地の本当の姿は見えてきません。エボラに感染するとどうなるのか、感染地域はどんな状況なのか、人々はどんなふうに闘っているのか、そして人類に勝ち目はあるのか。今回はそんな問いのいくつかに答えてくれるに違いない本『ホットゾーン 「エボラ出血熱」制圧に命を懸けた人々』(リチャード・プレストン著)をご紹介したいと思います。

『ホットゾーン 「エボラ出血熱」制圧に命を懸けた人々』 \1300(税抜)
『ホットゾーン 「エボラ出血熱」制圧に命を懸けた人々』 \1300(税抜)

●エボラ出血熱に感染するとどうなるのか?

本の前半は、1960年代以降、エボラ・ウィルスがアフリカで引き起こしたいくつかのアウトブレイクについてレポートしてゆきます。1980年のケニアでの流行の最初の患者、シャルル・モネ(仮名)が感染し発病し、死に至るまでの数日を描く冒頭は、一度読んだら決して忘れられません。感染して(おそらく)7日目に始まった頭痛、眼球の奥のうずくような痛み。その3日後に始まる嘔吐。生き生きとした表情が失われ、瞼が垂れ下がり、眼球は血走り、全体に黄ばんだ皮膚には赤い斑点が現れ始め、精神不安定になってふさぎ込み、「一言でいえば、彼はゾンビに似てきたのである」と筆者は書いています。

地元の病院に行って原因がわからず、ナイロビの病院へ向かうために空港へ。そして35人乗り満席の飛行機の中で大きく咳き込んでは嘔吐を繰り返し、満杯になった汚物入れが今にも破れそうになる描写はたまりません。彼の体内でも似たようなことが起こっているのです。エボラ・ウィルスは「骨格と骨格筋を除くすべての組織を攻撃」し、血栓を作って臓器の壊死を引き起こし、破壊された血球は凝結せずに身体の穴という穴から流れ出します。ホラーの巨匠スティーブン・キングも「生まれてこの方読んだものの中で、最も怖いもののひとつ」というコメントを寄せています。

●他と違う、エボラ・ウィルスは独特なウィルス

ほかの多くのウィルスが丸型であるのと異なり、エボラ・ウィルスは独特な形のウィルス――遺伝子のリボ核酸=RNAそのままの形の紐状ウィルス=「フィロ・ウィルス」であること、そして発見されたものには特徴の異なるいくつかの「株」があることを、同書は書いています。ひとつは’67年のドイツで、ワクチン製造用に輸入されたアフリカ・ミドリザルから発見された、致死率25%の「マールブルグ」(シャルル・モネを殺したのはこのウィルスのようです)。’76年に「南スーダンの全人口をあわや全滅させるところまでいった」致死率50%の「エボラ・スーダン」。その約2か月後、500マイル西のザイール川(現コンゴ川)上流でいくつもの村落を全滅させた、致死率90%の「エボラ・ザイール」。エルゴン山、キタム洞窟、ビクトリア湖、コンゴ川支流のエボラ川……それぞれのエピソードに共通するいくつかの地名は登場しますが、エボラ・ウィルスがどこからきたか、感染源である本来の宿主は何なのかは、いまだ知られていないようです。さまざまな猿、昆虫、病気の小鳥、蝙蝠の糞、レイヨウの肉……感染者がふれたものすべてが怪しく思え、その地に暮らす人たちの恐怖はどれほどのものか、胸が痛くなります。

さてこのエボラ・ウィルス、1989年のワシントン近郊でアウトブレイクしていたことはご存知でしょうか。次回は本書の後半で描かれるその顛末について書きたいと思います。

映画ライター

TVドラマ脚本家を経てライターへ。映画、ドラマ、書籍を中心にカルチャー、社会全般のインタビュー、ライティング、コラムなどを手がける。mi-molle、ELLE Japon、Ginger、コスモポリタン日本版、現代ビジネス、デイリー新潮、女性の広場など、紙媒体、web媒体に幅広く執筆。特に韓国の映画、ドラマに多く取材し、釜山国際映画祭には20年以上足を運ぶ。韓国ドラマのポッドキャスト『ハマる韓ドラ』、著書に『大人もハマる韓国ドラマ 推しの50本』。お仕事の依頼は、フェイスブックまでご連絡下さい。

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