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世の不条理と戦うことを止めてしまえば、世界は独裁者のものになってしまう

渥美志保映画ライター
(写真:ロイター/アフロ)

今回はフランスで大ヒットした社会派ドラマ『ティエリー・トグルドーの憂鬱』から、主演俳優ヴァンサン・ランドンさんのインタビューをお送りします。リビューはこちら!

フランスの映画賞セザール賞常連の名優であると同時に、出版社の創立者を叔父にもち、自身もジャーナリストの経歴を持つヴァンサンさん。ヨーロッパだけでなく日本でも深刻化する中高年の失業や、相対的貧困をテーマに、職探しをする父親を主人公に描き、昨年のカンヌ映画祭とセザール賞で主演男優をW受賞。カンヌ受賞時には「やっと自分の職業を息子に誇れる」とコメントして涙したヴァンサンさんの入魂の作品です。ということで、まずはこちらを!

この映画で得た出演料のほとんどを、製作費につぎ込んだそうですね。

シナリオを読み、物語がすごく気に入ったんです。私は世の中で起きていることを反映した映画が好きなんですが、この映画は今ある絶対的なリアルを描くと同時に、希望を与えることもできると考えましたし、こうした作品を通じて、私なりに政治に関わることができるのではないかと思っています。でも本当に低予算の作品でしたから、いつものようなギャラをもらうのではなく、そのほとんどを製作につぎ込んで映画を実現することになりました。

こうした社会派の作品は資金が集めにくいということですか?

そういうわけではありません。今回の作品にも、カナル・プリュス(制作会社)やアルテ(テレビ局)などの資金も入っていますし、その気になれば出資者を集めることはできたと思います。でもそういうことより、作品を作るうえでの自由を優先したということです。興行成績などを考えずに、自分たちが思うように映画を撮ることが大事だったんです。ある意味とても贅沢なやり方かもしれません。観客の支持が得られず、資金が戻らなくとも構わないという覚悟で作ったわけです。でも実際には想像を超えて、映画は大ヒットしたんですけれどね。

ご自身はブルジョワの家庭に生まれ、フランスでも多くの賞を獲得している名優で、ご自身が失業する実感はないのでは?

脚があって普通に歩くことのできる人間だって、車椅子に興味を持つものです。たしかにブルジョワでありスターであれば娯楽作に出て大きな報酬を得ることもできるでしょうが、私は自分の大義のために身銭を切って作る作品を選んでいるつもりです。アラン・カヴァリエ監督の『パテール』、フィリップ・リオネ監督の『君を思って海を行く』、そして今回のような作品を。

映画の仕事において最近ますます感じていることは、芸術一般の中でも特に映画は、「人々の意識を呼び覚ます最も素晴らしい手段である」ということです。こうした映画を作ることで、微力ながら世界をいい方向に向かわせることができるのではないかと思っているんです。

ヒットの理由は何だと思いますか?観客の反応や、それを受けて感じたことを教えてください。

おそらくこの作品のテーマに興味を持った方が多かったのでしょう。本当に残念なことですが、失業や雇用に関する問題は、フランスのみにとどまらない、普遍的な問題です。

こうした流れは全世界的で、ドイツやポーランド、スペイン、アメリカやロシア、日本でもそのうち深刻化すると思います。人口は増える一方なのに、機械化によって人間の仕事がどんどん奪われてゆく。でも職業や食料は十分にあるとは全く言えません。

現在、フランスの失業者はは450万人、これは全労働人口の7%です。スペインでは労働人口の25%、つまり4人に一人が失業者です。これは失業した本人のみならず、その家族や子供にも降りかかる問題です。報酬が得らえる仕事を失うのは、誰にとっても大きな苦悩です。対応に急務を要する問題だと思います。

登場人物はスーパーの店員もレジ係も、みんな本物の方たちだったそうですね。特に訓練所でティエリーの模擬面接のVTRを周囲の若者にケナされる場面など、ご自身が俳優としての演技を批判されているかのような、生の反応に見えました。

私自身は特に違いはなく、いつもと同じやり方で仕事に臨みました。でもおそらくいつもよりも、内容的に現実的であったかもしれません。面接のシーンはおっしゃるとおりです。私はあのシーンを、本当に自分が経験しているかのような――言ってみれば素人の俳優たちが、プロである私の演技を批判しているかのような感じで演じました。内容は俳優の演技についてではないのですが、みんなが俳優としての私の演技を批判して「なぜ自分でなく彼が演じているのか?」と異議を唱えている、そんなふうに自分の頭の中で置き換え、そういう場面を生きることになりました。

フランスではテロや移民など様々な問題が起こっていますが、これまでと何か変わってしまったと感じることはありますか?

もちろんあります。日本で地震が起きる前と後で「何か変わりましたか?」と聞かれているのと同じです。人生や文化がそのことによりひっくり返りました。事件の前と後では全然違います。

その変化とは、社会から寛容さが消えているということでは?本作品に関連付けて言えば、スーパーで店員が起こす小さな不正は、以前なら即解雇というほどの問題ではない気がします。

そうです。規則が増え、人口が増え、リスクが増え、公害が増え、暴力が増えています。決して私は批判的なスピーチをしたいわけではありません。私は人生を愛し、希望も持っています。今後を生きる若者にも、希望のある世界を生きてほしいと願っています。でも現実は、とても暴力的で、多くの手段を持たない人にとってはとても生きにくい、困難な時代だと思います。

映画のラストは、そうした不条理な社会システムの一部にならざるをえない男の小さなレジスタンスでしかない、無駄な抵抗にも思えました。この結末に、あなたは何か意義を見出したのでしょうか。

私はティエリーの決断が無駄だったとは決して思いません。この世から彼のような人間が消えてしまったら、その時こそ世界はおしまいです。独裁者が一方的に弱者をいじめるという社会になり、マーティン・ルーサー・キングも、ジャン・ムーラン(第二次大戦中の、フランスの対独レジスタンスの指導者)も、日本にいたに違いないそうした人たちも、現れないということになります。

ティエリーのような人間が、ひとり増え、ふたり増え、100人増え、1000人増えてこそ、世の不条理と戦っていくことができるんです。彼のような決断により人々を啓蒙し、そうした価値観を親から子供に引き継いでいくこと。それなくしては、世界が悪い方に向かうスピードを少しでも遅らせることはできません。初めから諦めてしまったらお終いです。

それがあなたがこの映画を作った「大義」なんですね。

そうです。この映画に限ったことではありません。周りを見て、助け合い、困っている人には手を差し伸べる。平凡に聞こえるかもしれませんが、それが唯一の方法だと思います。

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『ティエリー・トグルドーの憂鬱』公開中

公式サイト

映画ライター

TVドラマ脚本家を経てライターへ。映画、ドラマ、書籍を中心にカルチャー、社会全般のインタビュー、ライティング、コラムなどを手がける。mi-molle、ELLE Japon、Ginger、コスモポリタン日本版、現代ビジネス、デイリー新潮、女性の広場など、紙媒体、web媒体に幅広く執筆。特に韓国の映画、ドラマに多く取材し、釜山国際映画祭には20年以上足を運ぶ。韓国ドラマのポッドキャスト『ハマる韓ドラ』、著書に『大人もハマる韓国ドラマ 推しの50本』。お仕事の依頼は、フェイスブックまでご連絡下さい。

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