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ドナルド・トランプを当選させた現代社会に、独裁者が生まれやすい本当の理由

渥美志保映画ライター

今回は、ある架空の独裁者の少年時代を描いた『シークレット・オブ・モンスター』をご紹介します。この作品、あのドナルド・トランプの幼少時代を描いているわけではもちろんありませんが、大統領になってしまった背景=SNS社会である現代に独裁者が生まれやすい理由をズバッと言い得た、今こそ見るべき不穏な作品なんです~。

ということで、まずはBGM聞いてるだけで怖い、こちらをどうぞ!

さてまずは物語。1919年、第一次世界大戦の戦後処理としてパリ講和会議が始まります。主人公のプレスコットは(年齢は明かされませんが)せいぜい6~8歳の美少年で、この会議に参加するために赴任した国務次官の父親と、母親とともに、フランス、パリ郊外の屋敷に暮らしています。

第一次大戦についてザックリ教えてくれる序章から始まる映画は、少年プレスコットの日常を3章立てで描いてゆきます。多忙で不在がちの父親は権威主義的で、幼い息子の気持ちより体面が最優先。実は結婚も出産も望んでいなかった母親は、「僕より周りを愛しているの?」と尋ねるプレスコットを安心させる言葉をほとんど言ってくれず、フランスに来てからは彼の世話はばあやにほぼ任せきり。そうした、つまりはあんまり幸せとはいない日常の中で、プレスコットは鬱憤を貯め、癇癪を起こし、反抗的な子供に育ってゆきます。

でもこの映画が「不幸な子供時代が独裁者を育てる」と言っているかといえば、全然違うと私は思います。映画の最初、さまざまな騒動が起こる前に、プレスコットが見る悪夢には、後に独裁者となった時に政党本部(?)として使われる屋敷が登場しています。何もかも起こる前から、すでに独裁者の予兆を内在しているんですね。

さらに言えば、プレスコットの子供時代は――ムッソリーニの幼少時代をヒントに描かれているようですが――確かに幸せとは言い難いけれど、これくらいで独裁者が完成しちゃうとしたら、世界中独裁者だらけになってしまいます。プレスコット側の決定的な理由は明確に示されない、つまり「こうすれば独裁者にならない」という方法が見つからないことは、むしろこの映画の底寒さと言っていいかもしれません。

冷え冷えとした家族と、友人チャールズ(右)
冷え冷えとした家族と、友人チャールズ(右)

じゃあ映画が「独裁者が誕生する理由」を全く示していないかといえば、それも違うんですね。「もしやこれでは」と思わせる部分は、映画の冒頭。プレスコットの父親と、その友人でライターのチャールズの間で交わされる、「戦争が起こる理由と、聖書の中のピラトについて」の会話の中にあります。

「ピラト」とは、イエス・キリストを処刑した人物なのですが、聖書の中には「人々の要求に応えてやむを得ずイエスの処刑し、自分の政治生命を守った」という記述も残されています。でもってチャールズがこう言うんですね。

「悲劇は、ピラトが自分を欺いたことだけでなく、無数の民衆が自らを欺いたこと。これこそが戦争の悲劇だ。人は、一人で悪になる勇気はないが、大勢では善人になる勇気を持てない」。

これはヒトラーはもちろんなのですが、先のアメリカ大統領選で当選したドナルド・トランプにそのまんま言えることだし、現代の日本にもいくらでもある状況――マスコミの「忖度」や「いじめ」の構造などにも似ているかもしれません。人気=ポピュリズムで維持されている権力は、民衆の要求に応え続けることでしか維持できない。そして次第に大きくなるそうした民衆の声の中では、誰も異を唱えられなくなる。つまり独裁者は、その危険性を持つ個人だけでなく、冷静さを欠いた民衆とワンセットでないと誕生しない、ってことなんですね。

ロバート・パティンソン演じるチャールズ。この人の抱える驚きの秘密がラストで明らかに。
ロバート・パティンソン演じるチャールズ。この人の抱える驚きの秘密がラストで明らかに。

映画の下敷きとなった『一指導者の子供時代』の著者サルトルは、近代人が、代々受け継がれてきた地位や生き方を踏襲する伝統的社会から解放されて獲得した自由について書いていますが、同時にその自由は良くも悪くも、「他者の自由」という自分ではどうにもできない「不自由」と共生することであり、他者の目にさらされその評価の中で生きざるを得ないことも描いています。そういう中で自分を欺かずに生きていくことができるか。SNSやポピュリズムが支配する今の時代は、そういう意味では独裁者が生まれやすい時代と言えると思います。

じゃあ最初だけ見ればいいじゃん、ってことかといえば、これまた全然違います。見どころはやっぱり、プレスコットが変貌してゆく経過。特に冷ややかな母親とプレスコットの間で高まってゆく緊張感、不穏さからは目が離せません。

美少年!独裁者になっちゃうけども!
美少年!独裁者になっちゃうけども!

母親役のベレニス・ベジョは、オスカー作品『アーティスト』で売れない女優を陽気に演じていた人ですが、まるで別人。表情をほとんど崩さないのに、内部にはドロッとした黒い嫉妬の存在を感じさせ、自分では「愛情」と信じる「支配」でプレスコットの逃げ道をふさいでゆきます。そんな中で美しい外見と対照的な怪物性を帯びてゆくプレスコットは、時代が違えば独裁者にはならなかったかもしれないけれど、何かしら問題を抱えた大人になっていたんじゃないかなと思わせます。

ホントにすごい見ごたえ、まさにこのタイミングで見るにふさわしい作品だと思います。ぜひご覧くださいませ!

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戦争に美学を求め、「自分の命を懸けてもかまわない」という作品に熱狂する観客は、確実に増えている。

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『シークレット・オブ・モンスター』

(C)COAL MOVIE LIMITED 2015

映画ライター

TVドラマ脚本家を経てライターへ。映画、ドラマ、書籍を中心にカルチャー、社会全般のインタビュー、ライティング、コラムなどを手がける。mi-molle、ELLE Japon、Ginger、コスモポリタン日本版、現代ビジネス、デイリー新潮、女性の広場など、紙媒体、web媒体に幅広く執筆。特に韓国の映画、ドラマに多く取材し、釜山国際映画祭には20年以上足を運ぶ。韓国ドラマのポッドキャスト『ハマる韓ドラ』、著書に『大人もハマる韓国ドラマ 推しの50本』。お仕事の依頼は、フェイスブックまでご連絡下さい。

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