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王宮の権力闘争に、焼き尽くされた男の恋心

渥美志保映画ライター

さて今回は11月のおすすめ映画の中の1本目、韓国映画『尚衣院 サンイウォン』をご紹介します。

韓国映画やドラマの中で私が一番好きなのは時代劇、中でも王宮を舞台にしたものは抜群にドラマティックで面白いなーと思います。なんでかいうたら、王と王妃とか、王妃と側室とか、嫁姑とか、王と朝廷、あっち派閥とこっち派閥とか、文人と軍人と宦官とか、もうなにがなんやらわからなんくらい無数の対立軸があって、みんなして金と権力と愛を奪い合ってるからなんですねー。さてそんな恐ろしい場所に放り込まれ、翻弄される無邪気な天才仕立て師(イケメン)の運命は!ってことでいってみましょう。

天才職人のドルソクと、天才デザイナーのゴンジン
天才職人のドルソクと、天才デザイナーのゴンジン

まずは物語。舞台は李朝朝鮮時代の王宮。王族の衣服を作る部署「尚衣院(サンイウォン)」の長ドルソクは、その技術の高さから両班(貴族階級)の位を与えられ、三代の王に仕えることとなった最高の仕立て職人です。物語はその彼が仕立てた王衣に、王妃が誤ってコゲを作ってしまうことから始まります。困り果てたその状況を救ったのが、都で評判の腕のいい仕立て師ゴンジン。町で気ままに妓生の服を作っていたゴンジンですが、美しい王妃に頼まれてポワワーンとなり、王妃たっての頼みで尚衣院で働き始めます。無邪気なタイプです。当初はゴンジンを物の数にも考えていなかったドルソクでしたが、「王妃さま、こんなん着たら可愛いかも」とゴンジンが次々作り出す最新モードが王宮の話題をさらい、やがてゴンジンに仕立てを頼んだ女官たちが次々と王様の目に留まるなーんて事態も起こり始め、さらに王がゴンジンの仕立てた服に興味を持ち始めるに至り、じわじわと黒い感情に蝕まれてゆくのです~。

可愛い妓生たちに囲まれ、「つーか地位とか権力に興味ないんでー」と笑うゴンジンさん
可愛い妓生たちに囲まれ、「つーか地位とか権力に興味ないんでー」と笑うゴンジンさん

この映画の面白さは、なんつったって舞台が王宮であること。金と権力を巡る欲望や嫉妬が渦巻き、ほとんどメンバー入れ替えがないがゆえに、それがすぐに煮詰まってしまうというせまーい世界です。例えば王様。彼は兄である先王にとことん苛められ「権力を持つものと持たぬものの差」を嫌というほどを叩き込まれていますが、いざ自分が王になっても朝廷は自分を軽視するばかりで何も思い通りにならず、心に暗い鬱屈をため込んでいます。またその兄の嫌がらせのせいで、結婚前は愛していた王妃への思いも歪んでしまい、結果王妃は孤独を深めています。一方、王の寵愛を一身に受ける側室は王と対立する朝廷のエラい人の娘で王妃への敵意もむき出し、隙あらばとって代わろうと王妃の座を虎視眈々と狙っています

そんな中で働く尚衣院の長ドルソクは、本来はただ服作りが大好きな純粋な職人だったわけです。例えば王女の服作りに夢中になっているゴンジンが、「ここに刺繍を入れたいんだけど、刺繍ならばあなたがこの国で一番だから」と頼みに来る場面、そう言われて針を取るドルソクの無邪気に嬉しそうなこと。演じるハン・ソッキュは複雑な思いを乗せた曖昧な表情が本当に上手なんですが、「そうかな、そうだよね」っていう感じの、少し照れたような誇らしげな笑顔がすごーくいい。

気持ちええなあ。ほんとっすね。
気持ちええなあ。ほんとっすね。

藍色に染めた布地はためく物干し場で一仕事終えた二人が言葉もなくくつろぐ姿には、2人の最高の職人が「服作りって楽しい」という気持ちで、言葉もなく繋がったことが感じられます。ふたりの不幸は王宮で出会ってしまったこと。「俺が生き残るために、お前には死んでもらうぜ」って思考回路しかないゴジラvsキングギドラ級の肉食系権力闘争の中で、ドルソクの嫉妬は煽られてゆくわけです。

この映画を見て最初に思い出したのは、30年ほど前(古っ!)にアカデミー賞8部門を受賞した『アマデウス』という作品です。アマデウスはもちろん天才音楽家モーツアルトのことですが、主人公は彼を見つめ続けるおっさん、神聖ローマ帝国の宮廷楽長だったアントニオ・サリエリ。当時のヨーロッパ楽壇の頂点にいた男は、アマデウスの才能を妬み「早いとこ潰しとかないと」と策謀を巡らします。自分が苦労してやっと手に入れた地位と権力を、いとも簡単に手に入れられる男。さらに言えば男がそれを屁とも思っていないことも我慢なりません。その一方でサリエリは、アマデウスの作り出す旋律を愛さずにはいられず、それが最高のものだと分かるからこそ憎しみはさらに強くなってゆきます。

ドルソクの思考回路はこれとまったく同じなのですが、サリエリよりも憐れなのは、ドルソクとゴンジンには確実に心を通わせた瞬間があること。ゴンジンはアマデウスよりずっといい奴で、だからこそドルソクはより愛憎に引き裂かれてゆくわけです。ハン・ソッキュ、ほんと鬼気迫る演技です。

夫ではない男性の前で、ワタクシが下着姿になるなんて……的なパク・シネちゃん
夫ではない男性の前で、ワタクシが下着姿になるなんて……的なパク・シネちゃん

こうしたドロドロの世界にもちゃーんと純愛を盛り込むところが、韓国映画のサービス精神満点なところ。王妃を「この世の誰よりも輝かせてみせます」と尽くしてくれるゴンジンは、いつしか孤独な王妃の心のよりどころとなってゆきます。ゴンジン役のコ・スと王妃役のパク・シネが唯一触れ合う服の採寸の場面がすごーく美しいのですが、夫婦でない男女(それも女は王妃)が指先すら触れ合うことのなかった時代の奥ゆかしさと相まってドキドキの場面になっています。でもってこのプラトニックな恋心が新たな嫉妬を生み、悲劇をさらに深めることになることは言うまでもありません。ラスト号泣。可哀想すぎる。

仕立て師の話、それも王族の服を作っているわけですから、衣装の美しさもすごく大きな見どころです。韓国らしい華やかな色彩感覚、艶やかな絹の光沢、オーガンジーなど薄物の可憐さ、きらびやかな金糸銀糸の刺繍にビーズやパール……きれいなものが大好きな女子がうっとりできるものが、場面の中にあふれかえっています。てか言うのが遅すぎるけど、ゴンジン役のコ・スのイケメンぶりも見どころ。ぜひぜひお楽しみくださいませ!

『尚衣院 サンイウォン』

11月7日(土)公開

(C)2014 WAW PICTURES All Rights Reserved

映画ライター

TVドラマ脚本家を経てライターへ。映画、ドラマ、書籍を中心にカルチャー、社会全般のインタビュー、ライティング、コラムなどを手がける。mi-molle、ELLE Japon、Ginger、コスモポリタン日本版、現代ビジネス、デイリー新潮、女性の広場など、紙媒体、web媒体に幅広く執筆。特に韓国の映画、ドラマに多く取材し、釜山国際映画祭には20年以上足を運ぶ。韓国ドラマのポッドキャスト『ハマる韓ドラ』、著書に『大人もハマる韓国ドラマ 推しの50本』。お仕事の依頼は、フェイスブックまでご連絡下さい。

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