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海辺のジハーディスト

ブレイディみかこ在英保育士、ライター

米国によるシリア領内への空爆で死亡した最初のブリティッシュ・ジハーディストは、イブラヒム・カマラというブライトン出身の19歳の青年だった。

わたしが住むブライトンという英国南端の街は、UKのゲイ・キャピタルと呼ばれるほど同性愛者の人口が高く、アナキストが多いことでも知られ、英国で初めて(そして今でも唯一の)「みどりの党」の国会議員をウエストミンスターに送った街でもある。つまり、ウルトラ・リベラル。な土地と言われているのだが、その一方で、最近では「海辺のジハーディスト」の街などと呼ばれ始めている。

死亡したイブラヒム・カマラという青年については、ガーディアン紙やBBCなどあらゆる英国のメディアが取り上げた。

故人の写真を見ると、パーカーにキャップ、大ぶりのフレームの洒落た眼鏡をかけたラッパー風のルックスで、ファンキーなアフリカ系の黒人青年である。またこういう青年がなんで。と思うが、ブライトンからシリアに向かっている青年たちは、こういう感じの子が多いという。

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英紙デイリー・メイルがイブラヒムの母親のロングインタビューを掲載していた。

シエラレオネ出身の彼女は、難民としてオランダに受け入れられ、そこで知り合った難民の男性と一緒になって4人の息子を産む。しかし、夫婦関係が悪化し、ブライトンに住む友人を頼って英国に渡って来た。長男のイブラヒムが9歳の時だ。

「ウルトラ・リベラル」なブライトンは、最初はパラダイスに思えたという。外国人のシングルマザーを支援する施設も充実(eg.拙著に登場する「底辺託児所」参照)し、友人もたくさんできた。こうして彼女は地元コミュニティーでチャリティー・ショップを営むようになる。

しかし、市から斡旋された公営住宅地を転々とするうちに、地域のすべてがパラダイスではないことがわかってきた。圧倒的に白人が多い公営住宅地では激しいレイシズムを経験することになる。

「3軒の家族が私たちをターゲットにした。ひどい言葉で私たちを呼び、物置きを壊されたり、玄関の前に人間の排泄物を置かれたことがあった」

「25ポンドでイブラヒムをボコボコに殴れと雇われた男さえいた。警察に通報したが、まじめに取り合ってくれなかった。イブラヒムはここには馴染めなかった。もちろん、いい人たちもたくさんいる。でも、ここに受け入れられたと心から感じたことはなかった」

が、イブラヒムはレイシズムに激怒して暴力的になったり、ギャングの仲間入りをするようなタイプではなかった。ジョークをとばして周囲を笑わせる、マンチェスター・ユナイテッドとヒップホップが大好きな青年だったらしい。カレッジではコンピューター・プログラミングを学んでいた。しかし、そんな彼がある日ぷっつりとサッカーの試合結果を追わなくなり、夜明け前に起床してコーランを読み始めた。そして一人暮らしのベッドシットで何時間もPCに向かっていることが多くなったという。

遂に今年2月2日、イブラヒムの母親は運命の電話を受け取る。

「母ちゃん、僕、今シリアにいるんだ!」

彼女は無言で電話を切ったそうだ。そしてその足で警察に行き、我が子がシリアに行ったと通報した。

だが、イブラヒムの弟たちはフェイスブックで兄と連絡を取り続けた。彼女もそのうち気持ちをほだされ、イブラヒムに「愛しているから帰って来て」「バカなことをするのはやめて」と呼びかける。が、9月23日、イブラヒムの14歳の弟が、ブライトン出身の16歳の「海辺のジハーディスト」の1人から、フェイスブックで「おめでとう!」というメッセージを受け取る。

「おめでとう!君の兄は殉教者になった!」

次に家族が見たのは、袋から血と砂で汚れた顔を垂れたイブラヒムの死体の画像だった。

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イブラヒムの3人の弟たちは、「海辺のジハーディスト」たちを毛嫌いしているという。デイリー・メイル紙がイブラヒムの家に取材に行ったとき、彼の弟たちは友人たちと、イブラヒムがシリアに向かった理由についてディベートしていたらしい。が、非白人の少年ばかりが集まったディベートは、英国人の一般的な論調とはまったく違う方向に進んでいたという。

「アメリカがムスリムの国に爆弾を落として何千人もの人々を殺すと、それは戦争と呼ばれて、OKになる」

ある中東系の少年はそう言ったそうだ。

「だけど、ムスリムが一人の米国人や英国人を殺すと、それはテロリズムと呼ばれる」

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イブラヒムの死が報道されたとき、BBC2の『News Night』にブライトン出身のジハーディスト、アマー・デガイエスがシリアからのビデオリンクで出演していた。彼は「シリア空爆が続行されるなら、我々のジャブハット・ アル・ヌスラ(Jabhat Al-Nusra)もISISと共に戦う」と宣言した。

このアマーという青年は、グアンタナモに5年収容されて英国に戻って来たオマー・デガイエスの甥だ。オマーは収容中に米軍兵から拷問を受けて片目が見えなくなり、100万ポンドの賠償金を受け取ったことで有名になった。彼はその賠償金でブライトンのマリーナに高級マンションを購入しており、現在はリビア在住だが、ブライトンに残っている親戚縁者、特に若きジハーディストである甥たちと密接に繋がっていると言われている。彼は「海辺のジハーディスト」たちのヒーロー的存在だという。

イブラヒムも、今年初めにこの「ヒーロー」とフェイスブックを通じて知り合い、ジハードに関する動画を紹介されていたようだ。

「モスクではなかった。息子が洗脳されたのは、インターネットだった」

とイブラヒムの母親は言う。

「英国社会でのムスリムのストラグルを美しい栄光に変えるため、君も参加しろ。という誘惑がムスリムの少年たちを常に襲っている」

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この記事が妙に心に残ったのは、わたし自身が、無職者や難民、低額所得者たちの子供を無料で預かる慈善託児施設でヴォランティアしていた頃、ミニチュアのイブラヒムみたいな幼児やその母親たちと関わったからだろう。

そして、「ウルトラ・リベラル」と呼ばれる街にも、ポケットのようにレイシズムの温床である貧困地域が存在していることや、そこで非白系移民として暮らすことの意味を少しは知っているからだ。リベラルで風通しがいい場所ほど埃が集中してとことん汚くなる部分もあるというか、ブライトンにはそういうところがある。

それはまた、ヒューマン・ライツ先進国などというイメージを持たれがちなUK全体の姿でもあろう。リベラルな筈の社会に現実には受け入れらていない。という欧州的偽善が生んだ暗がりが海辺のジハーディストたちをシリアに向かわせている。などという乱暴なことを言うつもりはない。だが、何不自由ない家庭の子供たちがジハーディストになっているということだけを強調し、「退屈してたんじゃないの」みたいな結論で終わるのもかなり乱暴だ。わたしが知っていたミニチュアのイブラヒムたちがアウトサイダーとして成長して十代になり、「世の中なんてファックだぜ!」とヒップホップに熱中して、そこからいきなりジハーディストになる。というのは、感触としてあり得ない話ではないからだ。

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最近、テレビでニュースを見ていると、毎日のようにジハーディストの母親たちが出て来る。

「愛しています。お願いだから帰って来て」

シリアに向かった15歳の少女や、18歳の少年に、頭にヒジャブをつけたお母さんたちが呼びかけている。ブリティッシュ・ジハーディストたちは低年齢化し始めている。

「あの子は被害者です。洗脳されたのです」

と彼女たちは泣く。

そんな映像を見るのも、もはや英国では乾いた日常の光景の一つになってきた。

在英保育士、ライター

1965年、福岡県福岡市生まれ。1996年から英国ブライトン在住。保育士、ライター。著書に『子どもたちの階級闘争』(みすず書房)、『いまモリッシーを聴くということ』(Pヴァイン)、『THIS IS JAPAN 英国保育士が見た日本』(太田出版)、『ヨーロッパ・コーリング 地べたからのポリティカル・レポート』(岩波書店)、『アナキズム・イン・ザ・UK - 壊れた英国とパンク保育士奮闘記』、『ザ・レフト─UK左翼セレブ列伝 』(ともにPヴァイン)。The Brady Blogの筆者。

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