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欧州の移民危機:「人道主義」と「緊縮」のミスマッチ

ブレイディみかこ在英保育士、ライター
(写真:ロイター/アフロ)

ここのところ、英国で朝から晩まで流れているのは移民および難民危機のニュースである。

トルコの浜辺に打ち上げられた3歳の少年の遺体の画像が大きな話題になり、1973年にピューリツァー賞を獲ったベトナム戦争で逃げまとう少女の写真「戦争の恐怖」と比較され、21世紀版の「世界を変える画像」などと言われている。

このマグニチュードを鑑みて、キャメロン首相も態度をやや軟化し「難民をもっと受け入れます」(数千人だけど)みたいなことを言っているが、メディアの大騒ぎは別にして、街角では「ガンガン難民を受け入れろ」みたいなことを言っている人は少数派に思える。

わたしの居住するブライトンが輩出したみどりの党MP(国会議員)キャロライン・ルーカスが、ガーディアン紙に「英国はキャメロン首相の提案より遥かに多い数の難民を受け入れるべき」という彼女らしい記事を書いたが、わたしが興味を覚えたのは、記事そのものよりも、読者コメントだ。

「誰も尋ねていない疑問がある。

1.なぜ周辺のアラブ諸国は目に見える形で立ち上がり、難民を受け入れようとしないんだろう?ムスリムの難民たちは、住民のほとんどが自分と同じ宗教を信じている国に住みたいんじゃないのか?

2.同様に、ムスリム難民の殆どがクリスチャン諸国に来たがるのはなぜだろう?ベターな待遇がオファーされているからなのか?」

「問題点:

1.国内で学校が不足している時に、キャロライン・ルーカスの言うように24万人の難民を受け入れられるのか?難民の3分の一は就学年齢の子供になるのに?

2.現在のNHS(国家医療サービス)ではそんな人数の難民の対応はとても無理だ。

3.国内で5万世帯の家族がホームレスの時代に、そんな数の難民をどこに住ませる?

4.120億ポンド(※約2兆2千億円)の福祉削減が行われている社会に、難民を受け入れられるのか?」

「多くの難民を受け入れるべきという人々の誠実さや心優しさは疑う余地もない。だが、緊縮でインフラが不足している社会への難民の積極的受け入れは現実的ではない」

「みどりの党はサステイナブルな政策を唱えるんじゃなかったのか?これではまるでウェットな資本主義者の夢のようだ。そんなことをすれば国内にスラムが生まれ、賃金が下がるだけ」

出典:Comments for Caroline Lucas : ”We need to welcome many more refugees than Cameron suggests”, The Guardian

一応書いておくが、これらのコメントがついたガーディアン紙は左派の新聞と呼ばれている。これが右派のデイリー・メールになると、記事自体がこうなる。

「(トルコの浜辺に打ち上げられた少年の遺体の写真によって)客観的な報道は姿を消し、感情を剥き出しにして政治的スタンスを明らかにするニュー・エイジ報道が「全移民を受け入れろ」「責任は我々にある」と叫び出した」

「自分は多くの難民がヨーロッパに来ていることは認めるが、移住民のほとんどは真の難民ではないと確信している。ブダペスト駅の外で「ドイツへ!ドイツへ!」とジャンプしながら叫んでいる男たちはどうだ?彼らがマンUのマフラーを巻いていたら警察から火炎放射器で制圧されるだろう。カレイにいるのは99パーセントが15歳から25歳の男性だ。女性はどこにいる?本当に危険から逃れて来るのなら、妻や姉妹や娘を連れてくるのではないのか?」

「トルコの浜辺に遺体が打ち上げられた少年に話を戻そう。それは本当に、どう考えてもひどい話だ。(中略)彼の父親は、家族でシリアから逃げて来たと言った。しかし、彼らはしばらくトルコに住んでいたらしい。どうしてトルコで難民申請しなかった?タンブリッジ・ウェルズやトロンハイムより、トルコの方が文化的にシリアには近いだろう。父親はクルド人だと聞いたが、なぜクルディスタンに行かなかったのだろう?」

「こうした出来事の数々がどれほど酷い、悲劇的なことであろうとも、それはリアリスティックな難民政策を考案するための分別ある基盤にはならない」

出典:Richard Littlejohn:”This child's death was tragic but it was not our fault”, The Daily Mail

デイリー・メール電子版には、いかにも同紙読者らしい「ブラボー」「誰かがこう言うのを待っていた」などのコメントが踊っている。

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わたしの周囲の人々は識者とかではなく地べた労働者ばかりだが、トルコで亡くなった少年の写真を見て心を痛めた人は多くとも、テレビで涙ぐんでいる著名人のように「我が家に難民を受け入れる」と熱くなっている人はいない。

リアクションが全体的に世知辛いのだ。

それはこの国が現在「緊縮」政権下だからだ。これが例えばブレアの公共投資拡大のアゲアゲ政治の時代であれば、地べた民の反応も違っていただろう。

そもそも緊縮じたいが非人道的な政策であり、生活保護を切られて餓死する人々が現れ、若者には職がない、フードバンクに並ぶ人の数が前代未聞などと国内で報道されているときに、「浜辺に打ち上げられた少年を殺したのは我々だ」などといきなりヒューマニティーを持ち出されても、下側の人々のこころはハードになっている。緊縮は福祉、住居、医療、教育といった人間が最低限の生活を営む上で必要な分野への投資を減らす政策だ。すでにケント州では、単身でやって来る未成年移民が急増し、いったん入国すれば彼らには英国の法が適用されるので、彼らを受け入れる里親や施設を見つけるために福祉課がパンク寸前で、州内の被虐待児や保護を必要とする子供たちのケアができなくなっているとして、予算が足りないと訴えている。緊縮で人材を減らされた公共サービスには、突然仕事量が増えても対処できない。こんな状態で助けを求める人々が大移動してきたら。という不安は下層の人々ほど大きい。

が、これはUKだけではないだろう。

欧州を目指す移民・難民の大移動と、欧州の緊縮策とは、タイミング的にミスマッチなのだ。

緊縮に疲れたヨーロッパでは「もっとヒューマンな政治」を求める左派の動きが台頭してきている。が、だからといって、今日あすにでも緊縮が終わるわけではない。英国だって、反緊縮派のジェレミー・コービンが出て来たとは言え、あと5年は保守党政権が続くのだ。

それがいい悪いは置いといて、キャメロン首相の難民受容への慎重さと、彼の緊縮策とは完全に路線が一致している。この一致をずらして、いきなり心優しい政治を始めれば、国内でも非人道的な政策は続けられなくなる。彼が言う「英国は頭とハートの両方で行動する」とはそういうことだろう。

実際、この前代未聞と言われる移民・難民の流入を受け入れ、彼ら一人一人に住居を与え、生活費や仕事や教育や医療を提供し、まだ現地にいる彼らの一族を呼び寄せさせる行為を本気でやるつもりなら、緊縮財政は持続不可能になる。

メルケル首相が「人道主義は欧州の普遍的価値観」と言うとき、欧州が行っている緊縮はその普遍的価値観と根本的に矛盾している。

在英保育士、ライター

1965年、福岡県福岡市生まれ。1996年から英国ブライトン在住。保育士、ライター。著書に『子どもたちの階級闘争』(みすず書房)、『いまモリッシーを聴くということ』(Pヴァイン)、『THIS IS JAPAN 英国保育士が見た日本』(太田出版)、『ヨーロッパ・コーリング 地べたからのポリティカル・レポート』(岩波書店)、『アナキズム・イン・ザ・UK - 壊れた英国とパンク保育士奮闘記』、『ザ・レフト─UK左翼セレブ列伝 』(ともにPヴァイン)。The Brady Blogの筆者。

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