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戦争に美学を求め、「自分の命を懸けてもかまわない」という作品に熱狂する観客は、確実に増えている。

渥美志保映画ライター
大絶賛された昨年のベネチア映画祭。両脇は出演のリリー・フランキーと中村達也(写真:ロイター/アフロ)

戦後70周年の昨年の夏に公開され、大きな話題を呼んだ『野火』。

太平洋戦争の激戦地フィリピン・レイテ島で、劣勢を強いられてジャングルに追い込まれ、極限の飢餓状態に陥った日本兵たちに何が起こったか――大岡昇平の原作小説『野火』の衝撃をそのままに作られたこの作品は、これまでの戦争映画と全く異なる「戦争」の実態を描き、見終わった後にガツンと一発頭を殴られたような感覚を覚えます。

今回は、今週から全国で始まるアンコール上映に併せて、その監督、塚本晋也さんのインタビューをお届けします!

原作を高校生の頃に読んで以来、いつかは自分で映画化したいと思い続けてきたという塚本さん。

レイテ島の生存者に取材し、現地にも何度も足を運んだ彼が感じた、現代にもつながる戦争の真実とは、いったいどんなものなのでしょうか?

「レイテ島の戦い」とはどんな戦いだったのでしょうか?

フィリピンを巡る戦いは太平洋戦争の末期、沖縄上陸戦の前くらいで、ここを守り抜けば希望が見えてくる、取られたらマズいという、ある種の分水嶺だったようで、レイテ島はその決戦の地です。

もとはアメリカが統治していた場所で、日本軍が太平洋に進撃する中で一度は支配したのですが、マッカーサーが戻って巻き返し、めちゃくちゃに負けはじめ、山奥にどんどん追い込まれていったといいます。

約8万4000人投入されて、映画でも触れられているセブ島に退避できたのは800人ほどだったと。

そのくらいの負けっぷりです。でも戦闘よりも飢餓で死んだ人のほうが多かったと聞きます。当初は太平洋戦争の戦闘を幅広く調べようと思っていたのですが、あまりに果てしなくて。結局はレイテ島の戦闘を点で把握し、インタビューもレイテ島の生存者に深く聞くことにして、レイテ島の遺骨収集にご一緒したりしました。それによって、普遍的なものが浮かび上がるのではないかと。

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レイテ島の生存者はどのように見つけたのですか?

厚生省で遺骨収集のプロジェクトをやっていることを知り、その中心人物に聞くのが話が早いと思い、連絡をとりました。そこで出会ったのが、元海軍兵曹長で、フィリピン戦線の生存者として戦友たちの遺骨収集事業に携わっていた寺嶋芳彦さんです。寺嶋さんは「何が起こったのか伝えなければ」という意識を強く持っている方で、うわべからは到底わからないことを語ってくれました。

当時、まだ歴史などの知識が追い付いていなかった僕の頭にこびりついたのは、状況のあまりの悲惨さです。飢餓状態の寺嶋さんご自身の写真を含む残された写真を拝見しながらお聞きした体験談は、映画にうまく乗せることができないほどにすさまじいものでした。

例えば、飢餓状態が極まり、本来なら死体にしかつかない蛆が自分の身体からわいてくる、頭が朦朧とした状態で、その蛆を食べてしまうとか……そういう、ちょっと考えられない話だらけで。

ただその時に受けた印象――人間がタダの肉の塊になってしまうという感覚を、作品にできればなと思いました。

お話は何人くらいにうかがったんですか?

ご存命の方は少なく、寺嶋さんとともに遺骨収集に加わっていた方、10名くらいだと思います。でも誰もが「伝えなければ」と思っていたワケではありません。お約束を取り付けて、寺嶋さんと一緒に出掛けて行ったのにご不在で、いつまで待ってもお戻りにならないということもありました。ようやく腹を割って話していただけたのは、遺骨収集にご一緒したときです。「人を食うこと」については誰もが言葉少なでしたが、ニュアンスとしては、もうそれは普通のことだったんだな、という印象を受けました。

小説『野火』を映画化したいと思った理由は?

小説『野火』は、「戦争に行くとこんな気分になる」ということを、主人公の主観的な打ち明け話のようなリアルさで描いた作品なのですが、行く先には「死」しかない兵士が、最後の最後の瞬間までずーっと美しい自然の中を歩いているんです。その至福や恍惚が、妙に自分の感覚にしっくりときて。ただ「戦争は嫌だ」と訴えるだけではないものが描けるのではないかと感じました。

実はフィリピンに10年前に行った時、太陽はさんさんと緑はりんりんとして、かつての悲劇が蒸発してしまったかのように感じたんです。でも本物の戦争だって、『プライベート・ライアン』みたいに画面のトーンが急に灰色になって始まるわけじゃない。輝く太陽の下で突然弾が飛んできて、あれ?なんで?と思う間に殺されてしまうものじゃないかと。うかうかしているうちに「青天の霹靂」的に始まって、渋谷の交差点が死体の山になってもおかしくない、といったようなものだと思います。

映画化に長い時間がかかった理由はなんでしょう?

大事な企画だったので、自主映画ではなくちゃんとしたスケールで自分の全スタッフを投入して、フィリピンで撮りたかったんです。普遍的で重要な作品だし出資者もきっと見つかると信じていたんですが……。当初はそうした資金の問題が一番でした。

でも10年くらい前から、それとは違うものを感じ始めたんです。それは日本軍がボロ負けしている映画に対する世の中の抵抗感です。プロデューサーや観客が戦争に美学を求め、「自分の命を懸けてもかまわない」という作品に熱狂するようになっている気がしました。そうした空気は今ではより濃厚になっていると感じます。

私は新聞などを熱心に読むタイプではないのですが、それでも世の中の空気が戦争にどんどん傾き、暗黙の了解としてそのことに異を唱えない、そういう空気を嫌でも感じてしまいます。そういう流れで経済的に潤う大きなシステムが、なんとなく嫌だなと思っている人たちを言外に恫喝しているような。「映画『1984』みたい」と言えばオーバーに聞こえるかもしれないけれど、過剰反応していないと拮抗しえない、ずるずるいっちゃいそうな気がして。

『野火』を撮りたかった理由は、当初は「とにかく戦争は嫌だ」という、昭和世代としてはごく当たり前の感覚でしたが、その意義は、ここ10年ですごく変わった部分もあるかもしれません。

影響を受けた戦争映画などはありますか?

フランシス・コッポラ監督がベトナム戦争を描いた『地獄の黙示録』です。「ヒーローが活躍して大変な任務を遂行する」という従来の戦争映画とはまったく異なる、不朽の名作だと思います。ロバート・デュバルが演じる大佐が、ジャングルの奥の川に爆撃で波を起こしてサーフィンしている、ああいうシーンが典型的な表現じゃない、戦争の狂気を描いて非常にリアルな気がします。音もすごい。メコン川を上る船の鉄板に、ジャングルの中から飛んできた弾丸が当たる、カンコンカンコンカンコンという音に、思わず身を捩りたくなるような、戦場に放り出されたような感じ。巨大な映像体験です。

『野火』で目指したのも、そうした戦場をリアルに感じられる映像体験のようなものでしょうか。

そうなるといいなと思いました。当初は映画の頭にわかりやすい形で、「第二次大戦後期、レイテ島の戦いで……」といったテロップを出すことも考えましたが、最終的にそれをやめ、主人公がなぜここにいて、これからどうなるのかわからない、不条理劇のような感じに作りました。

こだわったのは、敵の姿を一切描かないこと。そういう作品は単にヒロイズムを書きたいだけのように思うし、「自分たちは獰猛で邪悪な敵と戦い、苦難を乗り越えて栄誉を勝ち取る」という映画は子供のころから苦手なんです。『ロッキー』シリーズも大好きだったのですが、4作目で、ソ連の敵を相手に勝利したロッキーが、それまでさんざんなが殴り合っておいて、勝者の立場から「こんな戦いは実際にあってはならない。戦争をやめよう!」と宣言し、観客のロシア人が拍手する――というラストを見たときには、本当に頭を抱えました。

確かに映画『野火』を見ていると、主人公の本当の敵が何なのかわからなくなります。米軍なのか、飢餓なのか、自然なのか。隣に寝ている味方に殺される恐怖も描かれているし。

極限状態ではただ生きることだけだと、寺嶋さんはおっしゃっていました。生命力が残っている人は、動いているものは何でも食べる。牛がいれば滅多打ちにしてそれを食べるし、究極的には相手が人間でもそうなってしまう。

それは敵を殺すことも同じです。今の冷静な状態にあれば「人間を殺す」なんて当然したくないわけですが、実際の戦場では敵は撃ってくるし、「敵は鬼畜だ、殺しても構わない」というプロパガンダで向かわされてしまう。殺したその瞬間には恐ろしい興奮があるかもしれない。そのことがよしとされる世界ではむしろそれを好んでやる状態になってしまう人もいるのでしょうが、普通の生活に戻った時には恐ろしいトラウマになると思います。

主人公の田村が生還できた理由は、「踏ん切りの悪さ」では?何かといえば1テンポ出遅れて、そのせいで命拾いすることが多かった気がします。

田村はきっちり参加してないんですよね。原作もそうですが、状況に対して距離感があるというか。そこがたぶんよかったのだと思います。

戦争に行った方はみなさん、「死ぬのは嫌だけどそういうものだと思ってた」とおっしゃるんですね。でも田村はみながそう信じた時代に、「国のために自分がこんなところに来たのは非常に不本意だ」と淡々と描いています。その冷静な視線は、読んだ当時の自分につながったし、いつの時代でもずっとつながる大事なところであり、誰もが共感できるところだと思います。何かの目的のために作られた熱狂に浮かされず、一歩引いて見る目線は非常に必要なのかもしれません。

塚本晋也

1960年1月1日、東京都生まれ。14歳で初めて8ミリカメラを手にする。'87年「電柱小僧の冒険」でPFFグランプリ受賞。89年「鉄男」で劇場映画デビューと同時に、ローマ国際ファンタスティック映画祭グランプリ受賞。主な作品に、「東京フィスト」、「バレット・バレエ」、「双生児」「六月の蛇」「ヴィタール」「悪夢探偵」「KOTOKO」など。製作、監督、脚本、撮影、照明、美術、編集などすべてに関与して作りあげる作品は、国内、海外で数多くの賞を受賞。北野武監督作「HANA-BI」がグランプリを受賞した’97年にはベネチア映画祭で審査員をつとめ、'05年にも2度目の審査員としてベネチア映画祭に参加している。俳優としても活躍。監督作のほとんどに出演するほか、石井輝男、清水崇、利重剛、三池崇史、大谷健太郎、松尾スズキらの作品にも出演。出演最新作は『シン・ゴジラ』。

『野火』

公式サイト

(C)SHINYA TSUKAMOTO/KAIJYU THEATER

『野火』 戦後71年アンコール上映劇場は、以下の通り。

【関東地区】

東京(渋谷) ユーロスペース   8/15のみ

東京(立川) シネマシティ  8/13のみ

東京(池袋) 新文芸座   8/21のみ

神奈川(横浜) シネマ ジャック&ベティ 8/11のみ

神奈川(横浜) 横浜市西公会堂  8/20のみ

神奈川(厚木) アミューあつぎ映画.comシネマ 8/13~8/26

埼玉県(川越) 川越スカラ座  8/13~8/19

埼玉県(深谷) 深谷シネマ   8/21~8/27

千葉県(柏) キネマ旬報シアター   8/13~8/26

群馬(高崎) シネマテークたかさき  8/12~(未定)

【関西地区】 

愛知(名古屋) シネマスコーレ  8/15のみ

新潟(上越) 高田世界館   8/6~8/10

【関西地区】 

大阪(南) シネ・ヌーヴォX    8/6~8/19 

大阪(北) シアターセブン  8/13~8/26

京都  京都シネマ   9/10~9/16

兵庫  塚口サンサン劇場  8/6~8/19

兵庫  神戸朝日ホール  8/19~8/20

兵庫  豊岡劇場   9/10~9/16

愛媛  シネルナティック  8/23~

【九州地区】

熊本  Denkikan   8/18のみ

鹿児島 ガーデンズシネマ  8/17のみ

【東北地区】

宮城  フォーラム仙台   9/2~9/9

盛岡  フォーラム盛岡   9/2のみ

山形  フォーラム山形   9/3のみ

福島  フォーラム福島   9/3のみ

映画ライター

TVドラマ脚本家を経てライターへ。映画、ドラマ、書籍を中心にカルチャー、社会全般のインタビュー、ライティング、コラムなどを手がける。mi-molle、ELLE Japon、Ginger、コスモポリタン日本版、現代ビジネス、デイリー新潮、女性の広場など、紙媒体、web媒体に幅広く執筆。特に韓国の映画、ドラマに多く取材し、釜山国際映画祭には20年以上足を運ぶ。韓国ドラマのポッドキャスト『ハマる韓ドラ』、著書に『大人もハマる韓国ドラマ 推しの50本』。お仕事の依頼は、フェイスブックまでご連絡下さい。

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