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住民投票と国民投票:国の未来は誰が決めるのか

ブレイディみかこ在英保育士、ライター

日本では「大阪都構想」の住民投票が行われたそうだが、わたしが住む英国では、EU離脱の是非を決める投票が2017年末までには行われることになっている。が、この国では離脱のメリットやデメリットの議論以前に「いったい誰が投票するのか」、つまり、これは国民投票になるのか住民投票になるのかという大きな問題が浮上している。

誰に投票資格が与えられるのか

英国のEU離脱問題が報道されるとき、日本語ではなにげなく国民投票と書かれているので、「ああなるほど国民が投票するのね」と片づけられがちだが、英国の場合、実はそんなに簡単な話ではない。

例えば先日行われた総選挙では、投票資格者は英国市民権所有者と英国在住の然るべき資格を有する英連邦(コモンウェルス)諸国市民、そして英国に住むアイルランド共和国市民だった。

一方で英国内に居住するEU諸国市民も、地方選挙とEU議会議員選挙では投票権が与えられており、スコットランド議会、ウェールズ議会、北アイルランド議会の選挙でも投票権が与えられている。

さらに、ここで話題にのぼるのが昨年のスコットランド独立の是非を決める住民投票だ。スコットランドではEU諸国市民に投票権が与えられ、国境の外に住んでいるスコットランド人には投票権が与えられなかった。スコットランドの場合、投票権の付与が、国籍ではなく、居住地を基準として行われたのである。たいへん進歩的なシステムと評価する人々もいたが、自分の国の運命を決める権利が外国人に与えられ、仕事や学業の関係で外地にいる自国民は黙って見ているしかなかったという批判もあった。また、スコットランドでは、18歳ではなく16歳から投票権が与えられたので、英国のEU離脱投票でも同様にすべきという声も上がっている。

英紙ガーディアンによれば、紙に書かれた憲法を持たない英国では、正しい投票権付与のクライテリアというものはない。すべては前例と「市民権と国籍、居住地」のどれを重視するかという政府の信条にかかっているというのだ。

離脱派の懸念

この問題で早くも声を荒げているのが右派の人々である。英紙デイリー・メールによれば、与党保守党内の離脱派は「英国民限定で投票権が与えられるべき」と強く主張している。総選挙と同様のクライテリアが用いられれば、有権者数は約4600万人になるが、このうち英国在住のアイルランド共和国市民と英連邦諸国国民の数が約340万人なので、「英国民限定」ということになれば有権者数は4260万人になるという。

で、最も離脱派の人々が懸念しているのが英国在住のEU加盟国民に投票権を与えるかどうかという問題だ。ONS (国家統計局)の数字によるとUKには270万人のEU諸国市民が居住している。また、逆に他のEU国に居住している英国民は180万人になるという。

英国のEU離脱で最も大きな影響を受けるのは、英国に住んでいる英国民よりも、英国に居住しているEU諸国市民や、他のEU国に住んでいる英国民である。彼らにとっては、これまで通りに就労やビジネスを続けることができるのか、公共のサービスを受けることができるのかという切実な問題が関わってくる。彼らの多くは長年外国に住み、そこで家庭を持ったりして落ち着いており、英国がEUから離脱することになれば、最悪の場合、自国に戻らなければならない人だって出て来るかもしれない。

しかしながら、英在住のEU諸国市民に投票権が与えられたら、彼らは当然離脱に反対するだろうから、投票が僅差になった場合、この層の人々が英国の未来を決めることになりかねないと離脱派は懸念する。外国人が国の運命を左右する重要な決定権を持つのはおかしいという論理だ。

「もしも外国人の票が、投票の結果を決めるようなことにでもなったら国民は政府を許さないだろう。彼らは明らかに投票すべきではない。政府も彼らに投票権を与えることを提案しているわけではないので、我々と同じ考えを持っているのだと思う」と保守党議員フィリップ・デイヴィスはデイリー・メールに語っている。

キャメロン首相のプレッシャー

しかし、投票が近づけば、先日の総選挙で大躍進を果たしたSNP(スコットランド国民党)のニコラ・スタージョン党首は「スコットランドの人々にウエストミンスターの投票システムを押し付けるな」とキャメロン首相に詰め寄るだろうし、右翼政党UKIPは「外国人に我が国の運命を決めさせるな」と騒ぐだろう。

キャメロン首相はEUをどうこうする前に国内でこの投票権付与問題における各方面からのプレッシャーの板挟みになり、その中で決断を下さねばならない。多くのEU移民を抱え、そのことがナショナリズムの高まりに繋がっている英国で、この問題は下手すると大騒ぎになりかねない。

ガーディアンは左派の新聞だが、電子版に寄せられている読者コメントは珍しいほどバラバラだ。

「これは英国人の憲法上の問題だ。それ以外の人々は関係ない」

「長年この国に住んでいるEU諸国市民が総選挙で投票できないということだけでも驚くべきことなのに、EU離脱問題でも投票できないなんてあまりに無茶苦茶」

「英国に5年以上住み、納税しているEU移民には投票権が与えられてもいいと思う」

「自分はポーランド人の妻と結婚している。もしも離脱することになれば、彼女は国に帰らなければならなくなり、そうなれば家族で移住しなければならない。これは国民ではなく、住民が決めるべき問題だ。EU諸国市民だけでなく、永住権を持つすべての住民に投票権を与えるべき」

「もしEU圏からの移民に投票権が与えられたら暴動が起こるだろう」

「キャメロン、よくやった。君のおかげで国がだんだん分裂して行くよ。今後2年間、それは激しくなる一方だろう」

ガーディアン紙電子版にはすでに1200を超えるコメントがついているが、これからこの議論が国中で盛り上がっていくのは間違いないだろう。

キャメロン首相の決断は投票の行方を左右するだけでなく、それはEU離脱投票を超えて、後々まで尾を引くことにもなりかねない。

在英保育士、ライター

1965年、福岡県福岡市生まれ。1996年から英国ブライトン在住。保育士、ライター。著書に『子どもたちの階級闘争』(みすず書房)、『いまモリッシーを聴くということ』(Pヴァイン)、『THIS IS JAPAN 英国保育士が見た日本』(太田出版)、『ヨーロッパ・コーリング 地べたからのポリティカル・レポート』(岩波書店)、『アナキズム・イン・ザ・UK - 壊れた英国とパンク保育士奮闘記』、『ザ・レフト─UK左翼セレブ列伝 』(ともにPヴァイン)。The Brady Blogの筆者。

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