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5月7日英総選挙の陰の主役、スコットランドが燃えている。

ブレイディみかこ在英保育士、ライター

英総選挙が目前に迫った。ここ数日、キャサリン妃の第二子出産関連ニュースが繰り返し流れる中で、それと同じぐらいの、いやそれ以上の頻度で一日に何度もテレビで目にする女性がスコットランド国民党(SNP)の二コラ・スタージョン党首だ。

グラスゴーで行われたスタージョンの選挙演説に集った人々のムードについてガーディアン紙の記者はこう書いている

「これは政治ではない。ロックンロールだ」

「スコットランドはパーティー・タイムだ。ここにいる殆どの人々が、こんな状況は見たことがないだろう。97年にブレア政権が誕生した時を思い出している人々もいるかもしれない」

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そもそも、スコットランドが選挙の鍵を握る存在になったのは、労働党のミリバンド党首に人気がないからだ。保守党の緊縮政策を憎悪している国民は多いし、民衆の不満は溜まりに溜まっている。普通に考えると今回は政権交代だ。が、それがそうも行きそうにないのが、人間味に乏しいギーク・エリートと呼ばれ、何を言っても説得力のないミリバンドに磁力がなく、「彼だけは首相にしたくない。すごくアンクールだし」と眉を潜める英国人がけっこういるからだ。

昨年のスコットランド独立投票で労働党が独立に反対したのは、伝統的にレフトな土地柄のスコットランドが労働党の重要な支持基盤だったからで、総選挙前にそれを失いたくなかったからだった。が、スコットランドが英国に残っても労働党は支持基盤を失った。SNPに奪われてしまったからである。そもそも労働党が過半数を取れなくなった原因はそこである。スコットランドでは現在、労働党41議席、SNP6議席であり、保守党はわずか1議席だ。それが今回の選挙では59議席ほぼ全てがSNPになりそうな勢いだ。

「(独立投票でSNP率いる独立派が敗けた時は)ひどく落ち込みました。でも、それは長くは続かなかった。この国がそれまでとは全く変わってしまったことに気付いたからです」

とスタージョンは話している。独立投票直後のSNPの党員数は2万5千人だったが、今では4倍の10万人に増えているという。

そもそも独立投票は「金とスピリットの戦い」と呼ばれ、最終的に反対派が勝利したのは、独立による経済的影響を心配した人々が多かったからだ。が、本土の一部に残ることが決まって「金」の心配がなくなったら、人々は「スピリット」を追い始めた。加え、「辺境のやつらは黙って中央の言うことに従え」的な政治だけがオプションではないということにスコットランドの人々が覚醒したのだろう。彼らの自信の拠り所になっているのが、いまや総選挙のヒーローになった女性党首スタージョンの存在だろう。

支持者の中央でセルフィを撮るスタージョン
支持者の中央でセルフィを撮るスタージョン

党首討論のたびにファンが増え、「スタージョン・マニア」なる言葉も生まれているが、何と言われようと「反緊縮」「核兵器撤廃」の立場を貫くぶれない彼女のスタンスは左派以外の人々の心をも掴み始めている。保守派新聞デイリー・メールのコラムニストでさえ、「私は彼女の言うことはすべて間違っていると思うが、その一方で彼女を尊敬することを認めずにはいられない。なぜなら、英国にはああいう女性政治家がもっと必要だと思うからだ」と書いている。こういうことを反対者たちにさえ言わせた女性が、むかし英国にいた。マーガレット・サッチャーである。

スタージョンが政治の道を目指したのは、そのサッチャーのせいだったという。しかし、彼女のようになりたかったわけではない。電気工事士と歯科助手の両親を持ち、典型的な労働者階級の家庭で育ったスタージョンは、サッチャー政権の産業解体と失業者の群れによってコミュニティーが変わって行く様を見て、世の中を変えたいと思ったという。「家族には大学に行った人間など一人もいなかった。どこからそんな野心が湧いてきたのかわからない」と言うスタージョンは16歳でSNPに入党し、大学卒業後はトニー・ブレアのように弁護士になって弁論の技術を磨いている。

キャメロン首相はイートン校からオックスフォード大学の典型的「政治家養成ルート」を歩いた人だし、労働党ミリバンド党首もロンドン北部の「左派エリート・アカデミア」の家庭で育った。どちらも政治家になるべく育った人々で、スタージョンのように社会を変えたいという情熱を持ってアウトサイドから入って来た人ではない。

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16歳からSNP党員というコテコテの独立派である彼女はいまでもスコットランド独立を求めているという事実を隠さないし、そのことが労働党ミリバンドにSNPとの連立を拒否させる理由にもなっている。が、スタージョンはSNPが掲げるナショナリズムは民族的ナショナリズムではなく、市民的ナショナリズムだと主張する。「何処の出身だろうと、肌の色が何であろうと、どんな宗教を信じていようと、勇気を出して力を合わせればより良い国を作ることができる。それが私が信じるナショナリズムです」とスタージョンは言う。

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ガーディアン紙のインタビューで、現在のスコットランドと英国の関係について、記者とスタージョンがウィットある会話を展開している。(以下、抄訳)

記者:「恋人になってもらえますか?」

スタージョン:「じゃあデートに行く?それともすぐに振っていい?」

記:「わかったよ。僕は君を当然そこにいるものと見なして有難みを忘れていた。重要な事柄を決めるのに君に相談しなかったし、君の意見をあまり聞かなかったし、君を尊重しなかった。だから君は僕と別れたいんだね」

彼女は辛抱強く頷いている。

記:「だけど君は僕と別れたいだけではなく、僕の家に新しい恋人たちを連れて帰って来て、僕がどう生活を送るべきだとか、どうお金を使うべきだとか、口出ししようとしている」

ス:「そうよ。留まってくれと言ったのはあなたじゃないの。わかる?私はあなたの家に留まりたくなかった。出て行きたかったのよ」

記:「でも、やっぱり最後には僕を捨てる気でいるんだろう」

ス:「留まることで合意したじゃない。独立投票でスコットランドは留まることに投票したのだから、私はその決定を尊重するわ。だから、今度は私たちの関係を以前より良くしたいのよ」

記:「しばらくの間はね。でも、どうせ僕は捨てられる。どうしてそんな君を信用できるだろう」

ス:「いい?私たちは一緒に留まって、交際がうまく行くように努力しましょうと決めたでしょう。私はこの交際でスコットランドの声がもっと反映されるようにしたいし、もっとこちらの意見に耳を傾けて欲しいし、他の人々にとっても良い関係になれるようにしたい」

労働党はSNPの協力なしには政権交代は起こせない。が、ミリバンドが執拗にSNPとの連携を拒否しているので、巷では「また保守党かもなー」みたいな空気も流れている。が、それよりもリアルになってきたのが、開票後の各党の連立工作が難航・決裂し、再選挙になるシナリオだという。

「私たちが政界に揺さぶりをかけることで、エスタブリッシュメントたちが全国各地の庶民のことを考えて政治を行うようになればと願っています。私は『政界で最も危険な女』ではありません。ただ活を入れているのです」

とスタージョンは言っている。

英国政治が「宙づり国会だ」「再選挙になる」と大騒ぎになっているのは、これまで中央のエスタブリッシュメントが内輪のサークルの中で速やかに行って来た国政に、辺境の人々がアウトサイドからカウンターをかけて来たものだから今までのようにスムーズには行かなくなったのだ。

好むと好まざるに関わらず、このカウンターの声を中央はもう無視することはできない。

総選挙は2日後だ。英国公開中のスーパーヒーロー映画の題名をもじってガーディアン紙はこう書いている。

もし今週あなたが1本だけ映画を見るとしたら、『アヴェンジャーズ エイジ・オブ・スタージョン』にすべきだ

在英保育士、ライター

1965年、福岡県福岡市生まれ。1996年から英国ブライトン在住。保育士、ライター。著書に『子どもたちの階級闘争』(みすず書房)、『いまモリッシーを聴くということ』(Pヴァイン)、『THIS IS JAPAN 英国保育士が見た日本』(太田出版)、『ヨーロッパ・コーリング 地べたからのポリティカル・レポート』(岩波書店)、『アナキズム・イン・ザ・UK - 壊れた英国とパンク保育士奮闘記』、『ザ・レフト─UK左翼セレブ列伝 』(ともにPヴァイン)。The Brady Blogの筆者。

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