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スコットランドの逆襲:5月総選挙後はスコッツが英国を支配?

ブレイディみかこ在英保育士、ライター

昨年の独立投票で連合王国をパニックさせたスコットランドが、またもや英国の政治家たちをビビらせている。5月の総選挙で、労働党がSNP(スコットランド国民党)と組んで政権を握る可能性が出て来たのである。

独立投票では、「UK政府は失禁しそうなぐらい焦っている」と表現され、英国中の人々が手に汗を握った。結局はSNP率いる独立派が敗け、投票翌日の朝、キャメロン首相はすがすがしい顔で首相官邸の前に立ち、「これで英国は一つになり、前進できます」と勝利宣言した。

が、シスの復讐。ではないが、スコットランドが意表を突く形で逆襲してきた。英国の主要政党の党首たちが必死で繋ぎ止めたスコットランドが、英国全体を支配するかもしれないという大変シュールな状況になってきたのだ。

最新の世論調査では保守党と労働党の支持率は全く互角だ。というのも、伝統的に労働党の支持基盤だったスコットランドで、SNPが59議席中56議席を獲得しそうな勢いだからだ(現在は6議席)。そうなってくると最もありそうな構図が労働党がSNPの支援を受けて政権を握るシナリオだという。SNP(スコットランド国民党)などというと右翼っぽい響きの政党名だが、実はこの党の理念は労働党よりよっぽどレフトであり、「保守党をサポートすることはあり得ない」と女性党首のニコラ・スタージョンは断言している。

保守系新聞のデイリー・メールに「スコッツがイングランドを支配するという恐るべき可能性があまりにリアルになってきた」という記事が掲載され、電子版に4500以上もコメントがついているのには笑ったが、独立投票の時は「君たちは私たちの一員です」「我らは一つ」みたいなことを散々言って引き止めたくせに、こうなってくると全然自分たちの一員とは思っていないという本音が露呈する。筆者のマーク・ヘイスティングスは労働党とSNPが政権を握る可能性を「総選挙後に起こり得る最悪のシナリオ」と書き、「500万人のスコットランド人が、6000万人の残りのUKの人々の運命を決めるという暗い見通し」などとあからさまに「彼らVS我々」の構図である。

それにしてもSNPはしたたかな政党だ。前党首のアレックス・サモンドは独立投票で敗けた後、潔くスコットランド首相とSNP党首を辞任した。が、今度は英国議会の議員に立候補しており、「ウエストミンスター議会のパワー・ブローカーになるつもりだ」とデイリー・メール紙は目くじらを立てている。また、サモンドの後任でスコットランド首相になったニコラ・スタージョンは、すでに大幅な追加予算を求めており(「英国の金で自分たちの夢の社会主義国を作るつもりだ」とデイリー・メール紙は鼻息を荒くする)、労働党を助けて政権についた暁にはスコットランドのクライド海軍基地を母港とする潜水艦発射弾道ミサイル「トライデント」プログラムの撤廃を求めるだろう(「英国の核抑止力の終焉だ」とデイリー・メール紙は激昂にわなないている)。

反緊縮、反戦、反核。のスコットランド人のレフトな気風はサッチャー以降の英国の政治とは全く合わないから独立させてくれ。と戦って住民投票で敗けたSNPが、やり方を変えて望むものを手に入れようとしている。「スコットランドの人々は起き上がりこぼしのように何度も独立を求めて立ち上がるだろう」とわたしは書いたことがあるが、独立どころか英国を支配することで自分たちが目指す政治をやるかもしれないというのだから現実は想像よりも物凄い。またこれがほんの6カ月の間に起きているのだから、英国政治の真の台風の目は、右翼政党UKIPではなく、スコットランドのSNPだったのだ。

スタージョン党首は総選挙で労働党をサポートすることを公言しており、「(SNPと労働党が手を結べば)より効果的な政府ができるでしょう。それは、労働党の支持者たちが労働党の指導者が主張してくれたらと切望している政策を行う政府になります」と言っている。

キャメロン首相は「労働党はSNPと組むべきではない。彼らは国を分裂させ、破産させようとする政党だ」と発言しており、くだんのマーク・ヘイスティングスはSNPが力を持ちすぎると英国もギリシャやフランスのようになると懸念する。

「西側社会全体で有権者が分裂している。彼らは生涯を通じて一つの大政党に投票するということをしなくなり、いま流行の政策や党派をつまみ食いするようになった。有権者たちの動向を予測し、管理することは益々難しくなっている。ヨーロッパの有権者たちは、バランスの取れた予算や、常識的な資金で賄われる福祉制度を目指す慎重な政策を拒否している。彼らは新たな経済のリアリティーには無頓着で、過去に付与されていた権利や恩恵にしがみついている。それがフランスやギリシャで起きたことであり、5月に英国でも起こってしまうかもしれない」

出典:The terrifying prospect of the Scots ruling England is now all too real: MAX HASTINGS on nightmare scenario facing Britain after the Election

SNPは独立投票の時にも昔の労働党を思わせるような政策を掲げていたので、「そんな福祉国家を実現する資金がどこから出て来る」「お花畑の政治」と批判された。緊縮反対の議論になると、「財政のリアリティーがわかってない」という批判が水戸黄門の印籠のように出て来る。

が、ここで起こる素朴な疑問は、終戦直後の英国で政権を発足させた労働党はどうやって福祉国家を建設できたのか。どこからそんな資金が出て来たのか。ということだ。

ケン・ローチの『The Spirit of 45』である学者がこう言っていた。

「借りた。そして富裕層から積極的に税金を取ったんです」

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いずれにせよ、SNPには単なるお花畑では済まされない不気味なレジリエンスがあるのは確かだ。しかしその一方で、キャメロン率いる保守党が、選挙戦で「我らVS彼ら」の心情を煽れば(もう煽り始めているが)、「スコッツに支配されてたまるか」というセンチメントが盛り上がり、イングランドでは移民だけでなく辺境地域に対しても排外ムードが強まる恐れがある。

在英保育士、ライター

1965年、福岡県福岡市生まれ。1996年から英国ブライトン在住。保育士、ライター。著書に『子どもたちの階級闘争』(みすず書房)、『いまモリッシーを聴くということ』(Pヴァイン)、『THIS IS JAPAN 英国保育士が見た日本』(太田出版)、『ヨーロッパ・コーリング 地べたからのポリティカル・レポート』(岩波書店)、『アナキズム・イン・ザ・UK - 壊れた英国とパンク保育士奮闘記』、『ザ・レフト─UK左翼セレブ列伝 』(ともにPヴァイン)。The Brady Blogの筆者。

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