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拉致された韓国の人気映画監督は、金正日のために北朝鮮版『ゴジラ』を作った

渥美志保映画ライター
将軍様を中心に、左がシン・サンオク監督、右が女優チェ・ウニ

今回は本当にアゴが外れるほど驚いちゃう韓国のドキュメンタリー映画『将軍様、あなたのために映画を撮ります』をご紹介します。

映画が描くのは1978年に香港で相次いで起こった、韓国の人気女優&人気監督のカップルの失踪事件。その裏にあった真相はなんと、当時の北朝鮮の実質的No.1だった金正日の「北朝鮮で面白い映画を作りたい!」という熱烈な映画愛だったのです。その裏側、その真実にせまる物語は、ハラハラドキドキから人間の深淵まで、すべてがまるで映画そのもののような面白さです。ということでいってみましょう。

事件の主人公は、韓国で国民的女優と呼ばれたチェ・ウニ(崔銀姫)と、彼女の主演作で次々とヒットを飛ばした映画監督のシン・サンオク(申相玉)。60年代の韓国で一世を風靡し、国際的な名声も獲得したカップルです。53年に結婚したふたりは76年に離婚するのですが、子供もいたし、映画を通じた絆はあったのでしょう。78年に香港でチェ・ウニが謎の失踪をとげた後、シン・サンオクは必死で彼女を探し回り、彼もまた翌年に香港で姿を消します。次に彼らが現れたのは北朝鮮。同地で再会したふたりは、83年か86年までの3年間で、なんと17本もの北朝鮮映画を作ったのです。

ちなみに日本の東宝特撮チームが招かれて協力した北朝鮮版ゴジラ『プルガサリ 伝説の大怪獣』もその中の1本。中に入っているのはゴジラ俳優としておなじみの薩摩剣八郎さん、ということで、はい、こちら。

映画は78年のチェ・ウニ失踪から、ふたり揃って亡命する86年までの出来事とその裏側を、当事者チェ・ウニ、当時の在韓米国機関の諜報員、元米国務省の北朝鮮担当者などの証言をもとに克明に描いてゆきます。

これが映画化できたこと自体すごいけれど、特にすごいのはチェ・ウニが北朝鮮での監視をかいくぐって録音した様々な音源の中に金正日の肉声があること。国際政治的評価は、ここではさておき。私がおおおと思ったのは、その発言内容に見る金正日のパラノイア的映画愛です。曰く

「我が国の映画は登場人物が泣きゃいいと思ってる。新しいものが全然ないし(当たり前じゃん!と思ったけども)、南に比べて幼稚園レベル!映画祭に出品できるレベルの映画がない!崔部長の資料見たら南ではシン・サンオクっていう監督がすごいらしいけど、彼が自発的に北に来るように仕向けるにはどうすればいいと思う?」

というわけでその監督の元妻で敵国の国民的女優を拉致――っていう発想がもはや「007的」、荒唐無稽な娯楽系スパイ映画そのものですよね。この事件は言ってみれば、絶対的権力とうなるほどの資金を持つ「プロデューサー金正日劇場」なんですね。

金正日と連れ立ったチェ・ウニさん「生きるために人形になった」
金正日と連れ立ったチェ・ウニさん「生きるために人形になった」

その中で、監督と主演の両方を務めたのが、他でもないシン・サンオク監督です。本作を作ることができたのは、おそらく彼がすでに亡くなっているから。彼は韓国では今でも様々な憶測が飛び交っている人物で、その最たるものが「拉致じゃないんじゃないか疑惑」。つまり自ら北朝鮮に渡ったのではないかということです。というのも、失踪当時のシン・サンオクは朴正煕独裁政権下での映画製作の許可を取り消されていて、韓国内では映画を作れなかったんですね。ちなみにその原因は「反権力的主張」とかではなく、禁止されていたキスシーンを入れたから。

さてその真偽はさておき。収容所での5年間を経た彼は、やがて金正日のために「全盛期の60年代並みに」精力的に映画を撮り始め、中には金正日の思惑通り国外の映画祭に出品される作品も出てきます。そうした場に監視付きで登場するたびに、シン・サンオクは「北朝鮮は映画を撮るには理想的な国」と発言するわけですが、それが必ずしも「言わされている」わけではないのかも……と思える発言、場面も散見します。

いわゆる「クリエイター」の創作の原点を「自分の主張やテーマがあるから」と思っている人は多いと思いますが、私が仕事で取材した経験では、そういう人って実はすごく少ない気がします。特別な「テーマ」はなく、単に「作りたいから作る」人ばっかりなんですね。好奇心が創作意欲を刺激し、次々沸いてくるアイディアを形にしたくてたまらず、作品に仕上げるのが異常に早い。この映画を見て、シン・サンオク監督もそういうタイプだったのではと感じました。

そして思い出したのは、阿部公房の『砂の女』です。見知らぬ女に砂の底にある家に閉じ込められた男は、脱出と失敗を繰り返すものの、やがてその生活の中にうっかり楽しみを見つけてしまい、いつでも逃げられる環境が整った後も脱出を先延ばしにしてゆくという物語です。シン・サンオクはやがて気づいたはずです。金正日の絶大な信頼と使い放題の資金があれば、自分の望むどんな映像だって撮れる。『プルガサリ』なんてお金は使い放題で、北朝鮮軍も総動員です。そんな相手と簡単に袂を分かつことのできる「クリエイター」がいるでしょうか。

カメラを覗く将軍様、金正日
カメラを覗く将軍様、金正日

もちろん本当のところは全然わかりません。故郷を離れた異国の地で監視され、妻以外は誰も信用できない生活を望む人なんていないでしょう。でも彼にはそれとは別の「ゆらぎ」も感じられます。例えばシン・サンオクが「あいつ(俺に)全然惚れちゃってさ、裏切るわけにいかないんだよ」と語る肉声には、いわゆる拉致被害者の証言とは別のものが滲みます。

映画『大脱走』を再現した収容所からの脱走劇を繰り広げたシン・サンオクは、「“これを映画に撮る場合はどう撮るだろう”そういうことばっかり考えた」とも語っています。この映画を見た多くの人が一連の事件を「現実とは思えない。まるで映画みたい」と感じるのと同じように、当事者であるシン・サンオクの中でも現実と虚構は境界線を失っていたのかもしれません。

それはひとえに「まるで映画のような現実」の中で彼が自分自身を演出し、現実をより映画的なものへと導いていったから。もちろんその「まるで映画のような現実」を作ったのはもちろん金正日です。

つまりこれは、「面白い映画作ること」にのめり込んだふたりの男が、自分の人生を舞台に作りあげた「映画」の記録。奇妙な共犯関係、人間の不可解さ、クリエイターとはなんと因果な存在か。誰もが不思議な感慨を覚えるに違いありません。

『将軍様、あなたのために映画を撮ります』9月24日公開

(C)2016 Hellflower Film Ltd/the British Film Institute

映画ライター

TVドラマ脚本家を経てライターへ。映画、ドラマ、書籍を中心にカルチャー、社会全般のインタビュー、ライティング、コラムなどを手がける。mi-molle、ELLE Japon、Ginger、コスモポリタン日本版、現代ビジネス、デイリー新潮、女性の広場など、紙媒体、web媒体に幅広く執筆。特に韓国の映画、ドラマに多く取材し、釜山国際映画祭には20年以上足を運ぶ。韓国ドラマのポッドキャスト『ハマる韓ドラ』、著書に『大人もハマる韓国ドラマ 推しの50本』。お仕事の依頼は、フェイスブックまでご連絡下さい。

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