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地べたから見たグローバリズム:英国人がサンドウィッチを作らなくなる日

ブレイディみかこ在英保育士、ライター

サンドウィッチ工場を新設する英国の食品会社が、ハンガリーから従業員300人を連れて来るというニュースが英国内で物議を醸している。

UKのブルーカラーの職場が外国人に占領されつつあるという状況は今に始まったことではないので、なんで今さら。と思うのだが、そこで作られるものがサンドウィッチというのが今回の騒ぎの原因のようだ。英国人にとってサンドウィッチとは、日本のおにぎりのようなものである。食パンに具を挟んで三角形に切ったあの食べ物は、ケント州にあるサンドウィッチという地域の領主が好んで食べたことから名前がついた英国のソウルフードだ。日本人が「おにぎりの具は何が好き?」と語り合うように、英国人はサンドウィッチの具で議論する。

その英国人の魂とも言える食べ物を作る工場が外国人をリクルートして来ている。という話題にはやはり心情的にスルーできないものがあるらしく、BBCのディベート番組でも識者が真顔で議論していたが、「もはや英国人は早朝からサンドウィッチを作る仕事はできないレイジーな民族になった」「英国人は生活保護に甘やかされて労働をしなくなった」「サンドウィッチ作りのような仕事は自分の能力に劣ると考えているジョブ・スノッブが多い」等々、批判の矛先はいつものように下層の自国民に向けられる。

中でも保守系のデイリー・メイル紙は、「もう英国にはサンドウィッチを作れる人間は残っていないのか?」という見出しで議論を煽ったため、ツイッターには皮肉に溢れた投稿が殺到し、「デイリー・メイルは正しいよ」というコメントと共に食パンにゲームソフトを挟んだ写真を投稿している人や、「もう45分も子供のサンドウィッチを作ろうとしているんだけど」という書き込みと共に食パンの上にビールの缶とチョコレート・バーを載せた画像を投稿している人もいた。

そういえば数年前にもプレタ問題というのがあり、当時雇用相を務めていたクリス・グレイリングとロンドン市長ボリス・ジョンソンが、サンドウィッチ・ファーストフード・チェーンのプレタ・マンジェの店舗には外国人しか働いていないとして同チェーンを批判した。英国人の若者たちの失業率の高さが前代未聞のレベルに達している時に、外国人ばかり雇用せねばならぬ理由は何なのかと政府に問われたプレタ・マンジェは、こう説明した。

●外国人労働者のほうが良い教育を受けている

●仕事の覚えが早く、やる気がある(遅刻したり、病欠したりしない)

●残業を厭わず、フレキシブルに働く覚悟ができている

これらの事柄は、外国人労働者を好んで雇用する企業が一般的に主張することでもある。

政府から批判された後、プレタ・マンジェは英国人雇用プログラムを立ち上げた。が、英国人雇用者の割合は17%から20%に増えただけで、あまり成功しているとは言えない。ノーザンプトンに新設されるサンドウィッチ工場にしても、地元で閉鎖した工場の従業員たちを集めてリクルート・フェアを行ったりして、雇用省から突っ込まれないようにマニュアル通りのことはやっている。が、「サンドウィッチ作りは失業者たちが好んでしたいと思う仕事ではない」と人事担当者は説明する。

しかし、ぶっちゃけ、この工場が提示している時給はいくらなのだろう。

その時給がもっと高かったら、例えば、英国の若者が質素でも一人で部屋を借りてきちんと食べて光熱費を払える程度の金額だったら、サンドウィッチ作りをしたがる失業者は地元にもいるのではないだろうか。英国では、人間として生活するのに最低限必要な時給(Living Wage)は7ポンド85ペンス(ロンドンは9ポンド15ペンス)と言われているが、最低保証賃金(Minimum Wage)は時給6ポンド50ペンスだ。そしてサンドウィッチ工場のような場所は、わたしの職場同様、最低保証賃金に限りなく近い賃金で人々が働く職場なのである。

そもそも、外国人労働者は、英国では最低保証賃金に過ぎない金額でも、本国ではいい金額になるから出稼ぎに来る。彼らは外国人同士で部屋をシェアし、稼ぐだけ稼いで帰るのが通常なので、英国内での生活が一定期間苦しくとも我慢できる。また、自分で「けっこういい」と思える金額を貰える雇用者は、遅刻や病欠をせずにやる気を出して働くものだ。つまり、外国人労働者の美点は、そのまま「満足できる金額を貰っている雇用者」の美点と言ってもよい。

より根深いのは「外国人のほうが良い教育を受けている」という点だが、これにしても、サッチャーが非産業革命を行い、労働者階級を失業させてアンダークラスという階級を作り出し、後の政権がそれらの人々とその周辺カルチャーを放置したために一部の学校教育現場が荒廃をきわめ、昔だったらサンドウィッチ工場で働いていた層の人々がまともな学校教育を受けていない。という歴史的経緯によるものであり、言ってみればサンドウィッチ工場で働くことに不向きな労働者を作り出したのは英国の政策である。

ブリテンは、高スキル、高生産性、高サラリーの経済を築いてきたという妄想を抱いている。

が、高スキルを持つ人の割合は全体的に見ればわずかだし、サラリー平均を押し上げているのは経済ピラミッド上部の少数の人々だ。そして英国人がサンドウィッチを食べ続ける限り、労働集約型の産業だって歴然として存在するのである。

英国の経済は、経済ピラミッド上部の人々と外国人労働者によって回っていると思えば、ワーキングクラスという言葉が伝統的に誇りをもって使われて来た国の経済から、労働者が完全に締め出されている。

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先月、クレッグ副首相と労働党のミリバンド党首が「This is what a feminist looks like」と胸に印刷されたフェミニストTシャツを着ていたことが女性ファッション誌で取り上げられた。

が、そのTシャツを作っているモーリシャス(英連邦加盟国)の工場では、外国人労働者たちが時給62ペンス( 約125円)で縫製作業を行っていることがわかり、スキャンダルになった。工場で働いている女性たちは一部屋に16人で寝泊まりし、月給は120ポンド(約2万2000円)だという。このTシャツは(キャサリン妃のお気に入りブランドの)Whistlesで45ポンド(約8200円)で販売されている。ある縫製工の女性はテレグラフ紙にこう言っている。

「私には自分がフェミニストだとは感じられません。私たちは閉じ込められています」

グローバルに考え、グローバルに動くキャピタリストたちに、国内の労働者たちは締め出され、外国人労働者たちは閉じ込められている。

地べたから見るグローバリズムとは、労働する者をなめくさった経済である。

在英保育士、ライター

1965年、福岡県福岡市生まれ。1996年から英国ブライトン在住。保育士、ライター。著書に『子どもたちの階級闘争』(みすず書房)、『いまモリッシーを聴くということ』(Pヴァイン)、『THIS IS JAPAN 英国保育士が見た日本』(太田出版)、『ヨーロッパ・コーリング 地べたからのポリティカル・レポート』(岩波書店)、『アナキズム・イン・ザ・UK - 壊れた英国とパンク保育士奮闘記』、『ザ・レフト─UK左翼セレブ列伝 』(ともにPヴァイン)。The Brady Blogの筆者。

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