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英労働党首候補コービン、原爆70年忌に核兵器廃絶を訴える

ブレイディみかこ在英保育士、ライター

8月6日、ロンドンのタヴィストック・スクエアでも広島原爆死没者追悼と核兵器廃絶を訴えるCNDの式典が行われ、話題の労働党首候補、ジェレミー・コービンが、例年とまったく変わらぬスタンスでのスピーチを行った。

「核兵器は防衛ではない。核兵器はセキュリティでもない。それなのに依然としてそこにあります。僕たちは1945年に核兵器で命を落とした人々、核兵器の実験で苦しめられた人々のことを思い出し、それは不必要であり、二度と繰り返してはならないと言わなければなりません。英国社会は、我々なりの貢献をしなければならない。それは、核軍縮に向かって踏み出すぐらいのことではなく、(スコットランド東岸にある英国唯一の核兵器)トライデントを更新しないことです。潜水艦や核爆弾を作っている人々は最高峰の素晴らしい技術を持っています。彼らのスキルは失われてはいけません。それは別のことのために使われるべきです。防衛多様化機関を立ち上げるのです。グリーン・エネルギーやハイテク技術、そして医療の開発に、我々は投資するのです。大量破壊兵器から卒業し、これらの人々のスキルを我々が抱える本物の問題を解決するために使ってもらいましょう。それらの問題とは、貧困であり、格差であり、環境破壊です。我々はこの惑星と向き合いましょう。だからこそ、どれだけ長い時間がかかろうと、我々は毎年この場に集まらなければならない。我々の夢を、我々のコレクティヴな夢を現実にするためです。それは、核兵器のない世界です」

出典:Facebook :shared Jeremy Corbyn for Labour Leader's video

彼は毎年この集会に参加しているので、安定のコービン節だ。が、なんともシュールなのは、労働党の(しかも最有力と言われる)党首候補がこういう場に来ているということであり、こういうことをばーんと言い放っていることだ。これは総選挙前の党首討論でSNP(スコットランド国民党)のニコラ・スタージョンが堂々と「核兵器はいらない」と言ったときにも感じた衝撃だったが、これまでは反戦とか核兵器廃絶とかはデモ隊の大学生やアナキストが叫んでいる言葉であり、大政党の党首(または有力候補)が口にするようなことではなかった筈なのだ。

そう考えると、所謂「中道左派」や「ブレア派」の議員はもう20年近く、「景気を回復させます」以外のことで何かをきっぱり明言したことがあっただろうかという気がしてきた。

自由民主党の元アドバイザーでミュージシャンのブライアン・イーノはこう書いている。

どんな犠牲を払っても有権者にアピールすることに専念したため、労働党の「リアリスト」たちは薄っぺらで曖昧な集団になり、売りは単に「保守党ではないこと」だけになってしまった。総選挙前、僕が労働党議員たちを見て感じたのは、彼らはデイリー・メール紙やザ・サン紙に繰り返しバッシングされることを恐れ、口を固く閉ざして何も言わなくなっていたということだ。メディアのパワーや偏向を思えば、彼らを責めることはできない。だが、僕たちは発行部数の多い新聞やメディア王が認めてくれるかどうかを基準にして政策を決定するようなところまで来てしまったのだろうか?残念だが、過去数年間はまさにそうなっているように見えた。プログレッシブな政治家たちが、うっすらとでも社会主義的に聞こえそうなことを言わなくなっていた。

出典:”Jeremy Corbyn for prime minister? Why not?" by Brian Eno (The Guardian)

しかし、これは「中道左派」や「リアリスト」だけではない。「ど左派」の人々もまた、「現政権は間違っている」以外のことで、何かを言っていただろうか。

ライターのオーウェン・ジョーンズはこう書いている。

(僕自身を含む)左派は、緊縮とか民営化とかいったことを「止めさせる」スローガンを投げるばかりで、ほとんど何も提案していないと批判されてきた。コービンの党首選キャンペーンがユニークなのは、彼は一貫性のある政策と新鮮な経済戦略を打ち出しているということだ。ラディカルな住宅プログラム、公平な税制、エネルギー企業の公有化、経済を変革させるための国営投資銀行、量的緩和とインフラ投資、10ポンドの最低保証賃金、「国営教育サービス」の設立、大学授業料の無料化、女性の権利の向上などはほんの一部だ。彼のキャンペーンがあらゆる予想を覆して大成功しているのは、一貫性があり、刺激的で、希望が感じられるヴィジョンを提示しているからだ。彼のライバルたちは中身のあることを何もオファーしていない。

出典:”Jeremy Corbyn’s supporters aren’t mad : they’re fleeing a bankrupt New Labour ” by Owen Jones (The Guardian)

BBC2が放送した党首候補討論を見た時、わたしもその印象を受けた。コービンは演説がうまい政治家ではない。他人を遮ってでも喋り続ける好戦的な英国の政治家たちの討論の世界にあって、珍しいほど謙虚だ。「ちょっと待って」と言われると本当に紳士的に黙ってしまうため、他の候補者に比べて喋る回数が非常に少ない。が、他の候補者が言葉巧みに長時間喋っているわりにはたいしたことを言ってないのに比べ、コービンは少ない言葉で「えっ?」と思うような大胆なプランを話す。ポデモスのパブロ・イグレシアスのようなカリスマはないが、この人はきっと長年のあいだ様々な構想を練っていたに違いない。

僕の25歳の娘がバーミンガムでコービンの演説を聞いて来た。彼女は、コービンと、そしてホールの雰囲気に興奮して帰って来た。彼女の世代は、英国の政治家が、PR担当者によって注意深く書かれた演説を暗唱するのではなく、自分が長年信じて来た理念や経験に基づくパッションと、確信と勇気に満ちた言葉を喋るのを見たことがなかった。彼女の世代やその下の世代は5月の総選挙で投票所に行かなかった。彼らもまた僕が感じていたことを感じたのだ。どこに入れればいいんだ?どんなオプションを選んでもネガティブだ(「Yが当選するのを防ぐためにXに入れよう」とか)。こんなのは間違っている。

出典:"Jeremy Corbyn for prime minister? Why not?" by Brian Eno (The Guardian)

ブライアン・イーノはチャンネル4ニュースで、「もし明日、総選挙があったら、どの政党に入れますか」と聞かれて、個人的に繋がりの深い自由民主党ではなく、労働党に入れると断言した。理由は「ジェレミー・コービンがリーダーになる可能性があるから」だそうだ。

また、映画監督のケン・ローチも「毎年24万戸の公営住宅を建てる」というコービンの住宅政策を絶賛しており、コービンを労働党の伝説の政治家アニューリン・べヴァンに例えた。彼の政党レフト・ユニティもコービンを支持している。また、みどりの党もコービン支持を発表しており、チャンネル4は「コービンはすべての左派政党に支持されている」と報道し、これらの左派政党の党員たちがコービン効果で労働党に入っているという。

ケン・ローチが昨年レフト・ユニティを発足させた時、「労働党はもはや左派政党ではないし、英国の左派はミクロのように分裂して影響力を持てなくなっている。全国各地で草の根の活動をしているレフトたちを一つにユナイトしなければいけない」と語っていたが、どうやらそういうことが、コービンを旗印にして本当に起きているようだ。しかし、そのスピードには驚く。ほんの5週間前、べッティングショップでのコービン当選のオッズは100-1だったのだ。それがいまや7-4だ。「ムードはすでにそこにあったのだろう。僕たちは、たまたまその中に出て来たのだ」とコービンは語っている。

コービンは党首選挙資金をクラウドファンディングで集った。50日で5万ポンド集めるのが目標だったそうだが、10万ポンドの募金が集まった。1500ポンド以上の寄付を特定の個人や企業から受け取った場合には報告の義務があるので、他の候補者たちは、資金の大半をエネルギー企業や政治家から受け取っていることがわかっている。が、コービンからはまだそうした報告は出ていないという。少額の、草の根の寄付が数多くの人々から寄せられているということだ。

労働党議員たちは「コービンでは選挙に勝てない」を相変わらず繰り返している。が、保守党の重鎮ケネス・クラークは、「ジェレミー・コービンを見くびるな」と自らの党に警告している。彼は、もし党首に選ばれたら現政権を脅かす可能性がある候補者はコービンだと言い、それはコービンがウエストミンスターのエスタブリッシュメントに対するアンサーになっているからだという。

ポデモスのイグレシアスがバイクなら、コービンは自転車だ。
ポデモスのイグレシアスがバイクなら、コービンは自転車だ。

「景気が再び後退し、政府が大きく支持率を落とすようなことがあれば、彼は首相になり得る」

出典:”Jeremy Corbyn Could Win The Next Election, Says Tory Veteran Ken Clarke”(The Huffington Post UK)

在英保育士、ライター

1965年、福岡県福岡市生まれ。1996年から英国ブライトン在住。保育士、ライター。著書に『子どもたちの階級闘争』(みすず書房)、『いまモリッシーを聴くということ』(Pヴァイン)、『THIS IS JAPAN 英国保育士が見た日本』(太田出版)、『ヨーロッパ・コーリング 地べたからのポリティカル・レポート』(岩波書店)、『アナキズム・イン・ザ・UK - 壊れた英国とパンク保育士奮闘記』、『ザ・レフト─UK左翼セレブ列伝 』(ともにPヴァイン)。The Brady Blogの筆者。

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