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格差社会であることが国にもたらすコスト

ブレイディみかこ在英保育士、ライター

格差の問題は「不平等」とか「イモラル」とかいう人道的な側面から議論されがちだ。が、貧富の差があまりにも広がり過ぎると、シビアに国家に損失をもたらすそうで、極端な格差社会であるために英国が払っている年間コストは390億ポンド(約6兆6000億円。英国の年間防衛費とほぼ同額らしい)になると英紙ガーディアンが伝えている。

この数字は、英国のシンクタンクEquality Trustが発表したもので、極端な格差社会であることで英国が被っている損失には、健康寿命の短縮化、メンタルヘルスの悪化、犯罪率の上昇などがあり、上記はそれらの損失を金銭に換算したものだという。

英国では、トップのスーパーリッチ層100人の資産の総計が、最下層1800万人(英国の人口の30%にあたる)の資産の総計と同じ金額になるそうだ。

ここまでエクストリームに上層と下層の貧富の差が広がると、それが一国の経済成長を滞らせる要因にもなるそうで、Equality Trustのダンカン・エクスリー代表は、米国のエコノミストたちは格差社会の経済的損失について真剣に議論するようになっているが、英国ではまだ深刻な問題として受け止められていないと主張する。

「とは言え、一般の人々は格差について語り合うようになってきた。貧困層は、賃金が全く上がらないだけでなく、緊縮財政によっても大きな打撃を受けている。その一方で、株式市場は上昇し、超富裕層の収入は天井知らずに増大している」と語るエクスリー代表は、“上層が潤えばそれがやがて下層にも回り、国民全体が潤うようになる”という、よく言われている説は現代にはあてはまらないと言う。

「格差社会は人間を野心的にし、成功するために努力させると言う人々もいるが、現代社会が生み出している雇用は将来性のないデッドエンド・ジョブばかりだ。どれも底辺の仕事であり、それらは一階建ての家のようなもので、登っていける上階がない」と同代表は指摘する。

つまり、最上層のスーパー・リッチたちは下から這い上がってくる野心旺盛な若者たちの脅威を感じることなくそこに君臨し続け、下層民はどんなに努力してもデッドエンドで貧窮するという、流動性のない沈滞した社会が現代ということになるが、社会がそれだけ暗く閉塞したものになると、そこに住んでいる人間の身体的・精神的健康は蝕まれる。健康寿命が短くなれば国家が負担する介護・医療費も増大するし、メンタルヘルス不全の国民が増えれば彼らが働けない間の生活補助や医療費もかかる。人心が荒廃して犯罪が増加しているために、実際にUKでは刑務所のベッドの数が足りないという状況になっており、満員御礼の刑務所にしても服役中の囚人たちは国が経済的な面倒を見ている。

Equality Trustの報告書によれば、格差社会の年間コストは英国国民1人あたり年間622ポンドになるそうで、全体では、健康寿命の短縮化による損失が125億ポンド、メンタルヘルスの悪化による損失が250億ポンド、服役囚の増加による損失が10億ポンド、殺人の増加による損失が6億7800万ポンドになるという。

「社会の格差を完全に無くさなくても状況は改善される。言い方を変えれば、英国における収入格差が少しで縮小できれば、財政が今より豊かになり、国民一人一人がより健康になり、UKがもっと快適に暮らせる国になる。英国にも、スウェーデンと同じぐらい格差の小さい国だった時代があった。しかし、ここ数年でそれは劇的に変化した」とEquality Trustのエクスリー代表は語っている。

昨年4月に消費者情報雑誌Whichが行った調査によれば、調査に参加した家庭の5件に1件が、「現在の収入では生計を立てることができない」とし、「食料を買うためにクレジットカードなどで借金をしている」と答えたらしい。こうした庶民の状況は「コスト・オブ・リビング・クライシス(生活費危機)」と呼ばれているが、その一方では大手銀行の幹部が数百万ポンドのボーナスを貰ったという記事が新聞紙面を飾る。

UKCES(UK Commission for Employment and Skills)によれば、英国の人口のわずか0.1%にあたるスーパーリッチ層が国民所得の約5%を稼いでいるそうだが、このままではこの数字は2030年には14%に上がっている見込みだという。

「エコノミストたちはすでに気づいている。政治家も格差社会の経済的コストについて認識すべきだ。格差ギャップを縮小する目標設定が必要だ」とEquality Trustのエクスリー代表は指摘する。

が、福祉担当大臣デイヴィッド・フロイト(ちなみに彼は精神分析学者ジグムント・フロイトの曾孫)は、こんな発言をして右派と言われるデイリー・メイル紙にさえ叩かれたばかりだ。

「行きたくてフードバンクに行く人はいないだろう。しかし、なぜ彼らがフードバンクに行くのかということは理解しがたい」

「あまりにも浮世離れしていてアホのレベル」「どこの国の大臣を務めているんだ」とツイッターが炎上したのは言うまでもない。

どこの国も、一番クライシスを実感していないのは政権を握っている人々のようだ。

在英保育士、ライター

1965年、福岡県福岡市生まれ。1996年から英国ブライトン在住。保育士、ライター。著書に『子どもたちの階級闘争』(みすず書房)、『いまモリッシーを聴くということ』(Pヴァイン)、『THIS IS JAPAN 英国保育士が見た日本』(太田出版)、『ヨーロッパ・コーリング 地べたからのポリティカル・レポート』(岩波書店)、『アナキズム・イン・ザ・UK - 壊れた英国とパンク保育士奮闘記』、『ザ・レフト─UK左翼セレブ列伝 』(ともにPヴァイン)。The Brady Blogの筆者。

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