Yahoo!ニュース

BBCが外注者にする質問:「あなたはゲイ?」「ご両親は生活保護受給者?」

ブレイディみかこ在英保育士、ライター

仕事をゲットするのに必要なのは本人の経験や実力だけではない。どうやら英国では性的指向や出自も重要なファクターになっているらしい。BBCとのフリーランス契約を希望する人は、アナウンサーからメイクさんまで全員が、「あなたはゲイですか?」、「子供の頃、給食代が無料でしたか(『ご両親は生活保護受給者でしたか?』のインダイレクトな表現)」といった質問が並ぶフォームに記入せねばならないという。

英紙デイリー・メイルによれば、問題のフォームは性的指向(ゲイ、レズビアン、バイセクシュアル、ストレートから選択)、宗教(クリスチャン、ユダヤ教、ヒンズー教、イスラム教、シーク教、仏教、無宗教、その他、から選択)、「あなたの親は大卒ですか?」などの質問で埋め尽くされており、これを見ただけでBBCに嫌気がさすフリーランサーもいるという。

BBC幹部はこのフォームを作成した理由につき、組織の多様性を促す目標を達成するためだと主張しているそうで、所謂DIVERSITY戦略の一環らしい。かくいうわたしも、むかし地方自治体運営の託児所の求人に応募した時、「あなたの人種は何ですか?」、「あなたの性的指向は何ですか?」みたいな質問だらけのフォームが先方から送付されてきたことがある。「なんでこんなの書かなきゃいけないの?」と配偶者に訊くと、彼は「おめえは書いたほうが有利。役所には、一定数のマイノリティーを雇わなきゃいけないノルマがあるから」と答えた。

そう思えばBBCも役所とやることは同じだが、BBCのフォームには「所有する株」や、「特定の政党や政治グループとの関係」に関する質問もあるらしい。また、フォームの記入作業は新たなフリーランス契約者への支払いシステムの一部になっているそうで、それまではフリーランサーたちは請求書をBBCに送付して報酬を受け取っていたのに、今後はオンラインで所定のサイトから請求を行わねばならず、その一部にこのフォームを埋める作業が組み込まれているという。つまり、「金が欲しければフォームを埋めろ」ということであり、「答えなければもう仕事がもらえないかも」と思わせる効果もある。が、フリーランスの人々にすれば、仕事が欲しいからといってこんな私的な情報までBBCに渡さねばならないのかという戸惑いもある筈だ。

「気が滅入るとかいうレベルを超えたシステム。お役所仕事もここまで来たらアホかというような質問が何ページも続く。あれは管理職の人間が上に言われてやっているだけ」と、あるフリーランサーは語っているが、BBCが当該システムを導入したのは、トニー・ホール会長が組織の人種的多様性推進の方向性を打ち出したからだ。「フォーム記入は強制ではありません。BBCに加わろうとする人々の経歴を理解するために作られたオプショナルななものです。BBCがUKの多様性を反映する組織になるために必要なのです」とBBC側は主張している。

つまり、白人エリート組織として批判されてきたBBCは、もっと少数民族や下層出身の人間を雇うために当該フォームを使用しているというのだが、2012年時点でのBBCのBME(黒人その他の少数民族)の雇用者数は全体の14.2%。その実態と目標値は部署ごとに異なり、例えばグローバル・ニュース部門では、全スタッフに対するBMEの割合は2012年の時点で45.5%で、2017年の達成目標は45.6%だ。が、ニュース部門となると、2012年時点でのBMEの数は11.3%であり、2017年までの達成目標は13.5%になっている。英国社会におけるエスニック・マイノリティーがらみの事件や話題の多さを鑑みると、随分と控えめな目標設定だ。ニュース部門に100人スタッフがいたとしたら、5年かけてあと2人雇えばほぼ目標は達成されることになる。現在UKで生まれている赤ん坊の3人に1人が外国人の親を持っているというリアリティーを鑑みれば、このBBCのターゲットには本気が感じられない。

が、BBCのDIVERSITY推進戦略資料には本気が感じられる数字もあった。100%とか75%とかいうターゲットが並んでいる目標項目もあるのだ。

「人事部スタッフの100%が職場の多様性に関する研修を受ける」

「管理職レベルの75%が多様性推進のための特定の目標を定める。(例:研修を受けるなど)」

BBCのDIVERSITY推進は、要するに「研修」レベルのものなのだろう。とりあえずやってるところを見せておけ、みたいな。言うまでもないが、研修で学ぶ多様性とストリートの現実とは別物だ。

BBCにおけるBME雇用者の割合の14.2%という数字にしても、その殆どは清掃員または警備員だという指摘もある。その一方でBBCは2020年までにテレビやラジオの出演者のBMEの割合を40%にまで引き上げるという壮大な多様性イメージ戦略を発表したばかりだ。

過剰なポリティカル・コレクトネスとレイシズムはどこか似ている。

在英保育士、ライター

1965年、福岡県福岡市生まれ。1996年から英国ブライトン在住。保育士、ライター。著書に『子どもたちの階級闘争』(みすず書房)、『いまモリッシーを聴くということ』(Pヴァイン)、『THIS IS JAPAN 英国保育士が見た日本』(太田出版)、『ヨーロッパ・コーリング 地べたからのポリティカル・レポート』(岩波書店)、『アナキズム・イン・ザ・UK - 壊れた英国とパンク保育士奮闘記』、『ザ・レフト─UK左翼セレブ列伝 』(ともにPヴァイン)。The Brady Blogの筆者。

ブレイディみかこの最近の記事