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「左派のサッチャー」がスコットランドから誕生?

ブレイディみかこ在英保育士、ライター
SNPの二コラ・スタージョン
SNPの二コラ・スタージョン

いよいよ総選挙を来月に控えた英国で、4月2日に民放局ITVが各党首の討論番組を放映した。

「二大政党」の時代は終わったこと象徴するかのように、ディベートに招かれた党首の数は7人。保守党党首のデヴィッド・キャメロン首相、首相になるにはギークっぽ過ぎると不人気な労働党党首エド・ミリバンド、自由民主党党首で現副首相のくたびれきったニック・クレッグ、そして今をときめく(筈だった)右翼政党UKIPの党首ナイジェル・ファラージ。とここまでは全て男性であり、政策から鑑みれば(労働党を含めて)保守派だが、面白かったのがそれ以外の左派3党だ。みどりの党のナタリー・ベネット、プライド・カムリ(ウェールズ党)のリアーン・ウッド、そしてSNP(スコットランド国民党)のニコラ・スタージョンと、レフトのリーダーが全員女性なのである。

「2015年の政治を変えるのはワーキングクラスの女たちだ」と今年の初めに書いたが(正直、それはガーディアン紙のオーウェン・ジョーンズの受け売りでもあったが)、ここまでそれが本当になってくると笑ってしまう。

「スコットランドのSNPがなぜか英国総選挙のキー・プレイヤーになっている」というシュールな状況は以前にも書いた。SNPがスコットランドの59議席の全てを獲得しそうな勢いになってきた(現在は6議席)ので、保守党とほぼ互角に戦っている労働党は、SNPと組まない限り政権交代は起こせない状況なのだ。で、そのSNPの女性党首ニコラ・スタージョンが党首討論でキレキレのパフォーマンスを披露したため、保守党寄りのデイリー・メール紙やテレグラフ紙には「英国の政界で最も危険な女」と書きたてられ、イースター週末の高級紙の一面は殆ど彼女の写真だった。党首討論の世論調査の結果はリサーチ会社によってばらつきがあるというものの、YouGovの世論調査では、キャメロン首相も労働党のミリバンド党首も抜いてSNPのスタージョンが28%でトップに立っている。これはイングランドにはSNPからの候補者は一人も出馬していないことを考えれば異例なことで、イングランドの人々は自分たちに直接関係ある政党の党首より、スタージョンに共感したということである。

党首討論は、「緊縮」「移民」「NHS」「若年層のサポート」という今回の選挙戦での焦点になっている問題がテーマだった。「緊縮」の議論では、キャメロン首相、クレッグ副首相は「現在の英国の緊縮政策は成功しており、財政赤字を削減せねば英国に未来はない」と現在の政策を擁護し、労働党のミリバンドも「緊縮は必要」を大前提にしながら、「富裕層の増税」を主張してカットする層の変更を論じる。が、スタージョンはあくまでも反緊縮を主張した。しかも、「赤字削減が肝要と言いながら、一方で核プログラムのために巨額の国家予算を注ぎ込んでいる。それを止めれば緊縮する必要はない」と、あまりにクラシックな左翼の見解を述べるので、わたしなどは新鮮な驚きを覚えた。現代の英国では、「反核」はデモ隊のプラカードに書かれていることで、政党の指導者が党首討論で主張するようなことではなかった筈なのである。

討論でのスタージョンは、奇をてらったことは一切言わないが、徹底してぶれなかった。そしてそのスタンスと比べて妙に薄っぺらく見えてしまったのが、物議を醸すことで注目を集めて来た右翼政党UKIPのナイジェル・ファラージだ。「とめどもなく流入してくるEUからの『新移民』が英国の諸問題の元凶」というきわめて単純な理念(しかしそれがまたこの数年どれほどポピュラーになってきたことか)を掲げるUKIPは、NHS(英国の無料の医療制度)を今後どうするのかという議論で、外国人がNHSを濫用していると指摘し、「現在、NHSで(つまり、国家負担で)高価なHIVの治療を受けている人々の60%が外国人」と言った。男性党首たちは何も言わなかったが、スタージョンは淡々と、しかし呆れたような口調で言った。

「深刻な病気にかかっている人を前にして、私が最初に思うのは『この人の国籍は何か?』ということではありませんよ」。

せわしなく目をしばたいているファラージがピエロに見えた瞬間である。

「英国が右傾化しているように見えるのは、そこに立っておられる大政党の党首の方々がUKIPを怖がっているからです。しかし考え方にはバランスが重要です。EU移民の殆どは納税者であり、英国経済に貢献している。英国民だって大勢の人々が海外に出て働いているんです。他国にいる彼らが、この国で外国人が受けているような扱いを受けたらどう思いますか」

スタージョンはまるでお母さんが諭すようにファラージに言った。

そもそも、昨年のEU選でUKIPが大躍進を遂げたとき、誰もが今年の総選挙の中心人物はファラージになると思っていたのだ。それがどうしてスコットランドの政党の党首に取って代わられてしまったのだろう。

「あくまでもどこまでも反緊縮」「移民の締め付けではなく下層民の引き上げを」「NHSを再び完全国営化に」「若者に優しい社会は大学授業料無料を再導入せずにはあり得ない」というスタージョンの主張を聞いていると、これは左派流の「NEVER COMPROMISE」。彼女は左翼のサッチャーではないかと思えてきた。

討論の締めの各党首ステートメントで、スタージョンはこう言った。

「スコットランドの皆さん、今よりも良い、もっと公平で進歩的な社会を望むのなら、SNPに投票してください。そして英国の他の地域のみなさん、私たちがスコットランドから英国をより良い国にするお手伝いをします」

スタージョンは、討論番組後にガーディアン紙に寄稿した記事の中で、「番組がCMで中断している間に会場前列に座っていた観客と話をした」と書いている。「イングランドにもSNPの候補者がいれば自分もあなたの政党に投票できるのに」と複数の観客から言われたことで、反緊縮を求めているのはスコットランド人だけではないと気づいたという。このことが番組後半で見せた彼女の揺るがぬ自信に繋がったようで、「私はスコットランドの有権者だけに向かって話していたのではない。UKの大政党がオファーしている政策メニューを見て、『投票する先がない』と思っているUKの人々に向けても話していた」と書いている。そして同記事の最終段落で、彼女は労働党のミリバンド党首に向け、「ど」がつくほど直球の問いを投げている。

「5月7日(投票日)に、私たちの政党が必要な数の議席を獲得した時には、あなたとあなたの政党は、私たちと組んでデヴィッド・キャメロンを首相官邸から締め出してくれますか?」(Sturgeon’s message to Miliband: will you help us remove the Tories from power? by Nicola Sturgeon)

政権交代は起こしたいが「スコットランドに英国を支配させた男」と呼ばれたくないと煩悶するミリバンド党首は、また失禁しそうなほどビビっているに違いない。

在英保育士、ライター

1965年、福岡県福岡市生まれ。1996年から英国ブライトン在住。保育士、ライター。著書に『子どもたちの階級闘争』(みすず書房)、『いまモリッシーを聴くということ』(Pヴァイン)、『THIS IS JAPAN 英国保育士が見た日本』(太田出版)、『ヨーロッパ・コーリング 地べたからのポリティカル・レポート』(岩波書店)、『アナキズム・イン・ザ・UK - 壊れた英国とパンク保育士奮闘記』、『ザ・レフト─UK左翼セレブ列伝 』(ともにPヴァイン)。The Brady Blogの筆者。

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