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UK総選挙がおもしろい:国の右傾化を止めるのは女たち

ブレイディみかこ在英保育士、ライター

総選挙投票日まで3週間を切った英国で、BBCが4月16日に野党5党の党首討論を放映した。

前に投稿した記事でも書いたが、今回の選挙は、男性党首たちの保守派(保守党、自由民主党、UKIP、そして労働党)、そして女性党首率いる左派(SNP、ウェールズ党、みどりの党)の戦いであり、連立相手の模索でもある。

で、総選挙の台風の目と言われてきた右翼政党UKIPがここに来て急速に勢力を失い、もはや党首ナイジェル・ファラージの落選の可能性が囁かれるほどの体たらくで、右傾化が叫ばれていた英国が、一気に左へ揺れ戻っている感がある。

そのムードを牽引しているのは、明らかに共同戦線を張っている左派三党の女性党首たちだ。「レフトの女たちが結束してUKIPを潰しにかかっている」と言われるほど、まあこの女性たちが強い。右翼政党の没落はこの「左翼女性党首連合」のせいではないかと思えるほどである。

左派女性党首連合。とそれを見つめる労働党ミリバンド
左派女性党首連合。とそれを見つめる労働党ミリバンド

例えば、BBCの党首討論に「住宅危機」のテーマがあった。この問題は以前ここで書いたことがあるが、英国では富裕層が住宅を貯金箱にしているので空き家が増えている一方で、上昇を続ける家賃が払えなくなってホームレスになる人が急増。という現象が起きている。投資家の不動産買い漁りにより手頃な値段の住宅がなくなり、若者たちの殆どが「一生自分の家は買えないだろう」と思っている。この問題をどう改善するかの討論で、UKIPのナイジェル・ファラージは答えた。

「市場の原理を知る者なら、これは需要と供給の問題だということがすぐにわかる。EUからの移民が前代未聞の数で流れ込んで来て人口が急増しているから住宅が不足しているのだ。そんな簡単なことをどうして誰も勇気を持って言えないのだ」

と主張するファラージに対し、スコットランドSNPを率いる二コラ・スタージョンは言った。

「英国で住宅が不足している理由の全てが移民ではありません。現在の政権とその前の労働党政権が十分な数の住宅を建てていなからです。保守党政権は特に、公営住宅を建てることに投資しない。何でも移民のせいにすれば済むという単純な問題ではありません」

うむ。と言う風に脇で力強く頷いていたみどりの党のナタリー・ベネットは言った。

「市場原理と仰いますが、市場主導型にしたから住宅政策は失敗した。投資家が住みもしない家を買って放置し、大家が非人道的なプロフィットを追求し始めたのは国が住宅政策を放棄して市場に任せたからです。住宅は人間が住む場所であり、金融資産ではありません」

また、この「左翼女性連合」は英国が保有する唯一の核兵器、スコットランド沖のトライデント潜水艦プログラム撤廃でも結束している。

「核兵器を使うことを考える人も、実際に使う人もいないのに、どうしてそんなもののために大金を使うのでしょう。寧ろ撤廃することで世界をリードする国になればいい」

とみどりの党のベネットが言えば、ウェールズ党のウッドは言う。

「ISISの脅威などがあり世界が益々危険な場所になっているから核は必要だ、と労働党は言っていますが、では核兵器を使えばISISは無くなると思っているのですか?」

そしてSNPのスタージョンがこう締める。

核兵器トライデントのために投資する1000億ポンド(約17兆8000億円)があるのなら、私なら迷わず保育や医療や教育のために使います」

今回の英国総選挙は1997年にブレアの労働党が大勝した時と同じぐらい面白い。

というのも、何か新しい風が吹いている感じが地べたでもはっきりと感じられるからだ。

BBCの党首討論で、観客の拍手や歓声を集めていたのは、UKIPのファラージではなく、左派政党の女性党首たちだった。核兵器撤廃といった少し前なら「極左」「アナキスト」と眉を潜められていた主張にまで客席から拍手が湧いている。ファラージが「今日の観客は左寄りのBBCの水準にしても特に左翼的」と討論の途中で観客を批判し、司会者から注意されたほどだ。

「NHSの諸問題も移民が増えすぎているから。だから医師も病院のベッドも足りなくなる」

というファラージにみどりの党のベネットは言った。

「そのNHSは外国人によって支えられていますよ。医師の4人に1人、NHSの全スタッフの40%が外国で生まれた人々です」

もはやファラージは使い古しのネタで大衆に飽きられたコメディアンにしか見えない。

孤立するUKIPファラージ(右端)
孤立するUKIPファラージ(右端)

「左派女性連合」は、すっかり保守党化してしている労働党のミリバンド党首にも容赦しない。

SNPのスタージョンは言った。

「緊縮に反対するふりをするのはやめてください。私たちが必要としているのは『ふり』ではなく、本物のオルタナティヴです。私は保守党と労働党が同じだとは言っていません。ただ、その違いがもっと大きくなければならないと言っているのです」

(ここでみどりの党のバーネットから「その通り」、ウェールズ党のウッドから「イエスッ!」の合いの手が入る)

「SNPは労働党と組んで保守党を政権から追い出す準備はできています。だけど私たちは保守党を『保守党みたいな別の政党』で置き換えたくはない。労働党はもっと大胆で進歩的な政治を目指すべきです。私たちがその手助けをします」

とSNPのスタージョンは言うが、労働党のミリバンド党首はSNPとの連立を否定する。

「SNPは危険だ。彼らは今でもスコットランド独立を目指しており、英国を分裂させようとしている。そんな政党と連立は組めない」

というミリバンドにスタージョンは言った。

「独立投票は去年の話です。私たちは、いま保守党政権を終わらせたいのかどうかという話をしているのです。あなたがSNPとの連立を拒否することによってキャメロン首相に再び政権を握らせたら、人々はけっしてあなたを許さないでしょう」

それは地鳴りのような拍手が会場から沸き起こった瞬間だった。

今年の総選挙はあまりにカオティックで英国の政治危機とも言われている。が、辺境地域(スコットランド、ウェールズ)やエコ左派陣営という、これまでまともに取り上げられなかった人々を代表する声が政治のトップ・レベルで聞こえたことはなかった。そうした声のボリュームが大きくなるにつれて排外主義の政党が下層での支持を失っているのは偶然とは思えない。

在英保育士、ライター

1965年、福岡県福岡市生まれ。1996年から英国ブライトン在住。保育士、ライター。著書に『子どもたちの階級闘争』(みすず書房)、『いまモリッシーを聴くということ』(Pヴァイン)、『THIS IS JAPAN 英国保育士が見た日本』(太田出版)、『ヨーロッパ・コーリング 地べたからのポリティカル・レポート』(岩波書店)、『アナキズム・イン・ザ・UK - 壊れた英国とパンク保育士奮闘記』、『ザ・レフト─UK左翼セレブ列伝 』(ともにPヴァイン)。The Brady Blogの筆者。

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